第7話 栄枯盛衰 南海なんば古書センター

『神明解ろーどぐらす』を手に入れてホクホク気分の私は、駿河屋を出て南海なんば駅方面へと向かう。まんだらけや駿河屋と一緒に、いつも定期的にチェックしている古本屋がある。南海なんば古書センターにある、山羊ブックス。



 その昔、現在のプロ野球球団 福岡ソフトバンクホークスがまだ南海ホークスだった頃、南海なんば駅横に大阪球場があった。その大阪球場にあったのが、14の古書店で構成される「なんばん古書街」。なぜ野球場に古書街が、と思われるかたもいるだろう。大阪球場のスタンド階下部分には場外馬券売り場(ウインズ難波)やアイススケートリンク、卓球場、文化センターなどが設置されており、野球を核とした複合施設として利用されていたとのことだ。


 なんばん古書街は1980年3月20日に誕生し、その後18年間営業していたという。私も高校生の頃に、和歌山から南海電車に乗って、2度ほど訪れた記憶がある。入り口が2ヶ所あって、中でコの字型につながっていた。色々なタイプの古本屋があって、地方の小さな古書店しか知らなかった当時の私には、すごいなぁ、という感想しか思い浮かばなかった。エロ本が山積みになったようなお店もあって、神田の古書街にはない雑多な感じが、いかにも大阪だったなと今にして思う。


 1988年に南海ホークスは福岡に移転して、ダイエーホークスとなり、大阪球場は野球場として使われなくなる。一時は住宅展示場として使われていたそうだ。そんな大阪球場も再開発のため、取り壊されることに。そして1998年、大阪球場取り壊しにあたり、移転してできたのが、南海日本橋ビルの1階にある「南海なんば古書センター」だ。


 移転当初は5店舗だったとのことだが、徐々にその数を減らしていき、現在は山羊ブックス1店舗が残るのみとなった。



 ビルの自動ドアを入るとまず、もうひとつある自動ドアまでの数坪のスペースに特価品のワゴンが3台と、小さな雑誌スタンドが1台ある。ワゴンの内訳は、50円均一と100円均一の小説がそれぞれ1台、実用書・エッセイで1台、すべて文庫本が並べられている。小説の多くは人気作家の作品がだが、ポツポツとライトノベルも並んでいることもある。ここには稀に掘り出し物が。以前には、梶尾真治『おもいでエマノン』徳間デュアル文庫版が並んでいたこともあった。あのときは買わなくて、次に行ったときはなくなっていた。やはり場所がら訪れる人が多いのか、ここの特価品コーナーはわりと回転が良いよう。月イチで行く度に入れ替わっている印象だ。ただ残念ながら、今回は掘り出し物はない。


 2番目の自動ドアを入る。右手にやはり特価品なのだろう、単行本が並ぶワゴン。また、その横の雑誌スタンドには映画のパンプレットが並んでいる。もうひとつ並んでいるのはガラスのショーケース。貴重な商品なのだろうが、私にはその価値はわからない。ここはざっと見渡すだけで、求めるものはなさそうと判断。


 入って正面にかつては数店の古書店があったが、今はガランとした空き店舗。唯一残る山羊ブックスは、すぐ右手の通路奥である。ビルの中にあるとはいえ、風情は昔ながらの古書店。入口横の棚にはどういう意図で並べているのか、様々なジャンルの本が並ぶ。興味のあるものだと、星新一や平井和正など昔の日本SF作家の作品がポツポツと並んでいる。値段も200~300円くらいで、なかなかのお買い得。


 入口の向かいにもワゴンがある。ここはジャンルなどごちゃまぜ、文庫本だとセットものが並ぶ。このワゴン以外にもお店の前の通路には、古い絵葉書やいかにも古書といったものが並んでいる。お店の中は、入って右手がアダルトコーナー。左手には3本の島。1本は文庫本、あとの2本は絶版漫画や雑誌、ジャンル分けされた古書など。壁面もジャンルごとに分けられた、いかにも古書といったものがたくさん並ぶ。


 興味のあるのは文庫本の島だけだ。ただ、ひと目見てわかるが、ライトノベルはない。時代小説や警察小説、岩波・ちくま文庫などの学術系が多くて、興味のあるSF・ミステリは奥の方にひっそりと少しばかり。主に海外SFなんかが多いか。江戸川乱歩なんかも、結構揃っているか。そんななか日本作家のもので面白そうなのが数冊、目に付いた。


 新潮文庫ファンタジーノベル・シリーズから1990年に出版された、岩本隆雄『星虫』がある。1989年におこなわれた、第1回日本ファンタジーノベル大賞最終候補作で、単巻ラノベの名作として、名前が挙がることもある作品だ。実際は続編もあって、現在では「星虫年代記」シリーズとしてまとめられているが。


 ある日空から降ってきた無数の光。それは人間の額に吸着することで、宿主の感覚を増幅させる能力を持った”星虫”だった。視力や聴力が増幅されることで、人々から最初は歓迎されるものの、成長とともにおぞましい姿に変化していき、やがては拒否されるように。”星虫”は拒否する意識を持つと、簡単に額から離れ死んでしまうのだが、主人公の少女はそれを拒否することなく、育て続ける。やがて”星虫”は成長し顔を覆い尽くし、おぞましい姿になっていく。はたしてこの”星虫”は侵略者なのか。宇宙飛行士を夢見る少女を主人公とした、ロマンチックなSFファンタジー。


 新潮文庫で絶版になったあとは、ソノラマ文庫から2000年に復刊された。そして朝日ソノラマが廃業となったあとは、朝日新聞出版に引き継がれ、現在でも電子書籍で手に取ることができる作品だ。


 私はソノラマ文庫版を読んだことがある。”星虫”が進化して空を飛ぶシーンや最後の心中ものっぽい美しさなど素直に面白いと感じた。しかし50歳を過ぎてから読んだのもあって、主人公の少女のひたむきさが、やや眩しすぎ、共感するとまではならなかった。若い時に読んでいたら、また違った感想を抱いただろう。


 ただ、額にくっついた”星虫”から足が生えてきて蠢いたり、顔を覆いだすようになってくると、昆虫嫌いの私には気持ち悪いという印象しかない。子供の頃には平気だった、コガネムシやカブトムシを掴んだときの、あの抵抗というか、足掻きのような足の動き。今じゃ、虫を掴むことなんて出来ない。そう考えるとこの”星虫”には、年をとって失った、若い頃は当然だったものがしっかりと刻まれているのかもしれない。


 そんな『星虫』であるが、復刊されるごとに修正が加えられているようなので、オリジナルといえる新潮文庫版は貴重かもしれない。そんなことを思いつつも、作品としてはあまり興味がないので買わないのだ。


 その横には、旺文社文庫の眉村卓『還らざる城』なんていうのも並んでいる。60~70年代にかけて、大量に書かれた眉村卓のジュブナイルSF。その多くは秋元文庫や角川文庫に収録されることになり、大量に流通したので手に入れることは比較的たやすい。しかし、この『還らざる城』は、あまり古書店でも見かけることのない、なかなかにレアな作品である。なお、眉村卓のジュブナイルSFコレクターである私は、すでに持っている。内容的には戦国時代にタイムスリップする物語。名作というわけではないかもしれないが、眉村ジュブナイル好きには読んで損はない作品だ。


 またその横には集英社文庫コバルトシリーズの『ホラーSF傑作選』がある。『ユーモアSF傑作選』『ロマンチックSF傑作選』に続く、豊田有恒が編集したアンソロジーのひとつだ。小松左京・矢野徹・眉村卓・平井和正・星新一などなど、日本SF作家第1世代の作品が集められている。こういうアンソロジーは、読んだことのない作家の作品が読めるので好きだ。今となっては、星新一や筒井康隆以外の短編集はなかなか手に入らないので、こういうのは貴重かつうれしいもの。値段を見ると250円、安い、買いだ。ちなみにまんだらけなんかでは、このアンソロジーシリーズはもっと高い値付がされている。


 それにしてもコバルト文庫といえば、少女向け文庫の代表ともいえる文庫。現在では電子書籍中心になり、その存在感は薄れてしまってはいるが...... そんなコバルト文庫も、80年代中盤まではSFやアニメノベライズをたくさん出版していた。少女小説レーベルとしてのコバルト文庫は、今現在でも語られることが多いが、初期にSFやアニメノベライズがたくさんあったことは、あまり語られない。これが残念でならない。どのような作品があったのか、どのような評価を受けていたのか、現在となっては、なかなか把握できない。これはライトノベル全般に言えることだが、当時の流行りものが多いので、残す価値はないと思われているのだろうか。


 なんばん古書街からなんば古書センター、まんだらけと駿河屋、電気屋街からオタクの街、難波周辺に来るといつも栄枯盛衰という言葉が思い浮かぶ。時代の流れを強く感じるわけだ。そんなところで手に入れた、集英社文庫コバルトシリーズの1冊。コバルト文庫にも、この栄枯盛衰という言葉が色々な意味で当てはまるのかもしれない。


 DATA

 山羊ブックス(南海なんば古書センター内)

 〒556-0004 大阪府大阪市浪速区日本橋西 1-3-19 南海日本橋ビル1F

 営業時間:11:00 〜 20:00、年中無休

 南海なんば駅 南改札口から徒歩5分


※登場する書籍や値段は、私が訪れた時の記憶に基づいています。在庫や値段は古書店なので変化している場合がありますので、ご注意ください。

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