第3話 新しいカタチ みつばち古書部
納得の買い物を終えた私は大吉堂を出て、大阪メトロ昭和町駅方面に戻ることに。大吉堂へ行く前はいい匂いをあたりに振りまいていた、ハンバーグレストラン ボストンはお昼の営業を終えていた。どうやら15時までのようだ。昭和町駅についたのは13時半くらいだったから、1時間くらいは大吉堂の棚を見ていたということか。見ているだけで楽しい棚だったが、思った以上に時間を使っていたのだなと改めて認識。
昭和町駅のある交差点から、今度は文の里駅方面に歩く。大阪メトロ文の里駅近くの商店街にそれはある、みつばち古書部。見た目はちょっときれいな普通の古書店である。店頭には木で作られた2台のワゴン。店内の左右壁面には本棚があり、奥には店主の座るカウンター。真ん中の島は平台になっていて、特定のテーマでまとめたような本が並んでいる。棚もワゴンも平台もDIY風というか、木を使った温かみのある什器。ちょっとおしゃれな感じ。お店の上の方に掲げている看板には。「日替わり店主の古本屋 みつばち古書部」とある。古書店ではなく、古書部である。書店と何が違うのか。
ネットで事前に調べたところ、ここは本限定の委託ボックスの集合体で、蜂の巣のごとく104個の棚が並んでいる。そこに様々な”店主”が、自分の本を持ち込んでいるわけだ。実店舗の店主は日替わりで出店者が務めている。古書店ではなくて部活動のようなものだから、古書部なのだろう。店主の読み終わえた本だったり、自費出版の本だったりが並んでいるらしい。古書店が出店しているものもある。まぁ常設一箱古本市といってもよいのかもしれない。
私の住む奈良にも最近このような仕組みのお店ができた。全国で同じような動きがあるようで、東京渋谷の商業施設 渋谷ヒカリエにも同じようなのがある。棚貸し本屋やシェア型本屋などとも言われて、メディアにもよく取り上げられている。私からすれば一時期流行した委託ボックスの本限定版でしかないが、言い方を変えればまた新鮮に感じるものである。まぁ、新しいカタチの古書店といってよいのかもしれない。ただ仕組み的なものはどうでも良い。こういう古書店にライトノベルは置かれているのか否かである。
まずは店頭に並んでいるワゴン2台から。木で作られたワゴンは2段になっていて、上の段には文庫本や単行本・新書が並ぶ。下の段は1台は大型本、絵本なんかが並んでいる。もう1台には文庫本が少し。ラノベ好きとしては狙い目はこういうところである。店頭に並ぶ安い本、いわゆる処分本に紛れ込んでいるかもしれないのである。ざっと見てみるが、どうやらライトノベルはないし、ハヤカワ文庫や創元推理文庫もない。やはりそれなりに売れたであろう、よく聞く名前の文庫本が中心のようだ。このワゴンを担当しているのは、特定の店主なのだろうか。いわゆる普通の古書店の店頭ワゴンのようである。そんなことを思いながらワゴンの下の段に目を移すと、1冊のタイトルに目がとまった。
眉村卓『ねらわれた学園』角川文庫版である。角川文庫の眉村作品は、ソノラマ文庫の緑色とまた違った、独特の緑色の背表紙で意外と見つけやすい。それでもって『ねらわれた学園』は80年代薬師丸ひろ子主演で映画化、直後に原田知世主演でドラマ化されたヒット作で、眉村作品の中でも流通量が多く古本屋でもよく見かける。現在も講談社文庫や講談社青い鳥文庫から出版されていて、筒井康隆『時をかける少女』と並ぶ、ジュブナイルの名作。私ももちろん、すでに持っている。しかし、角川文庫版のこのタイトルを見かけたときは、必ず手にとって表紙をチェックしなければならないのである。
角川文庫版『ねらわれた学園』には、表紙が4パターンある。角川文庫あるあるかもしれないが、映画化やドラマ化された時に主演女優を使った表紙がつくられるからだ。はたしてどの表紙だろうか、手にとって見る。薬師丸ひろ子のセーラー服姿の上半身が写るバージョン。これは持っていないやつだ、値段を見ると50円、や、安い、買いだ。
ちなみに他の表紙はというと、木村光佑による絵のもの、薬師丸ひろ子のアップ写真、そして原田知世のアップ写真である。4パターン中で一番レアなのが、原田知世バージョンである。私がこの原田知世バージョンの存在を知ったのはつい最近。ネットでその画像が見られるくらいで、実物はまだ見たことがない。もしこれだったらお宝発見! だったのだけど、世の中そうはうまくはいかない。薬師丸ひろ子バージョンはアップと上半身のものどちらが多く流通したかはわからないが、アップ写真のほうが見かけることが多い。今回は上半身バージョンが50円とお買い得価格でゲット出来て、店内に入る前からちょっとテンションが上がる。
店舗の中に入ると壁一面、上から下まで、約40センチ四方に区切られた棚でうまっている。六角形ではないが、たしかに蜂の巣のようだ。ざっとみたところ、昔ながらの古書店に並ぶような茶色い本、くすんだ色の本はほとんどなくて、比較的新しい単行本や文庫本が並んでいる印象だ。目につくのは料理の本や絵本、旅行に関する本など、大型の本。こういうのを見ると、”店主”は主婦の方が多いのかなと思う。昔だとフリーマーケットに出店していたような人。今だとメルカリのほうが便利かもしれないが、コミュニケーションを大切にしたいので、こういうところに参加するタイプの人達。私とは全く違うタイプ、ひと言でいうとリア充(偏見)。こういうところにはライトノベルはないだろう。ただざっと見ただけで判断してはいけない。文庫本もたくさんあるので、じっくりチェックしなければ。お店全体でまとまっているわけではなく、棚ごとに個性があるので全て見なくてはならないのだ。少ない可能性を求めて。
ひとつひとつ丁寧に確認していく。しかし、残念ながら期待するようなものはなかなか見つからない。棚によってはリア充棚ではなく、マニアック臭のする漫画の並ぶものもある。まんだらけで扱われているような古いコミックなども。ただ、全体的にいえるのは、”私センスいいでしょ?”的な感じがすることだ。並んでいる本のタイトルや著者名から感じる雰囲気。ああ、これはただの私の僻みかもしれないが。楽しそうなことをしているのを、嫉妬するような黒い感情。他のラノベ好きの人に怒られるかもしれないが、こういう感情、そして疎外感こそがライトノベルを手にするきっかけなのかもしれない。
そんな中、注目したい棚がふたつあった。棚の右上に貼られた屋号のカードによると、どちらも古書店が出している棚で、古書店の出張所といったところ。ライトノベルではないが古いSFが並んでいる。うれしい。
ひとつの棚には東野圭吾や今野敏の文庫本にまじり、小松左京の文庫が十数冊並んでいる。
昨年、TV放送されたドラマ「日本沈没」で再び注目の集まった小松左京。一般的には『日本沈没』『復活の日』『さよならジュピター』『首都消失』などの映画化された作品が有名だろうか。SF好きには『ゴルディアスの結び目』や『果しなき流れの果に』、『日本アパッチ族』や『虚無回廊』あたりが挙がるかもしれない。『エスパイ』も映画化作品として忘れてはいけないか。
小松作品はたくさんの文庫本が出版されていて、以前調べたところ、新潮文庫、角川文庫、集英社文庫、ハヤカワ文庫、徳間文庫、ハルキ文庫にケイブンシャ文庫などから、あわせて100をこえるタイトルが販売されている。同じ作品が別の出版社から出ていることもあるし、短編集は収録作品がかぶっていることもあるが、とにかく小松左京の文庫をすべて集めようなんて、考えないほうが良いだろう。私が収集しているのは、新潮文庫と集英社文庫の短編集のみ、とかなり限定的だ。小説以外にも評論や紀行文、ショート・ショート集なんかもあって、とにかくすごいんだ、小松左京は。ただ、現在は有名タイトル以外、特に短編集なんかは古書店でもあまり見かけなくなった。
そんな絶滅寸前といった小松作品がこれだけ並んでいるのも、ちょっと珍しいかもしれない。そんな思いで見ていると、目の前に並んでいる十数冊の小松作品の中に、私が小松左京にハマるきっかけとなった作品があった。新潮文庫から出版された短編集『時間エージェント』、私の初小松左京読了作品で、それも2021年と最近のことである。表題作の「時間エージェント」は8編からなる連作短編。タイムパトロールをテーマにしたドタバタSFで、ユーモアあり、昭和的お色気ありで非常に楽しい作品だ。調べてみたところ青年向け雑誌『平凡パンチデラックス』に連載されていた作品なので、このお色気要素なのかと。また、モンキー・パンチにより漫画化、NHK少年ドラマシリーズとして『ぼくとマリの時間旅行』のタイトルでドラマ化もされているとのことだ。
読んで感じたのが非常に軽やかな作品だということ。それまで小松左京というと、SF界の重鎮で、重厚で緻密に練られた作品の作家という印象があった。それがこんな軽やかな作品を書いていたなんて! この「時間エージェント」を読んだ時に、ライトノベルと同じ匂いを感じたといったら、小松ファンに怒られるか。あと、もうひとつこの短編集に収録されている作品「愛の空間」も面白い。それほどエロくないエロ小説なのだが、どこか狂っていて。今のエロ小説にはない、エロさなのである。
なお、「時間エージェント」は新潮文庫版以外にも、角川文庫『三本腕の男』にも収録されている。また、2015年にポプラ文庫から『小松左京セレクション2 時間エージェント』として、新潮文庫版と同じ収録作品で復刊されている。ただ、どれも今は絶版というのが悲しい。
並んでいる小松作品は、『時間エージェント』以外にもすでに持っているものが多い。持っていないタイトルを手にとって見るも、ショートショートや長編で収集の対象ではない。残念ながら今回は縁がなかったということで。
もうひとつ注目の棚は、サブカル系のお店の出張所というか、マンガをメインに、少しばかりハヤカワ・角川のSF作品が並んでいる。大友克洋『AKIRA』とか手塚治虫『きりひと讃歌』とか松本大洋のとか、良いチョイスだ。しかも、表紙を向けて立てかけられているのは、角川文庫の平井和正『幻魔大戦』。しかも、アニメ映画化にあわせた大友克洋が表紙を描いたバージョンだ。1巻と2巻しかないが、これはなかなかレア物。特に買いはしないが、こういうのは見ているだけでも楽しい。
並んでいる文庫本も、ハヤカワ文庫の横田順彌・編『SF古典集成』全3巻なんかある。これ昔父親が持っていて、父がなくなった時に処分してしまったやつだ。読むと面白い作品が揃っているのかもしれないけど、実際は読みにくくて手放してしまったのだ。値段を見ると、3巻セットで1,500円。割と良心価格ではないか。
それ以外にも「時間エージェント」も収録されている小松左京の『三本腕の男』があるのは偶然か。平井和正の『メガロポリスの虎』角川文庫版なんていうのもある。どれもまっとうな値付けで、変なプレミア価格ではない。ただ、どれも欲しいとまではいかないものばかり。すでに大吉堂で3冊買っているし、何が何でも買いたいのはないのだ。
結局、みつばち古書部で購入したのは、眉村卓『ねらわれた学園』のみ。しかし、古書店の新しいカタチを見ることが出来た。大半はあまり興味のないジャンルの本であったが、少しだけでも興味を覚える棚があったのは収穫。こういう委託型の場合は、どれだけ本が入れ替わるのかがポイントになると思う。また大吉堂を訪れるついでにここによるのも良いだろうなと。いつかライトノベルを出品する”店主”があらわれるかもしれないし。また来ようと思いつつ、家路についた。
DATA
みつばち古書部
〒545-0011 大阪市阿倍野区昭和町1-6-3
定休日・営業時間 不定
谷町線文の里駅7号出入口、地上に出てから徒歩1分
御堂筋線昭和町駅1号出入口、地上に出てから徒歩3分
※登場する書籍や値段は、私が訪れた時の記憶に基づいています。在庫や値段は古書店なので変化している場合がありますので、ご注意ください。
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