第8話 別れ 8

マルは川の面をのぞき込んだまま、自分の顔をしげしげと見つめていた。薬の注射を受けて五日たったが、まだ顔に何の変化も生じていない。いっそあの出来事は夢であればいいのに、と思った。

「おい、マル」

 名前を呼ばれて振り向いた。そこには友人のナティが立っていた。妖怪ハンターのナティは、隣村のかなりやっかいな妖怪を退治しに行っていたので、会うのはほぼ十日ぶりである。マルはナティと随分久しぶりに会うような気がした。穀物を入れる麻袋を作り直した服に妖怪退治用の竹槍を腰に付けたナティの格好は、依然と少しも変わり無い。しかしその体つきにはいつしか女の子らしい変化が生じている。それに気付いた時、マルは思わず下を向いていた。

「マル、お前、近頃学校さぼってるらしいな。イボイボ病を治しに行ってるとか言って。ガキどもが寂しがってるぜ。こんな所で何してんだよ」

「イボイボ病の薬の注射を打ったってのは本当。でも、イボが無くなるってのがどういう事が分からないから、怖いんだ」

「ほほーう」

 ナティは目を細めた。

「もしお前のイボがすっかり無くなったら、お前を抱きたいって女が現れるかもしれねえ。そしたらどうする? もしかしたら結婚したいって奴も現れるかもしんねえ。そしたらどうするんだよ! ええ!?」

 ナティは茶化すようにマルの腕を肘で突っついた。この時、マルは不意に、数日前の森の中の出来事を思い出した。トロンとした目でマルを見ながら「あんたのこと抱いてもいい」と言ったヌンの事を……。。

「あー! そうだ! おら大事な事忘れてた! 今からラドゥの所行かなくちゃ! 大事な相談があるんだ」

「何! 何だよ!? 俺の顔見て急に用事を思い出したのか? 俺と一緒にいるのがそんなに嫌かよ? コノヤロー!」

「そうじゃない、そうじゃないよ。ただ急ぎの用なんだ」

「じゃあ俺も一緒に行っていいか?」

「それはちょっと、今は、ごめん。明日は空いてる? 明日の今頃、またここで会おうよ。ね、ね」

 マルが手をこすり合わせてお願いしたので、ナティはついに笑い出した。

「分かったよ。それなら明日、な」

 マルはしばらく前から、ラドゥの新居への招待を受けていたもののいまだ行ったことがなかった。同じ学校で学んだラドゥは既に結婚し、子供も生まれ、ラドゥの奥さんは二人目の子を身ごもっているという。ヌンの事を相談するだけでなく、自分が今抱えている悩み……イボの無くなった顔を見てヒサリ先生がどう思うか、という事や自分の将来についての不安なども洗いざらい彼に話したい、と思った。

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