第11話 日記その5

 4月26日


今日は篠崎あられ。あられについて書いてみようと思います。あられとは中学からの同級生です。いつも凛としていて、柄の悪い先輩と付き合っている噂のある子で、評判は決して良くはありませんでした。私とは全く違うタイプだと感じたことは、鮮明に覚えています。帰り道で見かけたアラレは、ヤンキーみたいな先輩達と対等に話していました。どうすればあんなに凛々しい態度が取れるのだろうか。この頃の私は急激に体が成長して、大人に近づくことに戸惑っていました。思春期の男子の視線、若い男子教師の視線、すれ違いざまに見てくる男の視線。学校のトイレで鏡と向き合う。私はそんなに変わっただろうか? 


 しばらく自問自答していると、あられに話しかけられました。「化粧すればだいぶ雰囲気変わるんじゃない?」アラレの一言は、私に衝撃を与えました。「化粧とかできるの?」「私はしているけど」納得がいきました。アラレの雰囲気は、違う理由は化粧だったのです。背を向けて去っていくあられに私は言いました。「化粧を教えて」アラレは破顔して「いいよ」と言ってくれた。

 

 それから私の学生生活は大きく変わりました。化粧をして、髪型を気にするようになると、私は別人になれた気がして、前よりも見える世界が変わりました。まず男子の視線が気にならなくなりました。男の視線は私にとって苦痛でしたが、相応しい魅力が今の私にはある。そう思えるようになると、些細なことに思えました。アラレは私に変わるきっかけを作ってくれた恩人です。尊敬できる友達でもあり、なんでも話せる親友であると、私は疑ってません。これからも変わらない付き合いが続くと私は信じてます。



 7月5日


 なんだか久しぶりに日記を書く順番が回ってきた気がする。あなたの学校生活が潤ってきたからこそ、日記を書く時間がなくなったと考えれば、喜ばしいことです。最近は、休み時間も一人でいる事が減ってるみたいだし、私とも平気で話せるようになっている事は、大きな一歩を踏み出せれてた証だと思います。これからも陰ながら応援します。本題ですが、先日に話した内容ですが検討して欲しいです。前向きな回答を期待しています。


 7月8日


 熊谷に聞いたところ、掲示板の内容は本当のようです。どうやら学校の掲示板で書かれている通り、某出会い系サイトに姫岡の写真を使って登録している人物がいるみたいです。姫岡の写真を無断で使っていたアカウントは、とりあえずサイト運営者に報告したので、近いうちに何かしらの処分が出ると思います。しかし、ストーカーの件については、しばらく我慢が続くかも知れません。もうしばらく頑張ってください。僕もできる限りは協力を得て、行動をするつもりです。


 7月10日


 姫岡はまた学校を休むようになった。僕には何もできないのか。出会い系サイトで使われていた写真を姫岡に聞いてみた。この写真に見覚えはないのか、問うと姫岡の態度はおかしかった。何かを隠している。電話口でも感じ取れる些細な変化。日記のやり取りを一年以上を続けている一人の友人として、姫岡が嘘をついていることは明白であった。試しに某出会い系サイトに登録をして、姫岡の写真を使っているアカウントを探した。検索を絞れば簡単に見つけることができた。写真の姫岡は私服である。テーブルを挟んで人の目線で撮られている。場所はカフェだ。市内にあるおしゃれなカフェ。僕は姫岡と、このカフェに行ったことがあるから、すぐに思い出した。姫岡との会話を再構築していく。僕の記憶に間違いがないなら、姫岡は過去に行ったことがあると話していた。一人じゃないだろう。日記を辿っていくと、それらしいことも書いてありました。おそらく、村瀬美織か篠崎あられのどちらかだ。写真の姫岡はとてもいい笑顔をしていました。あんなに綺麗な笑顔を僕は見たことがない。だからこそ僕は篠崎あられが撮った写真である可能性が高いと結論付けました。直接聞くのは憚れるので、どうしたものか。


 7月15日


 悩んでるだけで一週間が過ぎてしまった。本人直接聞いてみたが、知らない、キモいと言われるだけであった。姫岡は誰かに付けられていると言っていた。僕は心配になって彼女を家まで送った。姫岡は最初こそ断ったが、最後には折れた。通学はスクールバスから、電車、そして徒歩で帰宅する。バスでは特に話さなかったが駅に着くと、姫岡が饒舌になった。不安を打ち消すように滑らかに。姫岡宅の最寄り駅は、中心街から少し離れているとは言え、周囲にビルが立ち並ぶ大きな駅であった。


「寄り道してもいい?」と姫岡が言うのでついて行く。レンタルビデオショップのゲーム売り場に辿り着いた。何でも人気ゲームが発売されたが、なかなか手に入らないようで、お店を巡っているらしい。お目当ての物は売り切れであった。


「そう言えばクラスでも話題になってるもんな」


「みんなゲームの話をしてるのよね。すごい人気で転売が酷いって聞いたこともある。頼まれて見に来たけど、やっぱりないね」


「頼まれのかよ。優しいな」


「うーん。見るだけだから大したことないよ」


「そういう問題か?」


 理解が追いつかない。そんな様子の姫岡は、携帯端末を操作すると、帰宅を急いだ。駅を離れて行くに連れて、人の数も減っていく。この日は特に問題なく無事に送り届けることができた。ストーカーが勘違いであることを切実に願う。


 8月5日


 夏休みとなっても僕の周りは何も変わらない。あるはずがない。家に引きこもって、姫岡からの連絡を待っているだけの臆病者だ。毎日を無駄に過ごしている。たまに何か変化が欲しい。そこで思いついたのは、某出会い系サイトで姫岡の写真を使っているアカウントに連絡をいれることだった。姫岡の友人に聞いても埒が明かない。案は一ヶ月も前からあったが、行動を起こしてもいいのではない、と躊躇していた。とても緊張した。挑戦したことがない未知の世界に対して、積極的に動けるタイプではない僕は、不安に押しつぶされそうだった。


 しかし、姫岡のためと思えば自然と指先は動いていた。返事があり何度かやり取りをして行くと、やはり売春のようなことをしているようだ。日にちを合わせて、駅の近くで待ち合わせをすることになった。もちろん会う気はない。誰が来るのか。それが知りたいだけだ。おそらく僕が本人を問い詰めることはしない。姫岡と話し合って、本人に決定を委ねるつもりだ。もし、姫岡があまりにも愚かな判断を下したなら、僕は心を鬼にするつもりでいる。


 8月25日


 まず事実を書く。某サイトで姫岡の写真を使っていたのは、篠崎あられであった。サイトでやり取りをした僕は携帯のカメラ機能で、駅に現れた篠崎を写真でおさめた。その写真と、サイトでのやり取りを姫岡に確認してもらった。夕方の公園でテーブルを挟んでベンチに座っている姫岡が、妙に落ち着いて見えた。そして姫岡は驚くようなことを言ったんだ。あまりにも愚かなである。思わずには言われなかった。僕は怒鳴った。今まで通り友達でいたいと姫岡が言うからだ。


 所詮は他人。僕は当事者でもない。だけど、これほど滾る怒りを感じたことがなかった。僕としては何らかの制裁を加えてもいいと思った。具体的な案はないが、売春なんて退学でもおかしくないし、姫岡は現在進行形でストーカーに悩まされている。被害を受けているのに、今までと同じ友人関係でいられると思うなんて、ありえないだろう。姫岡は優しいのでなく、甘いだけだ。世間はそんなに甘くない。彼女の頭の中はお花畑だ。意見が食い違い歪みあった僕らが喧嘩別れしたことは、書く必要はないのかも知れない。僕は怒りのあまり怒鳴り散らしてから、走って公園から去った。一度も振り返らなかった。


 9月1日


 これは僕の問題ではない。写真を姫岡に送って、僕の端末からはデータを消した。全ての判断は姫岡に任せる。僕は他人なのだ。二人がどんな関係であるかは僕にはわからない。側から仲がいいことはわかる。だけど明らかな裏切り行為を目撃している僕からしたら、全ては偽りであり、唾棄するべき愚行だ。篠崎あられは姫岡の気持ちを弄び、罪を犯したのだ。僕は許されてはならないと考える。だが他人である僕はいくら口を挟もうとも、嫌な顔をされるだけだ。姫岡に全てを任せるしかない。僕はあくまでも傍観者であり他人であると自覚する。


 9月12日


 新学期が始まって一週間以上が経つが、僕は姫岡と一度も話してない。携帯でやりとりすることもないし、日記も険悪になってから交換をすることはなくなった。ストーカー被害は今でも続いてるのだろうか。


 篠崎との話し合いはついたのだろうか。気になることはたくさんあるが、聞けずにいる。このまま姫岡に任せてもいいのだろうか。僕は必要以上に介入してしまったと今では思っている。あまりにも人のデリケートなゾーンに踏み入れてしまっている。敵意を向けられても仕方ない。けど姫岡のことを、今更になって無視するなんて僕にはできない。彼女のお陰で僕の学校生活は大きく変化した。全ては姫岡のおかげなのだ。僕は姫岡に恩を返しがしたい、姫岡に為に出来ることが僕にあるなら、是非とも行動を起こしたい。それが姫岡にとっては余計なことでも、敵意を向けられる結果になったとしても、僕がクラスから孤立することになってでも、僕は姫岡を助けたい。勇気をください。


 9月16日


 姫岡に激怒された。激しい罵声を浴びせられた。発端は放課後に篠崎を呼び出して、例の写真を見せたことだ。写真は消したと書いたが、あれは嘘だ。ファイルからは消したが、姫岡に送信した履歴のデータから幾らでも引き出すことができたのだ。篠崎は私じゃないと、否定する。僕は某サイトを使って君を誘き寄せたことなどの詳細を話していく。写真を無断に使ったことで姫岡がストーカー被害にあっていることを話すと、篠崎は折れた。僕はサイトの写真を削除すること、姫岡への謝罪を要求した。後日、篠崎は姫岡に謝罪をしたそうだ。篠崎の事実を知るのは僕くらいなので、姫岡は僕を咎めた。どうしてそこまで悪く言われなくてはならないのか。


「どうして勝手なことをしたの? 私に委ねるって言ったじゃない!」


 姫岡の激しい怒り。初めてであった。ここまで感情的な姫岡に、僕は萎縮していた。なんて答えたのかわからない。支離滅裂なことを言ったのかも知れない。多分、失望したんだ。自分自身に。姫岡のためにしたから、褒められる。許してもらえる。感謝される、と期待していたんだ。だから僕は、姫岡が涙ぐんで感情を爆発させて、最後には呆れたように力が抜けていく。その様に絶望した。僕は空気は読めないクソ野郎だったのだ。知っていた。所詮は友達がいない残念な高校三年生だ。今さら謝罪しても、仕方ない。もう終わってしまったことなのだ。こうして自室に籠もって日記を書いていると、僕は本当に情けない人間なのだと、痛感する。本当に申し訳ない


 10月20日


 気がついたら一ヶ月は日記を書いてない。あの日の僕はどうかしていた。姫岡は篠崎と仲直りしたようだけど、どこかぎこちなく思えた。僕自身の願望がそう思わせているだけなんだろうけど。学校の帰りに姫岡と篠崎は二人で帰るのを目撃した僕は、二人について行った。公園で話し合った二人は別れた。何を話したかはわからない。ただ篠崎は泣きながら、何かを一生懸命に伝えていた。時期に二人は歩き出して、姫岡は篠崎の家まで送っていく。篠崎の家は今にも崩れ落ちそうなボロアパートであった。そして姫岡から電話があった。ばれていたのだ。僕の尾行なんて所詮素人の戯事であった。


「ずっと着けてたでしょ。送っていってよ」


 僕は断る理由もないので姫岡を駅まで送っていくことにした。篠崎のことを話した。篠崎は生活がかなり苦しいようで、自分で稼ぐしかないとのことだった。詳しいことが省く。なんとなく近々の話をしたのちに、僕はトイレに行きたくなってコンビニに寄った。姫岡は外で待っていると言った。用を済ましてから、外に出ると姫岡の姿はなかった。僕は必死に探した。けど、見つからなかった。警察を呼ぼうかと悩んでいると、近くの公園の前で人集りがあった。胸の鼓動が速くなる。僕は現実を逃避するように走り出していた。気がつくと見知らぬ土地で、見知らぬ人に声をかけられていた。辺りはすっかり暗くなっていて、僕は慌てて帰路を目指した。後日になってから、僕は姫岡が亡くなった事実を聞かされた。姫岡は、ボール遊びをしていた子供を庇って、車に轢かれた。


 以上である。これ以上僕が綴ることない。おそらくこれが最後の日記になるだろう。姫岡が亡くなってから、一ヶ月以上が経過したが、やっと気持ちが追いついてきたと思う。そう思わなくては先に進めない。伝えたいこともあったが、伝えたい相手がいない。せめて彼女にはありがとうを伝えたかった。

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