寝取られ幼馴染の地獄堕ち ~あんなに好きだと思っていた相手が、今では気持ち悪くて見たくもないと思うオレは歪んでいるのだろうか?~
相生蒼尉
第1話
関係を変えたい。そう思って、中学2年の梅雨ごろに告白。
相手は幼稚園からの幼馴染の森崎咲良。
「……さ、サクラと、恋人としてっ、一緒にいたいから、オレと付き合ってほしいっ!」
「……うん。こちらこそ、よろしくお願いします、タクミ」
勇気を出して、幼馴染を卒業するために告白した。サクラもそれを受け入れてくれた。
それを後押ししてくれたのが、もう一人の幼馴染、林原まゆみ。
「……よかったね、タクミくん。おめでとう」
「さんきゅ。マユミが、フォローしてくれたから、頑張れた」
「どういたしまして? まあ、タクミくんとサっちゃんが付き合うとか、幼馴染としては、いろいろと、複雑ではあるんだけど……」
幼馴染だった三人の関係の中に、恋人関係が生まれた。
それは、複雑な気持ちも生まれるだろう。
オレとしては、応援してくれたマユミには感謝している。いつか、この恩は返したい。
付き合い始めたオレとサクラは、一緒に二人だけで出かけるようになって、初めて手をつないで、初めてのキスをして、そうして約半年のクリスマス・イブに、初めて、体を重ねた。
「これからもずっと、一緒にいようね、タクミ……」
「ああ。そうだな、サクラ……」
ちょっとだけ泣いてるサクラに、そっとキスしたベッドの上。
たぶん、オレ、重里匠は、一生、忘れないと思う。
3年生へと進級しても、オレとサクラは恋人としての日々を過ごした。
クラスのみんなにも公認の幼馴染カップル。
もはや熟年夫婦扱いで、ろくにからかわれることもない。
修学旅行の自由行動は二人っきりで行動して、付き合って1年の記念日を過ごし、部活を引退して放課後の時間が増えても仲良く過ごし、中学最後の夏休みも、プールや海、花火大会と二人で思い出を重ねた。
秋の運動会や文化祭という中学最後の学校行事も終えて。
受験へと気持ちを切り替えていく中で。
少しずつ、一緒にいる時間が減っていくのは、どうしようもないことだった。そのはずだった。
オレとサクラには割と学力差があった。
サクラがどれだけ頑張ったとしても、同じ高校へ進学するのは難しい。
でも、二人で生きていく将来のためにも、勉強で手を抜く訳にはいかない。オレはそう考えていた。
塾のレベルも、合わせられないのはどうしようもないことだった。
11月から、それまで塾に通ってなかったサクラも、自分に合ったレベルの塾へと通い始め、二人とも受験生らしく、勉強をするようになっていった。
オレは、もう一人の幼馴染のマユミと同じ塾だった。
「サっちゃんも同じ塾だったらよかったのにね」
「まあ、な」
「ん? 乗り気じゃない感じ?」
「いや、勉強を頑張るのは将来のためだろ? 塾なんて自分に合ったところの方がいいし。それに、今の自分にできる分だけ、将来につながりそうな高校に行けるように頑張るのが、結局はサクラのためにもなるし?」
「……はぁ。いやいや、もうそんな先まで考えてるんだねぇ」
「フツーだろ?」
「まじめだよ、まじめ。真剣交際。大人か」
「大人かって……んで、マユミは、神楽高校か?」
「うーん、県内なら、神楽も考えてるんだけど……」
「県内……?」
「あ、うん。県外の、開明学院とか、ちょっと考えてて」
「寮があるとこだよな? かなりレベル高いって聞いたけど。そっちこそスゲー」
「いやいや、別にすごくはないよ。合格するかどうかもわかんないし」
オレは上を目指す幼馴染を素直にリスペクトした。
恋人としての二回目のクリスマスは受験勉強を優先した。
来年のクリスマスは二人でめちゃくちゃ楽しもう、そう約束して。
でも、勉強していたら、夜、塾帰りなのか、サクラがうちに立ち寄った。
「タクミ、勉強、進んでる?」
「ああ。なんとかな。とにかく、できることは頑張りたい」
「……なんで、そんなに勉強、頑張れんの?」
「それは……」
オレはすっとサクラから目をそらした。ちょっと恥ずかしかったからだ。
「……将来、サクラと一緒にいるのに、ちゃんと働いて、しっかりお金稼いで、二人で暮らしていくためには、今の勉強だって、大切だろ?」
恥ずかしかったけど、ちらりとサクラを見てみた。
サクラも照れているのか、うつむいていた。目は合わなかった。
「……ありがと。邪魔しちゃ悪いから、帰るね」
パタパタと慌てた感じで、サクラが部屋を出ていく。
オレが見送ろうと動く前に、すばやく。
サクラがいなくなって、ふと、冷静になる。
「……あれ? これって、プロポーズみたいなやつか?」
そう気づくと、オレは一人で身もだえた。
顔が赤くなって、歯を食いしばる。
恥ずかしい一人芝居。
ピロリロリン!
部屋の中の全てが固まった。
「へっ……」
くるくると周囲を見回す。
うちは母さんの方針で、スマホはリビングで充電すると決められている。
部屋に持ち込むこともあるけど、今は勉強中……集中は乱れてたけど、一応。
ベッドの上に点滅する光。
さっきまでサクラが腰かけていたところ。
「……サクラのやつ、スマホ、落としていったのか」
そんな独り言をつぶやきながら、スマホを手に取る。
サクラを追いかけて届けようか、と思いつつ。
つい。
それを見てみたいと思った。思ってしまった。
サクラはこういう、パスワードとかに無頓着というか、深く考えてないというか。たぶん、誕生日で設定している。
ささっと指を動かすと、ロックはあっさりと解除された。
個別のチャットにメッセージが入っているらしい。
これ以上はダメだ、と思ったけど、偶然、メッセージのガイドに触れてしまった。
「あ、これ、既読になるわ……」
しまった、と思いつつ、それを目にする。
『今日はサイコーだった! また、今度、ゆっくりヤろうぜぇ~』
そんなメッセージに動画が添えられていた。
再生前の静止画像の状態で、既に、サクラの裸体が表示されていた。
「は……?」
なんだコレ?
なんなんだ、コレ? 裸? サクラの? なんで? なんでそんなものが?
考えたくもない何かが、頭の中をぐるぐると回る。
それは、1秒くらいの短い時間だったのか、それとも、1分くらいの長めの時間だったのか。
オレの指は、今度は、偶然ではなく。
オレの意思で再生ボタンに触れた。
トイレで便座を抱え込むように座り込み、吐いた。吐き続けた。
胃の中の残留物がなくなって、それでも吐いて、涙と鼻水も出て。
それでも気持ち悪さが消えない。
見なければよかった。
触れなければよかった。
知りたくなかった、事実。
あれは、サクラの、浮気セックス動画だった。どうも、隠し撮りっぽい。
トイレからはい出て、洗面所で顔を何度も洗う。自分の顔を何枚も剥いで、そぎ落とすように、何度も、何度も、顔を洗う。
ピンポーン。
玄関からのインターフォンが鳴り響く。
タオルを掴んで、ごしごしと顔を拭いて、洗面所を出る。
玄関のカメラ映像を確認すると、そこにはあの女が立っていた。
再び、吐き気がこみあげてくる。それを無理矢理、押さえ込む。
「……はい」
『あ、タクミ? ごめん。あたし、スマホ、忘れてない?』
まずい、と。
そう頭が反応した。
既読にしてしまったからだ。
「……いや、知らない」
『そう? どこに落としたんだろ? 部屋、探させてもらってもいい?』
「あ、いや、おれが探しとく。あったら、明日、届ける。そっちはそっちで、別のとこも、探してみろよ」
『あ、うん。ごめん。じゃね』
スマホがあるのに隠してしまったことに罪悪感を感じて、でも、すぐに、なんでオレが悪いって思わないといけないんだ、と思い直す。
今すぐ追いかけて、浮気セックスを問い詰めて……。
そう考えて、また吐き気がオレを襲う。
……無理だ。
何を話せばいいのか、今は、わからない。
冷静に話せる訳がない。
頭の中をぐるぐると、どうするべきか、どうしたらいいのか、いろいろな考えが巡る。巡り続ける。
しばらくすると親が帰ってきたので、とりあえず部屋へと逃げた。
じっくりと考えた結果。
あの女とは別れることを決断する。
そこは、もう、どうしようもないことだった。
オレ以外の、別の男とセックスをした、あの女。なんでそんなことができるのか。意味がわからない。あの女は、気持ち悪くないのか、それが。
オレは気持ちが悪い。うまく説明できないけど、オレ以外の男とあんなことができるという時点で、とてつもなく気持ちが悪い。
もう二度と、あの女とはしたくない。
なんでオレは、ついさっきまで、あの女との将来について考えていたのか。
なんで今、オレは、涙が止まらないのか。
自分のことさえ、まともに理解できない。
でも、あの女と付き合い続けるのは、もう、無理だ。たとえどんなに、長い時間、一緒に過ごしてきた関係だったとしても。
もう、今までみたいにやっていくことは、無理だ。
そういう考えに落ち着いて、それからまたしばらくたって、今度はあの女のスマホの個別のチャットをさかのぼってみた。
どうも、11月に入った塾で、相手の男と連絡先を交換したらしい。
それから、少しずつ、いろいろなメッセージを交換して。少しずつ仲良くなって。
その内容を追ってみると、まあ、要するに、オレとの時間が減ってさみしかった。簡単に言えば、それだけ。
なんなんだそれは、と思うし、ふざけるな、とも思う。
それと同時に、あの女にとって俺との関係なんて、そんな軽い想いで、そんな軽い関係だったんだな、とも思った。オレが考えてたような、将来のことなんて、あの女はたぶん、考えてなかったんだろう。決めつけかもしれないけど、それでいい。
あと、相手の男も誰か、わかった。相手の男は新庄塔矢、実はコイツもクラスメイトだ。
学力はあの女とほぼ同じで、だから塾も一緒になった。正確には、新庄が通ってた塾に、あの女が入っただけ。これは偶然なのか、誘われたのか。見たところ、偶然っぽいけど。
2か月足らずの……ひょっとしたら、クラスメイトとして、もっと長い関係があるのかもしれないけど、少なくとも、スマホで連絡先を交換したのは11月の初め。そこから、たった2か月の関係。
そんな男に、抱かれた。汚い、女。気持ち悪い。
やりとりを見たら、どうも、初めての浮気セックスだったらしい。
まあ、1年前、オレと初めてを迎えた日に、だけど。実に最悪なタイミングだ。
本当に気持ちが悪い。もう意味が分からない。
1回なら許せる?
そんな訳がない。自分以外の男が出し入れしたのに、そんな女とどうにかなりたい訳がない。
この先の未来、ずっと、大切な相手のハズだったのに。
いつの間にか、二度と目にしたくない女になった。
翌朝、父さんが仕事に出る前に、父さんのランクルのタイヤに踏ませるように、あの女のスマホを置いた。
うまい具合に、前輪、後輪の両方に踏まれて、スマホはバキバキになった。
それをうちとあの女の家の間にある、どこかのブロック塀に投げつける。さらには、それを溝蓋の隙間から側溝へ落とした。
スマホそのものよりも、その中にあった動画への気持ち悪さが、オレにそうさせてしまったのかもしれない。とにかく、スマホを覗き見したことは、隠さなければ、と、そう考えていた。もちろん、スマホのことを知らない、見てない、と言ったことも関係している。
そのまま、近くの公園に行って、なんとなく、ベンチに座る。
深呼吸をしながら、どうにか気分を落ち着かせる。
やってることが、ろくでもないことだというのは、わかっていた。
それでも、どうしようもなく、そういう行動を止められなかった。他人のスマホを壊して捨てるなんて犯罪だとはわかってる。でも、どうしようもなかった。
泣きたい気持ちになって、涙が出そうになったり、そうかと思うと、怒りで拳を握りしめたり。頭の中がぐるぐると回る。この公園が、小学校の低学年くらいまで、あの女と一緒に遊んでた場所だったからかもしれない。
30分くらいは、そうして座っていた。
それから立ち上がって、あの女の家を目指す。
昨日の夜に決めた、あの女とは別れる、ということを実行するために。
あの女の家の前で、インターホンを見つめて、奥歯に力を込める。別に激しい運動なんてしてないのに、動悸が激しい。
冬休みにしては、朝、早めの時間かもしれない。おじさんは仕事に出たはず。車がない。
ピンポーン。
『はーい。どちらさま?』
おばさんの声だった。あの女がいるかどうかは、どうだろうか。
「……すみません。重里、です」
『あれ? 匠くん? ちょっと待って、咲良、呼ぶわね』
「あ、いえ。おばさんに用事が……」
残念ながら、おばさんは聞いてなかった。
バタバタという足音が聞こえ、パタンとドアが開く。
「タクミ?」
あの女が顔を出した。
その顔を見ただけで、うっと吐き気が込み上げてくる。それを無理矢理、飲み込むように抑え込む。朝食を食べてなくてよかった。食べてたら、我慢できそうもなかった。
「……よ、う」
「あ、ひょっとしてスマホ? やっぱりタクミのとこにあった?」
「い、いや、ちがう。ちょっと、おばさんと話したくて」
「お母さん? なんで?」
「いや、ちょっと、用事……」
「ふーん? じゃ、上がって」
あの女が先導するように中へ消えていく。
オレは荒くなる息を必死でこらえながら、中へと入り、靴を脱ぐ。
「おかーさーん、タクミ、おかーさんに用事だってー」
何度も、来たことがある家だ。中だって、どこに何があるとか、知ってる。
それだけ、長い付き合いだった。それなのに、この女は、なんで……。
拳を握る。手のひらに爪が食い込む。
「私に用事? どうしたの、匠くん?」
姿を見せたおばさんと、そのすぐ後ろにあの女。
オレとこの女が付き合って恋人同士になったことは、おばさんもおじさんもよく知っている。
だから、別れるということ、別れる理由を、おばさんにはっきりと伝えて、別れる。
ささやかな復讐かもしれない。でも、この女の家を少しでも、めちゃくちゃにしてやりたい。仲の良さそうな親子の関係をちょっとでも壊してやりたい。
「あ、あの……話が、ある、ん、です……」
おばさんが怪訝そうな顔でオレを見つめる。あの女は視界に入れないようにして、息を吸い込む。
「……よくわからないけど、じゃあ、リビングで、どうぞ。ソファに座って」
おばさんが指し示す方へ、リビングへと入って、ソファに座る。
オレの前におばさんが上品に座って、そのおばさんの後ろに、あの女がソファの背もたれに手をついて、少し前屈みになって立っている。
胸の少し下くらいが気持ち悪い。たぶん胃袋なんだろう。でも、今は中身がないから、吐き気だけを我慢すれば問題ない。
「それで、話って? あら、匠くん、顔色、悪いわね?」
「タクミ、大丈夫?」
なにが、大丈夫、だ。気持ち悪い。
「……今日は、おばさんに、この女と別れるって話を、聞いてもらいたくて」
「えっ?」
「な、何言ってんの、タクミ?」
親子がよく似た顔で目を見開く。
「もう気持ち悪くて、本当は顔も見たくないけど、おばさんやおじさんには、この女と付き合うことを認めてもらってたから、ちゃんと言わないといけないって思って」
「ちょ、ちょっと、タクミ? 何言ってんの? おかしいよ?」
「すみませんでした。もう一緒にいたくない。気持ち悪い。ひたすら気持ち悪い。その顔、殴りまくって潰してやりたいぐらい気持ち悪い。あー、もう、なんで、こんな女と、オレは……」
涙が出そうだ。でも、ここでは、この場では絶対に泣きたくない。そんな、この女が好きだったみたいな姿は絶対に見せたくない。
「タクミ? 何言ってんの? なんで? なんでそんなこと言うの?」
「あー、もう! 黙れよ! オレはおばさんと話してんだよっ!」
オレが大声を出すと、ビクン、と体を震わせて、女は口を閉じた。
その大声のせいか、どうも、おばさんの目がすっと落ち着いた感じになった。
「……匠くん。その、せめて、理由を、聞かせてもらえる?」
おばさんの目は、真剣だった。まるで、オレのことを大人みたいに、扱ってくれてるかのような、いや、この目は、ひょっとすると、近所に住む幼馴染で娘の恋人なんじゃなくて、まるで全然知らない他人を見るような目、なのかもしれない。
「……その女が、別の男とセックスしたからです」
まるで時間が止まったかのように、空気が冷たく、静かになった。
再び目を大きく見開いたおばさんが、はっとして、急に思い出したかのように、さっと後ろの女を振り返る。
「し、してない! そんなことしてない!」
首をぶんぶんと横に振りながら、女は叫ぶようにそう言った。
「そんなことしてない! タクミ、おかしいよっ!」
おばさんがもう一度、オレを振り返る。
「……この子は、咲良は、してないって」
「……」
「してないっ! 絶対にしてない!」
オレは沈黙を返し、女はしてないと叫ぶ。おばさんはじっとオレを見つめる。
「……匠くんのことを疑う訳じゃないけど、咲良がしてないって言うのなら、おばさんは自分の娘を信じるわ」
……オレは馬鹿だ。あのスマホ、壊して捨てたりしないで、ここに持ってきて、今、見せるべきだった。明らかな証拠が、あの吐き気のする動画が、そこにあったのに。
「この子と、咲良と別れたくなったのは、男と女のことだもの、しょうがないと思うけど。でも、だからといって、それを咲良の浮気のせいにするのは、やめてあげて」
「してない! あたし、浮気なんかしてないよ、お母さん!」
「わかってるから。さっきも言ったけど、私は自分の娘を信じます」
仲のいい親子。そう、この女は、家族仲がいいんだった。
どれだけオレと長い付き合いがあったとしても、娘であるこの女を優先する。それを当然とする、家族仲がある。たとえこの女の言葉が嘘でも、オレの言葉よりも信頼するんだろう。
「言いたいことがそれだけなら、もう帰ってもらってもいい? もちろん、咲良とは別れてほしい。こっちからお願いするわ」
おばさんは冷たい視線をオレに刺すように向けた。
悔しい。
この女がおかしいのに。この女が悪いのに。気持ち悪いのはこの女なのに。
なんでオレが。
なんでオレがそんな目で見下されないといけないんだよ?
歯を食いしばって、オレは立ち上がる。
でも、捨て台詞を腐るほど残してやることにした。どうせ、証拠なんてない。なら、言いたいことは全部言い捨ててしまえばいい。
「……こっちとしては、浮気セックスなんかするクソ女と別れられて最高です。あ、オレとその女、10月の文化祭の時が最後のセックスでした。避妊もちゃんとゴムを使いましたし、その後、生理もあったみたいなので、もしその女が妊娠してたら、それはオレとは関係ない、別の男の赤ちゃんですから。ああ、あと、オレを捨てて浮気した新しい男は、同じクラスの新庄ってヤツですけど、セックスの時、隠し撮りで動画を残すようなクズです。クズを好きになるなんて、浮気するクズ女にふさわしいクズ男でよかったですね。幸せになってください。その動画がネットとかに出回ったりしたら、どう足掻いても幸せになれるとは思いませんけど。まあ、その女を信じて浮気セックスをなかったことにするなら、その動画もどこかの誰かのものなんでしょうね。オレが親ならそんなクズ男、家に乗り込んで動画を確認して確実に消させますし、警察に訴えますけどね。娘の嘘を本気で信じて、ネットに一生、セックスしてる娘の裸の動画が残り続ければいいんじゃないですかね。あ、オレ、その女の顔、見るだけで吐き気がするんで、二度と顔を見せないようにお願いします」
「あ、ちょ……」
おばさんが何か言いかけて立ち上がりながら手を伸ばす。
でも、オレはもう言いたいことを言い捨てたので、そのままさっさとこの家を出た。靴のかかとを踏み潰すようにして慌てて飛び出したので、パタンと玄関のドアを閉めた後で、つまずいて転び、膝をすりむいた。
その時、涙が出たのは、きっと、膝の痛みのせいなんだろうと思う。
床に腰を下ろして足をだらりと伸ばし、ベッドを背もたれにして脱力している。
もう時間はとっくに昼を過ぎた。3時半か。
でも、体に力が入らない。もちろん、気力もない。
もうとっくに塾の冬期講習の時間が過ぎている。
それでも動くつもりにならない。なれない。
朝だけでなく、昼も何も食べてない。食べる気がしない。食べたらそのまま吐きそうだ。
窓から差し込む光がほんのりと温かくて涙が出る。
洗い流してマキロンをかけた膝が少し痛い。
ピロリロリン。
ポケットに入れてた自分のスマホから通知音がした。
なんとなく、手を動かして、スマホを確認する。
部活のグループチャットにメッセージが入っていた。
『初詣、行こうぜ~。女子の確保、彼女持ちはよろしく~。確実に声かけしてくれ~』
部活を引退しても、仲のいい連中は部活のチャットをよく使う。クラスのだと、ちょっと、絡みの少ない連中もいるからだ。
連続して通知音が続く。
『了解~。前村神社? それとも御賀寺? どっち?』
『あ~、オレ、御賀寺がいい。去年の肉巻きむすびが激ウマだった』
『これ、クラチャでよくない?』
『いや、クラチャは人数多過ぎだろ?』
『でも中学最後じゃん? クラス巻き込むのもアリじゃね?』
『場所は御賀寺で、集合は、大みそかの夜11時とか? 元旦の9時とか?』
『夜11時!』
『同じく! 夜がいい!』
『夜のんがドキドキするよな?』
『じゃ、御賀寺、大みそか夜11時、ええと、坂の上公園集合?』
『夜、女子、来るかな?』
『来るだろ』
『一応、クラチャも書けば?』
『いや、別クラのヤツもいるじゃん』
『もうクラスとかどうでもよくね? いっぱい誘えば?』
『坂の上公園よりも、みすみ幼稚園の前のローソン前がいい』
『ローソン前賛成』
『ローソン決定で』
『もう、みんな、自分のクラチャにも案内載せろ。御賀寺、大みそか夜11時、みすみ幼稚園前のローソン集合で』
『おけ』
『おけおけ』
なんか、平和なグルチャに泣けてきた。
もやもやした気持ちで文字を打ち込む。
『女子の声かけ無理。別れたし』
それは、核爆発並みの威力があった。
『は?』
『はい?』
『何? 熟年離婚?』
『別れた? 誰が?』
『熟年て』
『え、シゲタク、別れた?』
『そーゆー冗談いらねー』
『爆』
『爆発しろ』
『熟年夫婦ってクラスで言われてる』
『知ってる』
『中学生の熟年夫婦が熟年離婚(笑)』
『クリスマスフェイクニュース乙』
『なんだ嘘告か』
『クリスマスフェイクニュースて(笑)エイプリルフールか』
『嘘告て』
『告白じゃねぇ。逆じゃん』
『逆告白』
『なんだそれ』
『逆告(笑)』
『あれか、「あなたのことが嫌いになりました! 僕と別れてください!」ってか』
『そんな別れありえねー』
『ギャグ告白』
『ウケる』
『うわ、誰もシゲ先輩のメッセ信じてねぇし』
『黙れ後輩』
『黙れ』
『パワハラ』
『セクハラ』
『セクちがうし』
誰も信じてくれない。しかも、ふざけてる。ボールから空気が抜けるみたいに変な笑い声が口から漏れ出た。もう一度、文字を入力する。
『ガチで。今朝、別れた』
『シゲタク、それは無理』
『おいおい無理て』
『ラブラブ過ぎる。誰も信じん』
『確かに』
『熟年夫婦のラブラブて何(笑)』
『いや、シゲ先輩のトーンがおかしいですって』
『え?』
『ガチ?』
『え、マジで?』
『シゲタク?』
『いやいやいや、ないない』
もう一度、入力する。
『だから、マジ。ガチで。今朝、別れた。真剣。だから女子の声かけ、無理』
『あー、コレ、ガチ?』
『いや、でもな』
『いつものシゲ先輩じゃないですって、これ、ガチですって』
『いや、6、4、でフェイク?』
『7、3でガチ?』
『シゲタク離婚?』
『クリスマス離婚?』
『理由』
『理由は?』
『なんで別れた?』
『理由理由』
別に、深く考えたりはしなかった。ただ、手短に事実を入力しただけだ。
『新庄と浮気セックス』
『は?』
『新庄って、新庄塔矢か?』
『それ、ダメなやつ。書いたらダメなやつやん』
『非暴力不服従だ』
『誹謗中傷だろ』
『フルネームやめろ』
『ある意味正しい、非暴力不服従』
『誹謗中傷はまずい』
『グルチャのカキコは確かに非暴力』
『ある意味暴力かも』
『いや、それくらいインパクトないと、この熟年夫婦は別れんかも』
『これ、嘘ならやばいって』
『ガチでもやばい』
『言葉の暴力か』
『寝取られってヤツ?』
『初詣、ふっとんだわ』
『シゲタク冷静過ぎ』
『いや、もうクラチャに初詣案内出したぞ』
『同じく』
『いや、冷静過ぎて逆に怖い。怒りため込んでね?』
『わかる』
『じゃ、ガチか?』
『浮気セクロスは、そりゃ別れるわな』
『キモ』
『はきそう』
『あ、うん。ダメだ。確かにキモい』
『想像するな、死ぬぞ』
『童貞には無理』
『これ、嘘ならモメる。でも、本当なら、どうなんの?』
『同じく童貞。無理。吐く』
『あの子が汚物に思えるんですけど』
『おい、そういうの書くなよ』
『気、使え』
『タヒ』
『すまん、シゲタク』
『もはや初詣どころではない』
『いや、おれもクラチャにもう書いたけど。しかも、けっこー行くって参加の返信あり』
『一緒にこのチャット見てた部員が今大騒ぎしてます』
『それもやばい』
『全部やばい』
『シゲタク、退会の方がよくね?』
『いや、それは』
『嘘じゃないなら』
『嘘なら大会? いや、今から嘘って言って、笑わせてくれたら別に』
『ガチで考えろ。シゲタクは被害者』
『大会→退会』
『ネット怖い』
『訂正乙』
『グルチャだけどな』
『おい、カンベ、おまえ、何クラチャに天災してんの』
『え?』
『後輩に広まったのやばくね?』
『天才→転載』
『やば。クラチャが荒れてる』
『早っ』
『いや天才ちがうし』
『ある意味正しい、天災』
『人災。カンベのせいだろ』
『クラチャ、おれ、ちがうから見れん』
『さすがに先生とかまで話は流れんと思う』
『それな』
『クラチャに新庄の情報あり』
『は?』
『もうやばい。拡散ひどい』
『新庄どした?』
『わざとじゃない。スクショにその部分がちょっと写っただけ』
『ああ、初詣の案内か』
『あれか、『女子の声かけ無理。別れたし』のところか』
『熟年離婚のとこも含む』
『そのスクショ、すぐ誰か分かるな。熟年離婚で』
『シゲタク身バレ早っ』
『坂下がチャリで塾に行く途中で、新庄の家にやってきた親子三人見たって。よく考えたらそれ、女の子は森崎だったかもって話、クラチャに』
『かもって』
『クラチャで離婚理由聞かれて答えたらダメだろ、カンベ』
『いや、理由聞かれたら答えるしかないじゃん』
『親子三人て。冬休みに親戚が来たとか? 見間違いの可能性ない?』
『スクショ送れ』
『クラチャ浮気セックス荒れ』
『セクロス書くなし』
『荷物とか持ってなかったらしい。親戚ではないと思う』
『クラチャのスクショくれ』
『今、部活の女子が別のグルチャで拡散しました』
『学校にスマホ持ち込むなし』
『今さら』
『親子三人で新庄んとこ行く理由何?』
『おい後輩ども、部活ちゃんとしろや』
『先輩ヅラ』
『先輩、ヅラ』
『はげてねぇし』
『確かに行く理由、わからん。親まで一緒とか何?』
『この状況でよくふざけられんな』
『シゲタク、書き込み少な過ぎ』
『そこがガチっぽい』
『もうガチとしか』
『拡散ヤバス』
『炎上ってやつか』
『クラチャで新庄家に見張り立てる計画出た』
『ヤバス』
『それある意味無計画だろ』
……新庄のところにあの女が親と一緒に行ったかもしれない?
オレの捨て台詞が脅しになったのかな? 動画のこと? それとも、あの後、おばさんがあの女を追及して、浮気セックスを認めさせたのか?
おじさんが一緒だったとしたら、仕事、途中で抜けて帰ってるな。それくらい、本気ってことなのかもしれない。
でも、見間違いの可能性もある。
オレもクラスのチャットを開いて確認する。元々、クラスの3分の1、12、3人のグループチャットだ。クラスにはスマホがないやつもいるから全員ではない。新庄も、あの女もメンバー。でも、この二人からの反応はない。あの女のスマホはもうないから当然だろうけど。
確かに、オレとあの女が別れた話で盛り上がってクラチャが荒れていた。
それを見て、オレは、なぜか、気持ちが少し、スッキリしていた。
お腹がくぅと音を鳴らす。
スマホの中の惨状と違って、その音がとても平和なものに感じられた。
オレは部屋を出て、食事を取ることにした。不思議と体が軽く感じた。
そして、夜。
クラチャに『悲報。塾に遅れて現れた新庄、顔面が試合直後のボクサー状態。右眼の斜め下と口のはしに青あざアリ。さらにその場でクラチャに書かれた浮気セックスを追及され、かばんを捨てて逃げるように走り去る。お相手の森崎は欠席。おい、かばん、どうすんだ?』というメッセージが、殴られたっぽい新庄の顔写真付きで、あの女と同じ塾に通っている男子によって書き込まれていた。もちろん、その続きも荒れていた。だけど、あの女の親に殴られたんだという予想によって、浮気セックスが真実であると、クラチャの中で確定されていた。
どこで、誰が、何を見ているかわからない。
スマホが怖いと本気で思った。
でも、あの動画を見て一日が経って、おばさんに捨て台詞を吐き捨てたことと、部活のグルチャに吐き出したことで、オレの気持ちは、今、かなり軽くなっていた。
次の日からは塾の冬期講習に行った。
「タクミくん、その……」
「悪い、マユミ。言いたいことはわかるけど、勉強に集中して忘れたい」
「あ、うん。ごめんね……」
別にマユミは何も悪くない。
塾には他にも同じ学校の生徒がいたが、休憩時間もテキストに集中していると、誰も話しかけてはこなかった。
家に帰ると、母さんが待ち受けていた。
オレが塾に行っている間に、おばさんが謝りに来たらしい。
「アンタは悪くないから、気にしないこと。あの子は、二度とこの家には近づかせない。まあ、あちらさんもこの冬休みは家から出さないつもりみたいだけどね。ただ、森崎さんから、謝罪とお礼があったのは知っときなさい」
「お礼?」
「動画のこと。相手の家まで乗り込んで消させたんだって。アンタが教えてあげたんだろうに。それにしても、怖いわねえ。動画とか。女の子は本当に、大変だわ」
……オレが教えたことになってんのか。捨て台詞を吐いただけなのに。
「まあ、いろいろ思うところはあるだろうけど、今は勉強優先で頑張りなさい。あ、アンタには悪いとは思うけど、大人同士の付き合いは、完全には切れないから。それは許して」
「……わかってる」
母さんに言われるまでもなく、オレは勉強に集中した。余計なことは考えたくもない。
うちの中では、この話題は二度と出なかった。
そのまま冬休み中は、冬期講習以外、家から出なかった。もちろん、部活のみんなが企画した初詣も不参加だ。その初詣で、オレとあの女の浮気セックス熟年離婚は最大の話題になっていたらしい。部活も、クラスも、どちらのグルチャも、読んではいたが、一言も書き込むことはなかった。
そうして、冬休みは終わった。
新学期、初日。
始業式と、学活だけの給食もない一日。午後からは職員会議らしい。
初詣とかも不参加で、塾でも誰とも話してなかったので、教室が気分的にすごく遠い気がする。
がらっと教室のドアを開けた。
オレの姿を確認した瞬間、それぞれにざわついていた教室内のみんなが一瞬で静かになった。
気持ちが負けそうになる。
でも、オレは悪くない。そう強く思い込む。
「……おっす」
そう言って、中へと一歩、踏み出していく。
「お、おーう、シゲタク、久しぶりー」
「おいおい、初詣、待ってたのによー」
「勉強ばっかだと飽きるだろ?」
友達が、ちょっと無理してるのがわかるけど、明るく話しかけてくる。ただし、あの話題は避けて。
その瞬間、教室の雰囲気は元へと戻った。ざわめきが広がっていく。
オレを見ていたマユミが、どこかほっとしたような表情で、近くの友達と話し始めた。
まだ、あの女も、新庄も、登校してなかった。
雑談を続ける。席替えでどのへんになりたいか。中学校最後の係や委員は何になりたいか。どの高校を受験するつもりか。冬休みの宿題はちゃんと終えたか。お年玉の金額はいくらか。
クラスの誰もが、一番聞きたいだろうことは口に出さずに、朝の時間を流していた。
がらっ。
再び、扉の音とともに、教室の中が凍り付いた。
開かれた扉の向こうに、あの女が立っていた。
誰も、音を発しない。そこは、さっきの、オレの時と同じだった。
あの女も、あいさつすら、しない。
クラス全員が固まる中、オレは。
あの女の顔を見た瞬間。
のどの奥が気持ち悪く盛り上がってくるのを感じた。
左手で口を押さえながら、ベランダへ出られる大きな窓の方へ駆け出す。
右手でカギを外して窓を開けて、ベランダへ飛び出す。
ベランダに置かれた掃除用具のところから、バケツを見つけて顔を突っ込む。
そのまま、バケツの中に、今朝の朝食を全て、ぶちまけた。
静かな教室の中に、ベランダからオレが嘔吐する音だけが響く。
クラスの雰囲気はそのまま音もなく悪化した。
「タクミくんっ!」
オレの名前を呼びながら、マユミがベランダに出てきて、バケツに吐き続けるオレの背中をさする。
そのマユミの焦った声に動かされたかのように、クラスの中でも気が強いとされている女子が、扉の向こうのあの女をにらみつける。
「……顔、見ただけで、ゲロしたくなるとか、シゲタク、かわいそ」
誰かを名指ししての発言ではない。でも、この場にいた全員が、誰に向けての言葉かは理解していた。
誰かが廊下を走り去っていく足音が聞こえてくる。
それが誰なのかは、考えるまでもなかった。
オレは始業式に出ないで、保健室で休んだ。
マユミが付き添いでベッドの横に座っていた。
でも、何も話さなかった。
マユミはただ、すぐそばにいてくれた。それだけが不思議と、ありがたかった。
始業式が終わって、教室へ戻ることになった。
二人で黙ったまま、教室へと戻ると誰もいなかった。慌てて追いかけてきた保健の難波先生が、数学の習熟度別の授業で使う空き教室に移動していることを教えてくれた。オレが吐いたせいで、消毒のために、教室を移動することになったらしい。申し訳ない。
学活はもう始まっていて、オレとマユミは遅れて教室に入った。
クラスのみんなは優しく声をかけてくれた。みんなの前でゲロなんかしたらいじめられてもおかしくないのに、そんなことは微塵も感じさせなかった。
三学期、中学校最後の係と委員が決まっていき、くじ引きで席替えも行われた。ただし、教室が違うので、実際の移動は明日の朝ということになった。
受験に関する重要書類が何種類も配られて、先生が説明していく。
それも終わって、残り10分となった。そこで、先生が少し真剣な顔で口を開いた。
「あー、朝の、森崎のことなんだが……」
ぽりぽりと、首の横を先生が指でかいている。
「……朝は、教室に入りにくい空気があったらしい。三年もあと3か月もないくらいだ。いろいろとあるとは思うが、無視とか、そういう、いじめみたいのは、なくしていこうや」
ぴしり、と音がしたかのように、教室の空気が張り詰めた。
何人かの女子が、明らかに不機嫌そうな顔をしている。
先生がくるりと教室を見回す。
クラスで一番、気の強い女子とにらみ合うような感じになった。
「……先生、あいつ、あたしらが無視してるとか、言ったんですか?」
「いや、そう、はっきりと言ったわけじゃない。だが、受け入れてもらえない空気は感じたみたいだ」
「あいつ、何て言ったんです?」
「それは、ここでおれが言うことじゃない」
「あたしらが無視して悪いみたいに言われても全然納得できないんですけど?」
「いや、だが、実際、森崎は教室に入れなかっただろう?」
「そりゃ、入れるわけないじゃん。あんなことしといて」
「あんなこと?」
先生が首をかしげる。
「そうやって、何も知らないのに、こっちを一方的に悪者にするの、やめてほしいんですけど?」
「何があった?」
「あいつから聞けばいいじゃないですか。あたしらの話なんか聞く気もないクセに」
「いや、そういうつもりじゃない。ただ、森崎は一人で、こっちは何人もいるだろう? 大勢と一人っていうのは、よくないって話だ」
「だからいじめ? あたしらがあいつをいじめてるってことですか?」
「まだ、いじめとまでは言ってない。いじめみたいなことは、やめてほしいって話だ。いじめになる前にな」
「あたしは、あいつと話とか、したくないです。それって無視になるんですか? 嫌いな人間といちいち話したくないなんて、当たり前じゃないですか?」
「あー、ウチも。あいつとは、話したくない」
「あたしもー」
「あれは無理ー」
「おい、そうやって、何人もで集まって……」
「集まってるからいじめですか? あたしは、あいつをいじめてるんじゃなくて、嫌ってるだけです。人を嫌いになるのは仕方ないんじゃないですか? 話もしたくないほど嫌いなだけです。いじめられてるのと、嫌われてるのは、同じですか? これがいじめだっていうなら、原因はあたしらの方にあって、あいつは悪くない。でも、あたしは、あいつが嫌いです。あたしがあいつを嫌うのは、あいつに原因があるからです。これって、いじめになるんですか?」
あまりの勢いに、先生が一度、口を閉じる。それでも、先生は、一人の教師として、もう一度、口を開く。
「……なんで、そんなに嫌うんだ? 2学期はそんなこと、なかっただろう?」
先生の言葉に、その、気の強い女子は、一度、オレの方をちらりと見て、ほんの少しだけ申し訳なさそうな顔をしてから、すぐに先生へと向き直り、はっきりと大きな声で言った。
「彼氏がいるのに、別の男と浮気していやらしいことするような、最低な女だから嫌いなんです。それとも、先生は、そういう、浮気とかする人間を嫌うのはおかしいって言うんですか?」
「な……」
先生は絶句した。それから明らかに表情を変えて、一度オレの方を見た。オレとあの女が付き合っていたことは先生ももちろん知っている。
「……それは……本当、なの、か?」
振り絞るように先生の口から漏れ出たのは、確認のための小さな声だった。
そこへ追い討ちをかけるように、気の強い女子は言葉を続ける。
「別に、あいつが裸で誰かと抱き合ってるのを直接見たわけじゃないので、どこまで本当かはあたしも知りません。それは、先生があいつから聞けばいいじゃないですか? あたしは聞きたくないんで無理ですけど。でも、少なくとも、あたしは、元カレがその顔を見ただけで吐いてしまうくらい、顔も見たくない、そういう汚い女なんだなって、今日の朝、はっきりと思いました。あたしらは、保健の授業で、そういうことはすごく大事なことだって習ったのに、そういう理由であいつを嫌うのはおかしいって言われたくないだけです。先生みたいに大人になって、いろいろと経験してて、大人だからそういうことも仕方ないとか、あたしとは違う理解ができるのかもしれないけど、まだ中学生のあたしには絶対に無理です。はっきりいって気持ち悪いですから。絶対にあいつとは関わりたくない」
先生は彫像のようにその場で固まって、何も言い返さなかった。オレが今朝、盛大にゲロしたのは当然、先生だって知っている。その理由が、あの女の顔を見たからだ、ということだけは説明してなかったから、それを聞いて、先生も呆然としたのだろう。
そこで、学活終了のチャイムが響いた。
「チャイムが鳴ったんで帰ります」
「あー、帰ろー」
「いこいこー」
女子たちが、集団で立ち上がって教室を出ていく。
「……シゲタク、残ってると面倒だから、早く行こうぜ」
「ほら、急げ」
友達がそう声をかけてくれる。
オレはその言葉に従って、立ち上がる。
他のクラスメイトも、先生を残して、教室を出て行く。そして、元々の教室で自分のかばんを持って、次々と帰っていく。
12月までの9か月間で、こんなおかしな雰囲気にこのクラスがなったことは一度もなかった。
でも、オレは。
この日の先生とクラスとの衝突がとても嬉しかった。
オレはもう、人間として、ある意味では歪んでいるのかもしれなかった。
これ以降、卒業式も含めて、あの女が、中学校に登校してくることはなかった。新庄はそもそも、始業式の日も登校していなかった。
新庄と違ってあの女が3学期初日に登校したのは、スマホがなくなって、今、どういう噂でどういう状況になっているのか、知らなかったからなのかもしれない。もし、そうだったのなら、オレがあのスマホを壊して捨てたことにも、大きな意味があったのだろう。
先生は、オレからも事情を聴きたがったが、オレは何も話すことはないとそれを強く拒絶した。思い出したくもないこと、思い出すと吐きそうになることを話す気になる訳がない。
先生は、プリントなんかをマユミに頼んであの女に届けさせようとした。でも、マユミは「無理です。絶交したんで」と言って、引き受けなかった。あの女はマユミにも見捨てられていたらしい。それを聞いて喜んでいる自分に、オレはまた歪みを感じた。
オレたちのクラスは、まるで、あの二人が最初からいなかったかのように、3学期を過ごし、そのまま中学校を卒業した。
3月の終わり、オレはマユミと二人で、新幹線に乗っていた。
オレは、地区で一番の私立佐原高校と、地区で一番の県立神楽高校、それから県外で寮のある私立開明学院高校を受験した。
ただし、佐原高校と神楽高校の入試は、全て白紙で提出した。受験番号すら書かなかった。
開明学院に落ちたら、どこか県外の二次募集でも受けようと考えていたけど、運良く開明学院には合格したのだ。
マユミの第一志望は開明学院で、一緒に受験して、一緒に合格した。マユミは県内の高校も合格していたけど、最初から開明学院が目標だった。
オレは親を説得するのが面倒だったので、最初から県内の二校は合格しないようにしただけだ。
県外で寮に入るということに父さんも母さんも渋い顔をしていたけど、そこしか合格してなかったので、諦めてくれた。
「……神楽とか、佐原とかに落ちて、開明に受かるって、レベルから言えばありえないよね」
「そう言うなよ。これで、幼稚園から高校まで、同じ学校なのに」
「まあ、それは、嬉しいんだけど」
そう言って、マユミが微笑む。
「……でも、タクミくんが県外に行きたいのって、サっちゃんのことなんでしょ?」
これまでずっと、踏み込んでこなかったところに、マユミが踏み込んできた。
新幹線の隣の座席、しかもオレが窓側では、逃げ場はなかった。
「……あたし、ショックだったんだよね。タクミくんに、サっちゃんとのこと、応援してくれって、頼まれて」
「あー、それは、すまん……」
「意味、わかってる?」
「意味?」
「あたしは、タクミくんが好きだってこと」
「あー……」
これも、告白、というものなんだろうか。
「そもそも、あたしが開明を目指したのはタクミくんとサっちゃんを見ないように離れようとしたワケでして」
「マユミ、オレ、さ……」
「いいよ、別に。付き合ってって、言いたい、ワケでも、それほど、ない」
「……それほど、ない?」
「どうせ、今は、誰とも付き合えないとか、そんなんでしょ?」
「あー、うん。それ。ごめん」
「謝られてもねぇ。それにしても、ホント、サっちゃんのせいで。殺してやりたい」
「おいおい……」
「サっちゃん、関西の方の、学校に行ってなかった不登校の人がたくさん入学する、寮のある高校に合格したんだって。なんか有名なお笑い芸人の母校らしいよ。近くの学校はおばさんたちが申し込んだんだけど、試験日に家から出られなかったみたい」
「あ、そ……」
うちではあの女の話題が出ないのでオレは知らなかった。
「まあ、タクミくんがね、女の子を信用できないってのは、わかる、つもり、なんですよ」
「マユミのことは、そこまで……」
「あ、うん。半端なところはいいから」
「ひでぇ……」
「誰とも付き合えないなら、それはそれでいいけど」
「いいけど?」
「でも、たまにはさ、二人で一緒に買い物に行ったり、一緒に映画を見たり、一緒に遊園地に行ったり、そういうこと、しようよ」
「……それって、付き合ってるのと、どう違うんだよ?」
「あ、それはさ、タクミくんの場合は、あたし以外の女の子とも、そういうことをしてもいいって感じで。それなら、一緒にお出かけする女友達だけど、彼女とか恋人とかじゃないでしょ?」
「いや、そもそも、誰とも付き合う気にならないというか、ないというか……」
「別に、そうやってお出かけするのがあたしだけになっても、もちろんいいし、むしろそうしてほしいけど」
「マユミ……」
「まあ、そうやって、一緒にいてね、そのうち、あたしのこと、信じてもいいって思えるようになったら、その、ちゃんとしたお付き合いってヤツに、してほしいな、って」
「あー、うん」
「そういうこと」
「そういうことか」
「うん」
「……時間、かかるかもしれないけど」
「大丈夫」
「何が?」
「幼稚園からなんだから、もう10年以上、時間はかかってます、はい。今さらです、はい」
「え……?」
「小さい頃から、ずっと、好き」
そう言ってオレとは反対側を向いたマユミの耳は、真っ赤になっていた。
それを見て、ドキリと胸を刺すような痛みがあったことは、まだ言わないでおこうと思う。
オレとマユミは、生まれ育った町を出て、遠くでこれから3年間を過ごす。
何があるかは、そこに行くまでわからない。突然、裏切られることだってあるかもしれない。でも、いつか、マユミとオレが恋人同士になる未来だって、あるのかもしれない。
そんなことを思いながら、オレもマユミから目をそらして、窓の外の流れて行く景色を見た。
寝取られ幼馴染の地獄堕ち ~あんなに好きだと思っていた相手が、今では気持ち悪くて見たくもないと思うオレは歪んでいるのだろうか?~ 相生蒼尉 @1411430
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