第3話


 幼い子供たちは眠り、静まり返ったダイニングで、にゃ~るの塩味をぼそぼそと食べていると、階段から降りてくる猫が居た。


「何をしけた顔して、食べているの?」


 にゃん太郎に話しかけて来たのは、二番目の出産で生まれた八匹のうちの一匹、ねこだった。


「おお、ねこ雄、帰って来ていたの?」

「うん、就活で」


 ねこ雄は大学生。

 地方の大学でカツオの研究をしている。


 二十四匹居る子供の中で、一番面白い発想をする子だった。

 にゃん太郎と同じ、珍しいオスの三毛猫。だた、てっぺん部分伸ばしてラーメン様なちぢれたパーマを当てて、後頭部は黒く染めて居る。本人は「にして、」をあてたとか何とか。


「どうしたの? 元気ないじゃん」


 ねこ雄は、にゃん太郎の前の椅子に座った。


「にゃ~るの旨さに打ちひしがれていたの」

「…………にゃ~る神メシだもんな。レトルトでこれは凄いよな」


「うちのマンマねこは、売れ行きがガタ落ちなんだ」

「なーる。それで親父は首宣告でもされてんだ~?!」


 勘の良いねこ雄は、ずばりと言い当てて、にゃん太郎は何も言えなくなった。


「マンマねこも美味しいと思うんだけどね……」

「そうだな。サバとアジを焼いて砕いた混ぜメシ。悪くないけど、飽きるんだよな」


「にゃ~るは味のバラエティが凄いもんな……」


「でも俺さ、マンマねこには、にゃ~るには無い、良いところが一つあると思うんだけど」


 息子の話に耳がピクピクっと動くにゃん太郎。ねこ雄の目が膨らんだり、細くなったりする。


「何だ?」

「……泥臭さ、かな」


「ほう……お前は変わっているにゃあ」と個性的な息子を褒める。


「にゃ~るが洗練的ならば、マンマねこは昔ながらの味って言うのかな。ノスタルジーを感じるよね」


「確かに! 七輪で魚を焼いていた、俺の子供の頃のメシって感じ」


「今は七輪で魚焼くと、ご近所から匂いハラスメントで訴えられるからね」

「にゃあ……」


「俺はね」とねこ雄は真面目に髭をピンとしてにゃん太郎を見つめる。


「俺はマンマねこと親父が一緒に見えるよ。時代に置いてかれて、淘汰されていく存在に」


「おい、それって、俺が能無し親父みたいじゃないか!」


「そうだよ。俺が親父だったら、満員電車に揺られて便所席で雑用なんてしたくないし、家帰ってから奥さんに怒鳴られて肩身狭い思いする生活なんてしたくないね……それを黙って続ける親父って、一体何なの?」


 さすがのにゃん太郎も、息子にそこまで言われると、ムカムカして来た。

 実際、耳がピクピクしている。


 何か親父らしい事をガツンと言ってやろうと、アレコレ考えていると、ねこ雄の方からガーンとする事を言われた。


「……俺、就活さ。ニャッスイにエントリーしようと思うんだ」

「にゃ……にゃに!?」


「親父みたいな猫がいる会社には何の魅力が無いからね」


「にゃ……!」


「悔しかったら、俺が佐久猫食品に入りたくなるような親父になってよ。親父は定年まであと一年ちょっと。俺をぎゃふんと言われる商品を作ってよ。それで、最後に花を咲かせて見せてよ」


 それだけを言い残すと、ねこ雄は立ち上がり、再び階段を昇って行った。




「……」


 にゃん太郎は俯いた。

 しばらく、そのまんま固まり、にゃ〜るを見つめ続ける。


「……」


 そして、ガッと箸を持つとにゃ~るを一気に平らげ、パントリーに締まってあったマンマねこを一箱取り出して来た。


 にゃん太郎はマンマねこを手あたり次第食べながら、目を光らせて決意したのだ。


 くそっ。

 くそっ。

 こなくそー!


 どうせクビになる運命なんだ!

 最後ぐらい、ぎゃふんと言わせてやる!!


 見てろよ、にゃ〜る!

 見てろよ、ねこ雄!



 ――そうして、サラリーニャン・猫山にゃん太郎(8)の試練が始まった――

 (BGM:地○の星)







 にゃん太郎は、先ずターゲットを決める。


 洗練されたオシャレなにゃ~るが若者向けならば、にゃん太郎のターゲットは中年向けだ。


 自分の様に、乗りたくない満員電車に乗って、要領が悪い故、毎日の様に会社で怒られて、若い後輩から押し付けられた雑務をこなし、夜遅くにくたくたになって帰って来たオスに食べて貰いたい、お疲れメシ。


 サラリーニャンにだけにターゲットを当てる。


 夜遅くなったサラリーニャンなら、夜遅く開いたコンビニにくらいしか開いている店も無いし。


 早速、次の休みの日。

 家族がアニメ映画を見に行っている間、にゃん太郎は自分の好きな食べ物をリビングに並べた。


 かつおぶし、チーズ、煮干し、アジ、鶏肉……。そのラインナップに愕然とするにゃん太郎。


「にゃ、にゃんてテンプレなオスなんだ、俺は!」


 自分のありきたりの好物にショックらしい。もうちょっと意外性があったって良いじゃないか。だから、凡猫なのだが。


 しかし、にゃん太郎はふと思う。

 買う猫だって、にゃん太郎と同じくらい凡猫なんだ。

 ましてや、ターゲットはオス。

 好きな物は、きっとずーっと好き。

 流行になどに負けない、真っすぐな気質を持つ真面目な中年のオス達。

 そんな、真っすぐなオスには小細工など要らないのだ。


 美味しささえあれば!


 しかし……それだと、疲れたサラリーニャンには胸焼けを起こしてしまいそうだ。

 だから、あとにゃん太郎が欲しいのは…………労い?


 しかし、労いとは……?


 にゃん太郎は、グルグルと喉を鳴らし、毛づくろいをし、のびーっとして、あくびをして、居眠りもちょっとして…………なーんて事をやっていたら。

 気が付けば、いつの間にか帰って来ていた子供たちに、リビングの上にあった仕事材料好物を全部食べられていたのだった。

 ……にゃよ美さんの「無駄遣いをするな!」のお説教付きで。




 ――頑張れ、にゃん太郎!

 にゃん太郎の試練は続く!

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