大阪・その他編

第8話 半分ジャニーズ 矢野書房

 大阪天神橋筋商店街。関西以外の人にはあまり馴染みのない商店街かもしれない。大阪の商店街と言えば、グリコの看板で有名な心斎橋筋商店街や戎橋筋商店街、日本橋筋商店街(でんでんタウン)が有名だろうか。しかし、大阪の人のみならず、関西の人にとっては天神橋筋商店街こそが、大阪を代表する商店街と感じているのではないか。


 天神橋筋商店街は、大阪天満宮の門前町として栄えた、長さ日本一といわれる全長約2.6キロの商店街だ。なぜここが大阪を代表する商店街かというと、長さが日本一だからではなく、テレビのワイドショー番組などで、大阪人の意見を聞く時に訪れるのが、たいていこの商店街だからだ。心斎橋筋商店街や戎橋筋商店街では、観光客が多いため地元の意見とはなりにくい。そこでテレビ番組が訪れるのが、天神橋筋商店街。ここには関西圏以外からの観光客は少なく地元に根ざした商店街であり、地元の意見が聞ける場所ということである。そんな商店街はいつも地元の人で賑わっていて、シャッター商店街なんて言葉とは無縁の地である。


 この商店街を訪れるといつも思うのが、美味しそうな食事処が多いということだ。よくあるチェーン店ではなくて、昔から続く、食堂やレストラン、多種多様なお店が並ぶのである。お昼時はどこのお店も混んでいて、どのお店も地元に愛されているように思われる。ドラッグストアで埋め尽くされた、心斎橋や戎橋あたりとは違うのである。


 そんな天神橋筋商店街には古書店が何店舗かある。中でもちょっと興味深い古書店が1店舗、それが矢野書房だ。お店を正面から見ると、看板が左右に出ている。左側が矢野書房で、右側がジャニランド。右側の前面の一角がジャニーズグッズコーナーになっている。古書とジャニーズ、珍しい取り合わせである。お店の見た目、とにかく右側のジャニーズアイドルのポスターの主張が激しい。しかしジャニーズグッズを扱っているからといって侮るなかれ、中はバリバリの古書店。奥の方には古書好きにはたまらない、お宝のような本が揃っているらしい。らしいというのはそのあたりに関しては、よくわからないからあくまで伝聞である。


 しかし私にとってもこの古書店は、天神橋筋商店街古書店巡りにおいて最重要スポットだ。過去に何冊かお買い得本をゲットしている。注目するのはなんといっても、店先にある100円均一ワゴン。店先には雑誌スタンドや単行本スタンドが並んでいるのだが、100円の文庫本が並べられたワゴンがいつもひときわ光り輝いている。


 この古書店には、いわゆる狭義のライトノベルはない。しかし、私の興味のひとつである、70〜80年代のSFやアニメノベライズに強い。そのへんの本の価値がしっかりとわかっている。だから認められている本は店内の棚にきちんと並べられている。しかし、そこからこぼれ落ちたものは店頭のワゴンに並ぶことになる。なお、こぼれ落ちるという表現を使ったが、これは内容に対するものでは一切ないのでご注意願いたい。流通量やコレクターの対象物かどうか、そのあたりを勘案したものである。その100円均一ワゴン、本日はどのようなものに出会えるか。ザッと背表紙を眺める。


 創元推理文庫ともちょっと違う、黄色というかクリーム色の背表紙が目についた。「Hi!」と「Books」を組み合わせた特徴的なレーベルマーク、青い帯には、白抜き文字で「ハィ!ブックス」とある。ハヤカワ文庫ハィ!ブックス(以下、ハヤカワ文庫HB)から出版された淺香晶『SUPER☆NOVA 飛べ雷光の翼!』だ。


 ハヤカワ文庫HBというのは、1991~92年までのごく短い期間だけ、早川書房から刊行されたYA(ヤングアダルト)レーベル、今でいうラノベレーベルだ。角川スニーカー文庫や富士見ファンタジア文庫が大ヒットした流れに乗って創刊されたが、波に乗れなかったのだろう、刊行されたのは全18冊。今となっては、古書店やブックオフなんかで見かけることはほぼ無い、珍しいレーベルのひとつだ。私も初めてみた。


 淺香晶という作家もよく知らない。とりあえず手にとって見る。まず目に入ったのが柴田昌弘による表紙だ。もともとは少女漫画雑誌で活躍していて、80年代には『赤い牙 ブルー・ソネット』がヒット。その後は青年誌でも活躍した、SFが得意な漫画家という印象。有名どころの漫画家を採用しているあたり、なかなか力が入っていたのだろう。内容はあらすじを読むと、未来の映像制作会社を舞台にしたライトSF。カバーのそでを見ると、この「SUPER☆NOVA」シリーズ、ハヤカワ文庫JAでスタートしてハヤカワ文庫HBに移籍したようだ。シリーズ1・2巻はハヤカワ文庫JAで出版されている。本来ならハヤカワ文庫JAのシリーズから手に入れて読むべきだろうが、ハヤカワ文庫HBの本なんて、今後出会うことがあるのかわからない。ここはシリーズ途中作品であっても押さえておくべきだろう、買いだ。


 これ以外にも、ソノラマ文庫NEXTから出ている田中芳樹『纐纈城綺譚』とか、ソノラマ文庫の笹本祐一作品なんかのもあった。しかし、もうひとつ興味深い本を見つける。


 集英社文庫コバルトシリーズ(以下、コバルト文庫)から、出版された新井素子『逆恨みのネメシス』だ。新井素子は高千穂遙とともに、ラノベの源流として最重要作家。コバルト文庫作品での代表作、「星へ行く船」シリーズの第4巻である。


 この「星へ行く船」シリーズ、1990年頃、20歳の時に読んだ記憶がある。内容的に甘々というかロマンチック過剰というか、当時はちょっと好みに合わなくて、シリーズ最終巻までたどり着かず、読むのをやめてしまった。それ以降、古書店で見かけてもこのシリーズを手に取ることはなかったのだが、今回は手に取った。何故かというと背表紙がキレイだったのと、ピンク色の帯に「コバルト最新巻」とあったからだ。


 この帯があるということは初版、しかも白い背表紙が日焼けによる黄ばみも汚れもなく、非常にきれい。読むつもりはないが、コレクションとして食指が動いたというわけだ。表紙は竹宮恵子、言わずと知れた少女漫画家の大家だ。中のイラストは別の作家なのがちょっと残念。パラパラとページをめくると、チラシが挟まっている。これを見て驚いた。


 COBALT乙女ちっく通信と名のついたチラシ。正式名称はなんと呼ぶかわからないが、発売された当時のラインナップが紹介されていたり、ちょっとしたコラムが載っている印刷物。なんと、特集として「新井素子特別インタビュー」とあるではないか。『逆恨みのネメシス』に関してのインタビューが載っていて、これは貴重じゃないか。こういうチラシは大抵は捨てられてしまうだろうし、いくらファンの多い新井素子とはいえ、こういうインタビューまで後の書物に収録されることは無いのではないかと。こういう当時のチラシやレーベル独自の栞なんかが挟まっていると、ちょっと嬉しい気分。もちろん買いだ。なんかワゴンだけで充実した気分。これで支払う金額が200円とは、申し訳なく思ってしまったり。


 お店の中に入ることにする。目的の棚は右側にあるのがわかっているのだが、ジャニーズ側から入るのは気がひけるので、左側の矢野書房の看板の方から足を踏み入れる。左側には天井までの棚、右側には1本の島がある。このあたりはジャンルによる区分けがされているのか、単行本や文庫本が区別なく並べられている。エッセイなどが並んでいて、あまり興味の引かれる棚はない。とりあえず奥まで進むと、カウンターが有りそれを右に曲がる。正面にはガラスケースがあり、ちょっとお値段の高い、稀覯本なのであろう本が並べられている。左側、店の一番奥になるところには、こちらもレア商品なのだろう、貫禄のある本が並んでいるよう。いわゆる古書だけでなく、昔の漫画なんかも並んでいるようだ。


 さて、目的の場所は、お店の正面から見るとジャニーズグッズの奥の場所、90cm幅の棚が、向かい合わせに並んでいるところ。ちょっと表現が難しい、小さな島が向かい合って並んでいるのである。この小さな島は片面ごとにジャンルで分かれている。ミステリーの棚、海外SFの棚、日本SFの棚、漫画・アニメノベライズの棚といったように。私がいつもチェックするのは日本SFとアニメノベライズの棚であるが、ミステリーの棚なんかも、並んでいるタイトルを見ているだけで楽しいものだ。江戸川乱歩や横溝正史といった定番の他に、私がよく知らないような昔の作家や海外の作家の本が並んでいるのである。よく知らない作品の中に、たまたま何かで聞いただけのタイトルを見つけ安心したりもする。知ったかぶりたいわけじゃないけど、オタク心っていうのだろうか。タイトルだけをここで知って、わかったような気分になったりもする。


 そして本命の日本SFの棚をチェックする。ここには日本SF作家第1世代の作品が並んでいる。今や手に入りにくくなった小松左京、矢野徹、豊田有恒、眉村卓、筒井康隆、星新一などなど。前回来たときよりも、新しく入ったような本が増えていた。その分なにか減ったのだろうが、私の興味のある本が、である。今までなかった透明ビニールのブックカバーがかかったものがたくさん。一括して、コレクションを手放した人がいるのだろうか。コレクションしている小松左京のものもあったけれど、その横にこれまたちょっと興味深い本があった。


 集英社文庫の高千穂遙『狼たちの曠野』である。前半のところでも述べたように、高千穂遙はラノベの源流として最重要作家のひとり。大森望・三村美依『ライトノベル☆めった斬り!』において、大森望は「新井素子的な文体や同世代感覚と、《クラッシャージョウ》的な設定とがドッキングすると、ほぼ今のライトノベルになる」と述べており、この意見には大いにうなずくところである。高千穂遙といえば、ラノベハンター的には、やはり「クラッシャージョウ」であり、「ダーティペア」だろうと思うかもしれない。しかし、それらは超メジャー作品。高千穂遙といえば、西洋風ヒロイック・ファンタジーの先駆け『美獣ハリーディール -神々の戦士-』であり、異世界召喚ものの先駆け『異世界の勇士』なんていうタイトルが浮かべば合格だ(何が?)


 そんな中、「狼たちの曠野」である。高千穂遙の昔からのファンなら、よく知っているかもしれない作品。当時、オートバイにハマった高千穂が書き上げた、近未来SFバイクアクション。著者いわく、場所のイメージは満州の荒野とのことであり、荒廃した近未来をオートバイが駆け巡る作品だ。


 79~80年にかけて、オートバイ(暴走族)が暴れまわる近未来SF映画がふたつある。メル・ギブソンの出世作・映画「マッドマックス」(1979年12月公開)、石井聰亙(現・石井岳龍)監督「狂い咲きサンダーロード」(1980年5月公開)。このふたつの映画と「狼たちの曠野」は似たようなイメージ。


 1980年9月発売のSFマガジン増刊号に掲載された、「狼たちの曠野」が書き始められたのは、著者のツイッターによると「マッドマックス」公開前とのこと。映画「狂い咲きサンダーロード」も「マッドマックス」公開前から撮影が始まっていたとのことなので、どれがどれを真似したとか、インスパイアされたとかではなく、同時代的に発生しているよう。内容的にはどれも別物で、暴走族を近未来的に描いたら同じ様なビジュアルイメージになってしまったのかもしれない。


 なお、集英社文庫版の表紙は生頼範義が描いており、もろマッドマックス風だ。これはこれでかっこいいが、マッドマックスの影響を受けました! と受け取られかねないイラスト。むしろ、単行本の表紙イラストのほうが、今となってはかっこいい。というのも単行本の表紙は、あの大友克洋が描いているのである。単行本が発売されたのは81年で、まだこの頃の大友克洋といえば「童夢」が話題になる前。雑誌に掲載されたSF作品「Fire-Ball」がマニアの間で話題になっていたくらいの頃だ。高千穂遙が主導で大友克洋を起用したのかはわからないが、ビジュアルに対するアンテナの鋭さには恐れ入る。なお、大友が描いた表紙イラストのオートバイのナンバープレートには「FIRE-BALL」と書かれている。これはちょっとした宣伝なのか、大友のお遊びなのだろう。


 80年代中頃、大友克洋の漫画にハマった私は、この単行本版『狼たちの曠野』を探し求めて古書店を探し回った。結局、手に入れられず諦めて文庫本を購入した記憶がある。でも、最近までそんな『狼たちの曠野』を忘れてしまっていた。


 昨年、アニメが色々と話題になったトネ・コーケン『スーパーカブ』を読んで、オートバイ小説に興味を持って、どんな作品があるのかを調べたことがある。80年代だと、片岡義男が描くオートバイ小説全盛期。その中で「狼たちの曠野」はひときわ異彩を放っていて、少々高くても欲しい小説の1冊として頭の中に入っていた。


『異世界の勇士』はブックオフなんかでも見かけることがあるが、『狼たちの曠野』はなかなかお目にかかれない。ついに見つけた。手にとってあらためて、表紙イラストを見る。なんかもろメル・ギブソンだけど、かっこいい。透明ビニールのブックカバーがかけられていて、状態は非常に良い。大切に保管されていたのだろう。中をパラパラっと見ると、なんと表紙イラストを使った、集英社文庫の栞が挟まっていた。新井素子特別インタビューが載ったコバルトのチラシに続き、こういうのも貴重なのでうれしい。値段はなんと300円という良心価格。もちろん買いだ。


 他の棚も色々と見るが、今回はもうお腹いっぱいというか、このへんで終わりにすることに。この古書店、70〜80年代SFが好きな人には、たまらない。定期的に訪れているので、また次に来たときは新しい出会いがあるだろう。


 結局、なかなかお目にかかれないハヤカワ文庫HBの淺香晶『SUPER☆NOVA 飛べ雷光の翼!』、レアなチラシが入った新井素子『逆恨みのネメシス』、こちらもレアな栞が入った高千穂遙『狼たちの曠野』の3冊を購入した。満足した気分で、次の古書店に向かう。


 DATA

 矢野書房

 〒530-0041 大阪府大阪市北区天神橋3丁目6−14

 営業時間:11:00 〜 19:00、不定休

 地下鉄堺筋線「扇町駅」約5分


※登場する書籍や値段は、私が訪れた時の記憶に基づいています。在庫や値段は古書店なので変化している場合がありますので、ご注意ください。


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