徹頭徹尾、食料廃棄は許さない!

 客足も途絶えた昼下がり。


「たのもー!」

 バァン!と蹴り上げられたのは問われるまでもなく万福亭まんぷくていの扉である。


「いやいや、そこまでしますか? ごく普通に開けたらいいじゃないですか」

 そのしたり顔の少女に問い掛けたのは言うまでもなくシャーロットである。


「ようやく来たか。ほら、そいつを寄越よこしな」

「お願いしまーす!」

 クレハは屈託くったくのない笑みで、手にした皮袋を何度もマスターのお腹の辺りに押し付けようとする。

「やめろ。ぐりぐりはしなくていい」


 それを無事手渡すと彼女は奥のカウンターへと向かい、その相棒は「今のやりとりなんだったんですか?」と後を追いかけ隣の席へ座った。



「ねえクレハさん、思ったんですけど」

 シャーロットは一杯目のエールを一気に空にしたところで疑問をぶつける。


「ドラゴンの肉って硬そうじゃないですか。クレハさんも明らかに柔らかそうな部分しか狙ってなかったみたいですし。それって食べられるものなんですか?」

うろこがあるから闇雲やみくもに攻撃できなかったんだよ。でもね」

「でも?」

「マスターなら何とかしてくれる!」

 クレハは堂々と胸を張って言ってのけた。


「おかわりおぎしましょうか?」

「あ、お願いしますー」

 シャーロットは給仕きゅうじのエルフ娘に二杯目をオーダーすると、

「まあ、クレハさんがそう言うのなら間違いはないのでしょうけど」

 いましがた運ばれたばかりのグラスを空にして言った。


「ねえ、いつも思ってたけど」

「なんでしょうか?」

「お酒飲んでる時に、何も食べないのは良くないんじゃないかな。悪酔いとかしないの?」

「これと言ってした記憶がないので、大丈夫だと思います」


 シャーロットのその答えは耳に入っているのだろうか、調理場を見つめたままのクレハは唐突に立ち上がる。どうやら先ほどの給仕を見ているようだ。


「クレハさん、どうしたんですか?」

「端材を捨てようとしている気配を感じた」

「……はざい?」


 その食い入るような視線に気付いたのかマスターは給仕に声を掛ける。


「それも全部使うから置いといてくれ」

「は、はい!」


 その直後クレハは座る。

 何か水面下でのやり取りでもあったのだろうか? シャーロットは困惑しながらもそのように推測をしていた。


 そうして待つこと十五分。

 両手に厚めのミトンを着用した給仕が、木のプレートに乗せたふたつきの石鍋を持ってやってくる。


 すかさずクレハはカウンター越しの主を凝視ぎょうしした。一方の彼は自信満々に腕組みをしたままだ。


「当然、期待していいんだよね?」

「いいから冷めない内に喰らいやがれ」


 もはや言葉は不要、とばかりに彼女とマスターはと互いに視線を交わす。


「お待たせしました。『ドラゴンテイルのほろほろ灼熱しゃくねつ煮込み』です。こちら大変熱くなっておりますので、よくふーふーしてお召し上がりください」

 給仕はクレハの正面のカウンターに料理を置くと持ち場に戻っていく。


 彼女は意気揚々いきようようと蓋を開けると、その名のとおり石鍋の中でマグマが踊るように沸き立っている。そして舞い上がる湯気は、店内じゅうをまるまる包み込むかのように香辛料とおぼしき食欲をそそるかぐわしい香りを放った。


「いただきます」

「うわー、すごいですねこれ。とっても美味しそう!」

 声を上げるシャーロットを尻目にクレハは押し黙ったまま、自作した鉄スプーンをゆっくりと一直線に石鍋の中に沈める。

 そしてまずは、肉と野菜の旨みが溶け込み渾然一体こんぜんいったいとなったスープを一口。だが彼女の表情は一つも変わる事はない。この程度は序の口なのだろうか、これには給仕もマスターも一切反応を示さない。


 続けてフォークを沈め、その端を上手く使って肉を切るように動かす。軽やかにスッと入っていく手応えのなき感触に思わずクレハは顔をする。一方隣で静かに見守っているシャーロットは、ごくりと唾を飲み込まずに三杯目のエールを胃袋に流し込んだ。


 それからは一瞬であった。クレハは最初に切り分けた肉を放り込むと、ふーふーなどは記憶の彼方かなたへ、口内の火傷やけどもいとわず一心不乱に食べ始めたのだ。

「美味しいですか?」五杯目をあおるシャーロットの声が届く事はない。

 しかしながら彼女も彼女でこの時間を楽しんでいた。これは崇高すうこうなるライフワーク。クレハの食べる姿だけでエール七杯はいける。そう豪語ごうごする彼女もまたどこかネジが外れているのだ。


「ごちそうさまでした」

 時間にして五分。クレハはすべてを平らげると立ち上がり、無言で右手の親指だけを立ててそれをマスターに見せつけた。

 彼は満足そうに顎髭あごひげいじると、表情も変えずに洗い場へと消えていった。


***


「いやー、クレハさんが満足そうで何よりですよ」

「よし、次のクエスト行こう」

「え、これからですか!?」


 彼女達の冒険が終わる事はない。

 そこに魔物しょくざいがいる限り。

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異世界酒場の片隅で ひなみ @hinami_yut

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