全身全霊の食料調達!

 この物語の主人公、クレハは冒険者である。適正は前衛向きでありながらも、あえて絶対数の少ない弓職を選び、数える程にしか存在しないシューターA級のライセンスを取得したばかりの実力者だ。

 それは何故なのか。近接武器の扱いが不得手ふえてなのか、あるいは遠方から一方的にいたぶる趣味があるのか、はたまた過去に由来する深い心の傷を負っているのか。


 いな。答えはシンプルにこうだ。「可食部が減るから外傷は最低限に留めたい」。このむすめ、完全に獲物を喰らうつもりである。あわよくば美味しく喰らってしまうつもりなのである!


「起きてくださいよ。いつまで寝てるんですか?」


 クレハの自宅。

 眠りこけている彼女に声を掛けたこの女、シャーロットはクレハの仕事上のパートナー的な存在である。ゆえあって小食な彼女はクレハの食いっぷりに心底惚れこんでしまった。できる事ならばずっと見ていたいとも思っている。


 そういったよわみも含め、ありとあらゆる思惑や打算は心の中にあったはずの常識を完膚かんぷなきまでに打ち砕き、ある程度の不満などを受け流すスキルは日々鍛えられ続け今日こんにちの彼女は形作られた。


「あれー、もう朝?」

 眠たそうに目を擦りながらクレハの意識はようやく夢から離脱する。


「いやだなぁ、もうお昼ですよ? もしかして依頼の期限今日までなの忘れてませんよね?」

「そうだった! すぐ行こう!」

 そう言うとクレハは布団を蹴り上げ、武器も持たずそのまま出て行こうとする。その姿に慌てた様子のシャーロットは絶叫にも等しい声量で、

「え、嘘。ちょっと、さすがに服は着ていきましょうね!?」

 そう引き戻すのであった。


 身支度を整えると二人は採石場さいせきじょうへと足を運ぶ。

 この『ドラゴン討伐』はランクAの冒険者にのみ許された特別な依頼。当然パートナーであるシャーロットもA級のヒーラーである。


 道中を蹴散らし奥地へと足を踏み入れると、遠方からおぞましいと形容するに相応しい咆哮ほうこうが聞こえる。一般的な冒険者からすればそれは、怯え立ちすくみ死を覚悟する声に違いないだろう。だがそんな事は何処吹く風、二人は互いに頷きあうとその方向へと駆けていく。


「支援しますよ!」

 シャーロットが祈りを捧げるように両手を合わせると、クレハは光に包まれる。身体強化ブレス。一見地味ではあるが、それがA級術師のものとなると効果は絶大だ。


「はあっ!」

 クレハの疾風シルフウィンド効果により素早さは一時的に増幅される。瞬時に詰め寄ると続けて宙高く跳躍ちょうやくした。洞窟のような閉じられた場所ではおよそ叶わないであろう到達点。その頂点付近に達すると三本の矢を同時に放つ。それらは自在に操られた糸のように飛んでいった。

 そのすべてに貫かれたドラゴンは完全に動きが止まる。


「クレハさん、今です!」

 鷹の目ホークアイ。瞬時に相手の状態を視認するとシャーロットは声をあげる。

 その叫びはもはやクレハにとっては「決めてくれ」の合図に他ならない。シャーロットから放たれた次なる光は、対象の防御力をすべて犠牲にして攻撃力へと転化させる術。

 直後着地の衝撃を上手く逃し地に降り立ったクレハは、そのまま後方へと飛び退きながら、滞空中からずっと極限まで力を込めていた一矢いっしを放った。

 その軌跡きせきは寸分の狂いもなく心臓を貫くと、標的は一際ひときわ大きな絶命の叫びをあげて息絶えた。


「わー! クレハさん、相変わらず素晴らしいです!」

 駆け寄るも残念ながらその声は彼女には届かない。


 鼻歌交じりに、ドラゴン肉の可食部を専用の刃物を用い鮮やかな手付きで捌いては皮袋に放り込む。

 一心不乱のその姿は生粋きっすいの職人と言うべきものであった。


「クレハさん、相変わらず……うえぇぇっ」

 その様子を背後から覗き込んだ、今すぐにでも吐き出しそうなシャーロットの声は彼女には届かないのである。


「さてと、帰ろっか!」

 クレハは肉塊で膨らませた皮袋を背負うと満足気に笑う。


「そうですね。帰りはやっぱりいつものとこ寄りますか?」

「うん、これを早速調理してもらいに行くよ!」

「そういえばお昼食べ損ねましたしねー」


 その返事をするかのように、クレハからはぎゅるるると魔物のような音が鳴り響いた。

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