第9話 日記その4

 3月12日


 先日のことになるんですが、特待クラスの天音さんにおすすめの本を紹介してもらいました。天音さんのチョイスなので、小難しい小説かと思ったら、読みやすいし、しかも面白かった。百年近く前の作品とは思えない。そこで調子をこいて、岩波文庫の昔の自己啓発本みたいなのを読んだら、全くダメでした。ショウペン何とかの「読書について」とう言う本だったんですか見た目も薄っぺらくて、これなら行けるだろうと意気込んでいました。色々と勘違いでした。まず見た目が薄っぺらいは安易過ぎました。内容もよくわかりませんでした。あんなに難しい本が世の中にあったんですね。本を読むようになって頭が良くなった気でいましたが、どうやら気のせいだったようです。姫岡さんは本を読む習慣はあったりするんですか?


 3月16日


 本を読むんですね。なんだか意外です。私はあんまり本を読まないので尊敬します。たまには、私も読んでみようかな? おすすめがあれば教えて欲しいです。ただ、読みやすい本だと嬉しいです。岩波文庫の本は、私には絶対無理。ライトで展開が早いと私でも読めるはず。話は変わりますが、天音さんと仲がいいんですね。どこでどんな接点を持ったんですか? 私が持つあなたのイメージがクラスの隅っこで、思考を空にして、闇雲に時間を無駄遣いしているなので、違和感が否めません。


 3月18日


 謙った考えを持ってください。それはただの偏見です。これでも僕は、小学生の頃は、クラスの人気者だったんですよ。男にも、女にもモテました。足も速かったので運動会では、毎年大活躍だったんですよ。もっとあの頃の輝いていた自分を語りたいところですが、過去の栄光にいつまでもすがり付くのはみっともない。自慢話は嫌われるので、この辺で終わりたいと思います。天音さんとは、一年生の頃に図書館で偶然会いました。追試が終わった僕は、スクールバスが出発するまでの時間潰しとして、図書館に向かうことにしました。学校の図書館は今まで一度も行ったことはありません。行く機会はなかったですし、学校側も積極的に活動をしているわけでもないので、図書館が存在することなんて完全に忘れてました。確か雨が降っていたので、不意に思い付いたんだと思う。ジメジメした空気を切り裂いて、図書館に入館すると、三人くらいの生徒が椅子に座っていたのを覚えてます。図書館の管理を担当する先生が、生徒と談笑をしていた記憶もあります。学校の図書館は広くはありませんでした。田舎の私立図書館が立派に感じました。本棚を一通り眺めていると、江戸川乱歩を見つけて僕は手に取りました。比較的新しいので、誰も読んでないのかなと思っていると、「江戸川乱歩が好きなのか?」と声が聞こえました。最初は僕に話しかけているとは思いませんでした。しかし、誰も反応しないので、僕は振り返ります。


「ぼ、ぼく??」


「君しかいないだろ」


 その子の言う通り。周囲には僕と彼女しかいない。その子は一見すると平凡な女性であった。どこにでもいる女子高生と言える。しかし、特徴的なつり目と凛とした言動に、気弱な僕は飲まれそうになった。


「そうか……言われて見てばそうだね」


「変なやつだな。まるで小動物みたい」


「どういう意味?」


「怯える意味がわからないな」


「怯えてはない。ビックリしただけです」


 彼女は納得したように頷くと「それで江戸川乱歩が好きなのか?」


「いいえ。以前読んだことがあって、懐かしくて」


「そういうことか。なら、それ私が借りてもいいかな? 最近古典ミステリーに凝っていて、江戸川乱歩を読んでみたかったんだよ」


 僕は手に取っていた江戸川乱歩傑作選を渡した。


「ありがとう。オススメとかある?」


 僕は右上を見て、考える素振りをする。実際は頭は真っ白になっていくので、有名な物と、自分が好きな話を口にした。確か「心理試験」と「屋根裏の散歩者」と答えたと思う。


「読んでみるね」


みたいなやり取りから天音京子さんと仲良くなりました。今でもたまに小説の話をする中ではあります。



 3月24日


 私と京子は、同じ中学の出身で昔は仲が良かったです。今でも時々一緒に下校することもあります。しかし、まさか私と下校していない時は、君と小説の話で盛り上がっていると思うと、なんだか寂しいです。今度は私も混ぜて小説の話でもしましょう。私も江戸川乱歩を読みます。


 3月25日


 本当に小説なんて読めるんですか? じっと座っているのも苦手な君が? 想像できない。先日、面白い話を聞きました。狭間と姫岡が付き合っている。一緒に歩いて帰っていたと目撃情報があるようです。二人は本来ならスクールバスで駅に向かうので、一緒に帰るのは別に普通の光景だと思います。しかし、駅まで歩いて1時間の距離をわざわざ二人で並んで歩いているとなると、うかがわしい関係なのでは邪推されるのは、必然ではないでしょうか? 実際のところはどうなんですか?


 4月1日


 一緒に歩いて帰ったのは事実です。けど付き合っているなんてことはありませんよ。あの日は狭間君が「大事な話があるから、歩いて駅まで行けないか。二人で」と言われたので承諾しました。悩みでもあるのかと、思ったからです。狭間君はなんだかそわそわしていて、余程言いにくい悩みだと思いました。なんでも世間話から始まり、学校から離れて、人が減ってくると狭間君は改めて、私を見ました。結論から言うと告白でした。私は断りました。彼には一年生の頃にも告白されましたが、その時も私は断りました。狭間君は身長が高く、容姿がいいと女子の中では評判がいいです。所謂女性にモテる男子だと思います。けど、私は「気になる人がいる」の一点張りでしたが、最後には狭間君も了承してくれたと思う。どうして断るのか。理由は、私の友達でも狭間君が気になるって子は多いのもあるけど、私自身の問題も絡んでくるので説明は難しいですし、「気になる人がいる」も本心です。とにかく私の心は複雑なのです。誰かに紐解いて欲しいと切実に願ってます。


 4月3日


 なんて書こうか悩んでいたら、休日が終わりました。悩んでることがあれば聞くので、話しみてください。話すだけでも楽になることもあると思います。


 4月10日


 この間のことは忘れてください。エイプリルフールです。狭間君に告白されたのは本当ですよ。交換日記を初めて一年が経とうしています。私の無理難題に潔く承諾してくれた君の寛容な態度のおかげで、ここまで楽しくやりとりが続いていると思います。残りの高校生活でも、交換日記に付き合ってくれたら、とても嬉しく思います。どうかよろしくお願いします。


 4月11日


 こちらこそありがとうございます。しかし、急にどうしたんですか? なんだかこうも態度が改められると、こっちもどういう感じで接すればいいかわかりません。なので普通でお願います。ところで、日記を渡すときに話していた内容は一体なんですか?「彼氏のフリをして欲しい」とは? 不安しかありません。


 4月16日

 

 先月の話になるんだけど他校のサッカー部の主将に連絡先を聞かれたの。ナンパね。たまにあるんだけど断る理由もないし、電車で見かけることもあるし、何よりも優越感に浸りたいので、連絡先を聞かれたら教えるようにしたのが間違いだった。かなり頻繁に連絡くるし、催促もしてくるし、断ってるのに何度も遊びに誘ってくる。我慢ができなくなったから、つい彼氏ができたって話をしたら、そいつキレはじめて、さあ大変。彼氏を連れて来いって。そこで君に彼氏役を頼みました。君は逡巡してながらも、最後には承諾してくれたら、本当に助かった。申し訳ない気持ちもあるよ。だから今度お礼させてね。


 4月20日


 エイプリルフールは何週間も前に過ぎましたよ。どうしてこんなことになったのか。どうして僕なのか? めっちゃくちゃ緊張した。あの日ほど、授業が終わないで欲しいと願ったことはありません。なんなら一生授業を受けてもいいとも思った。そんなことにはならないことは、知ってます。時間の束縛から逃れることはできない。誰もが時間の前には平等なのだ。君と駅に向かうと、あの男がいた。率直に柄が悪いと思った。他校のサッカー部の主将らしいが、ワックスでガチガチに固定した短髪に、着崩れした制服の着こなし。狭間とは違うタイプのイケメンだと思った。短髪は「こんなのが好きなのか?」と僕を侮蔑する。「あなたよりは優しいし、思いやりを持てる人よ」と姫岡が言う。その後、何度かやりとりをした後に、僕は殴られた。納得できないことも多いが、僕が物理的に傷つくことで、全てが丸く収まるなら別にいい。そんな些細なことで解決するのなら、君の役に立てたなら、光栄です。


 4月23日

 

 先日は本当にありがとう。あれからあの男からの連絡はパッタリ途絶えました。これが面白いくらいゼロです。電車で見かけた時も、あの男は私と目が合うと逸らします。以前はこっちが逸らすまで、標的を捉えた猛獣のようだったのに。あの男の態度がここまで変化したなら、もう大丈夫でしょう。ただ、次の日にあなたの頬が少し腫れているように見えて。心が痛みました。思えばあなたの優しさに甘えてばかりです。今度、改めてお礼をしたいと思っているので、時間が空いている日があれば教えてください。


 5月30日


 久しぶりに天音と話しました。映画のエキストラに参加した見たいです。好きな映画監督の新作映画が、地方で撮影されたからそうで、僕も誘われました。どうして僕かと言うと、その地方って言うのが僕の地元だったからです。撮影は順調に進んだようで、1日目は何の問題もなく進みました。天音はなぜか僕の家に泊まっていきましたが。問題は2日目です。スタッフの一人が殺害されてしまい、あろうことか天音京子に容疑がかけられた。犯行に使われた凶器は撮影用の小道具の刃物で、指紋がべっとりとついていた。どうしてそうなるのか。全く意味がわかりません。天音は勝手に小道具をベタベタ触ってから、人目を気にして逃げ出したそうです。その様子を見られてたと、まあ犯行時刻と天音が目撃された時間が合わないし、わざわざ殺す動機もない。天音が狂信的なファンなら違うかも知れませんが。最後には現役女子高生探偵を自称した天音が犯人を特定して解決しました。漫画かライトノベルみたいな展開に驚きながらも、天音を尊敬しました。なんだかざっくりとした説明になってしまいましたが、概ねそんな感じです。


 6月2日


 そんな大変ことがあったんですね。一週間も登校していなかったので心配していました。無事に解決できたなら良かったです。京子もあなたもどうして私を誘ってくれないのか。酷いです。私だけ蚊帳の外なんて、あまりにも扱いがおかしい。そんな話を京子に直接電話で伝えました。「すまん」それだけでした。なんだか酷くない? 疲れたので、今日は寝ます。おやすみ。


 

 6月16日


 突然のことで驚きました。体の方はもう大丈夫なんですか?入院したと聞いて、心臓が飛び出るかと思いました。いつもあんなに元気なのに、体調を崩して入院するなんて。みんな心配してましたよ。元々肺が弱いんでしょうか? 以前にも過呼吸になっていたことを不意に思い出しました。今日は二週間ぶりに姫岡の顔を見れて安心しました。あんまり無理はせずに、ゆっくり過ごしてください。特に交換日記なんて、優先順位が低いと思う。気長に待ってます。


 6月18日


 心配してくれてありがとう。朝に廊下ですれ違ったら、君が子犬のように近寄ってきたのには、驚きました。もしかして私って、慕われている? てか、私のこと好きなの? 体の方は全然問題はないよ。入院生活は暇だったけど、リフレッシュになったしね。たまにはゆっくり過ごす日々が続いてもいい思う。交換日記だって好きで書いてるんだから、無理とかではないよ。とても楽しい。それとも君は本音では、私との交換日記は楽しくないのかな? だったらショックです。


 6月20日


 今日も元気そうで良かった。何かしらの持病を持っているとかではないんですかね? 姫岡との交換日記は、とても楽しいですよ。文章を誰かにために書くなんて、今までやったことがなかったから、とても新鮮だし、新しい世界が広がったと思う。それに僕は自分で思っているより、文章を書くのが好きみたいだ。気づかせてくれた君にはとても感謝をしている。良かったらこれからも日記を続けたいと思ってるくらいなので、姫岡との交換日記は楽しいと断言できる。それと姫岡の人間性に惹かれているのも確かだ。いつでも笑顔で、明るい君が僕には眩しいくらいです。


 6月23日


 まさか君にそんなことを言われる日がくるとは感慨深い。最初は嫌々言ってのが嘘みたい。君の成長に一役買えたようで私は満足です。私も文章を書くのは割と好きなので、お互い似た者同士なのかな? この日記を拾って良かった。普段は言えないようなことも書けるし、これからは弱音も書くかもだけど相手してくれた嬉しいな(笑)



 7月15日


 熊谷を知ってますか。名前にそぐわない小柄な子ではあるが、態度はまさに熊のようなプロレスラーみたいに堂々としている子のことです。ちょっとしたことで熊谷と話したんだけど、なかなか渋みのある子でした。


 パソコン部に所属しているようで、その日もノートパソコンの上に参考書を五、六冊も積んで、部室に向かっているようでした。もちろん本を落としました。バランスが上手く取れなかったのでしょう。特に用事がなかった僕は、手伝おうと思いました。すると熊谷は「やめろ。一人でできる」と甲高い声で言いました。なんだか幼い頃に妹を見ているようで、心がしっとりしました。


 僕はしばらく熊谷の後ろをついて回ります。断じてストーカーでありません。ただただ心配なのです。大事なことなので、もう一度言いますが心配なのです。不信な感情はありません。これも大事なのでもう一度言いますが、妹に向ける愛情のそれです。熊谷は再三にして、参考書を落とすので、僕は拾ってあげます。教室まで運ぶのに、三回も拾いました。パソコン部の教室は使われていない校舎の奥でした。現役で視聴覚室として使われていることも、初めて知りました。


 パソコン部は特待クラスの男子が中心になって、クラブとして発足しましたが、熊谷が部長になるとあっという間に、部活として認められることなりました。そして、念願の部費が支給されることになったようです。熊谷と部員たちは僕を無視してパソコンに向かい、没頭しました。何を熱心にやっているのかと思ったら、みんなして英語のようなよくわからない単語を並び立てているだけでした。意味がわからないな。そんな茫然とした僕を見かねた熊谷は「プログラミングだよ」と言ってから「こいつができれば世界を牛耳れる」とも言いました。よくわからない世界だと感じました。


 7月25日


 熊谷さんとも仲良くなれたんですね。とてもいいことだと思います。あの子も今では部長か。あの子すごくパソコンに詳しいから、うちの学校にもパソコン部があるよって教えてあげたのは、何を隠そう私です。かなり本格的に活動していることを伝えると、彼女は喜んでついて来たので、クラブの創設者であるナカ君に連絡してから、教室に向かいました。熊谷さんはナカくんたちがかなり本格的にプログラミングをしていることに気づくと、かなりハイになって、「私も入部したい」と意思表示をしました。よほど部活動が楽しかったようで、今では部長として、パソコン部を盛り上げている見たいですね。本当にいいことだと思います。しかし、妙なのは、あなたですよ。最近なんだか女の子とばかり仲良くなってませんか。たまには男の友達と仲良くなりましょう。高校生活も短いですし、今のうちに思い出を作ってみたらどうですか?


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