第2話


「にゃあ……」


 さてさて、にゃん太郎が落ち込んでいる理由話から戻って、今日の昼休み。


 屋上の爪研ぎ場で、爪を研いでいると、


「隣、いいか?」


 と、営業部のエースの黒猫の大和ヤマトさんがにゃん太郎に声を掛けて来た。

 大和さんは、にゃん太郎の大学の先輩で、この会社を紹介してくれたのも、大和さんだった。


「ああ、大和さん。どうぞ」


 と言って、二匹は暫く無心で爪を研ぐ。


 ……爪が良い感じになった所で、二匹は日当たりの良い芝生に丸まって寝そべった。

 すると、心地よくて自然と糸目になる二匹。


「……どうだ、企画。何か思いついたか?」

「全く……。大和さんも今、大変でしょう?」


 会社自体が不景気で、営業エースのおじイケニャン大和さんもだいぶ苦戦していた。

 佐久猫食品の売りの『マンマねこ』の売れ行きが悪いのだから。


「ああ、売り場のメインをニャッスイに取られてばっかり。うちの商品は隅に追いやられたり、最悪打ち切られたりしていてさ……」


「そうですよね。にゃ~るを超える食べ物なんて、この世に無いんですよ……」


「そんな訳ない! 今がにゃ~るブームなだけで、いつか終わる時が来る。そして、次のブームは必ず、佐久猫食品が出すんだ!」


 股を毛づくろいしながら、カッコいい事を言う先輩。

 そんな気取らない所も、にゃん太郎の憧れだった。



 その日も全く案が浮かばないまま、企画部の後輩に押し付けられた雑用仕事を片付けて、帰路に着く。



 家に帰ると戦場だ。


 八匹の幼い子猫達が、にゃーにゃーと走り回り、家中を荒らしている。

 その中で、シャム猫の妻、にゃよ美さんが忙しそうに洗濯物を取り込んでいた。


「あー! パパだぁ」

「ぱぱー!」

「おかえり~」

「にゃ〜にゃ〜」


 まだ幼い子供たちは、パパが大好き。

 にゃん太郎もゴロゴロと喉を鳴らして、子供たちと戯れる。


「おい! 遅く帰って来たんだから、遊んでいないで! さっさと飯食べな!」


 にゃよ美さんは今日も機嫌が悪い。

 にゃよ美さんは365日中、360日くらいは機嫌が悪い。

 それもその筈。

 八匹の子育てに、サラリーの悪いにゃん太郎を補うために、猫草を作るパートに出ている。自立した子供たちもにゃよ美さんを頼って、しょっちゅう遊びに来る。

 誰だって、時間に追われて忙しかったら、能無しの旦那にきつくなるのは当然だ。

 にゃよ美さんも七年前はそれはそれは美しいシャム猫だった。

 当時のにゃん太郎を知る友人達は口々に言った。


 にゃん太郎、高嶺の花を手に入れたな!


 当時がにゃん太郎人生の最高潮だったかもしれない。

 しかし、今のにゃよ美さんは、毛づやが悪く、やや小太りした貫禄あるメス猫になってしまった。

 しょうがない。にゃよ美さんと二匹三脚で子供を育てたとは言い難い。間違いなく、にゃよ美さんの方が九割世話している。

 だから、自分の仕事を全うしている、にゃよ美さんがどんなにきつくても、文句は言えないのだ。


 散らかったテーブルには『にゃ~る』の塩味の缶詰が一つ置いてあった。


「……にゃよ美さん。今日のご飯……」

「何!? たまにはレトルトでも良いでしょ!」


 いや、レトルトでも良いのだ。

 そこじゃなくって。

 にゃん太郎の家には自社製品の『マンマねこ』が三箱ストックされているのだ。

 わざわざ、にゃ~るを買わなくても、レトルトはあるのだ。


 にゃよ美さんは、長年連れ添っているにゃん太郎の言いたい事が分かった様だ。


「あのね、子供たちが『マンマねこ』飽きた。『にゃ~る』が良いって言うんだよ。私もさー、アレには飽きちゃったんだよね」


 なんと!

 家族にまで見放された『マンマねこ』!


「パパ。僕ね、にゃ~るのチーズ味食べたよ~」

「あたちは、鰹節味!」

「にゃ~るって本当に美味しいね! パパって凄い!」


 子供たちは家にあるレトルトは、全部にゃん太郎の会社が作っていると勘違いして、にゃん太郎を褒め称えた。

 乾いた笑いを浮かべながら、いじらしい子供たちに胸が熱くなる。


 にゃん太郎は、子供たちが寝る前の毛づくろいを始めたのを見ながら、にゃ~るの缶詰を開けた。

 

 そして、一番シンプルな塩味を一口食べて、思わずライバル社商品に言いたくなかった言葉が口から漏れた。


「う、うっま……」

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