第2章

第9話 訪問者

 広大な宇宙という闇の中に散りばめられた光の輝き。

遠くを見れば闇があり、近くを見れば太陽の光がある。

光を受けて闇の中を優雅に進む、不似合いな金属の大きな機体が一つ。

機体は大きな傘の様なアンテナを持ち、中心に集めた光をエネルギーにして進んでいた。

金属機体の前方側面には、アンブレラ号と英文字が印字されている。

巨大なアンブレラ号の中には沢山の客室があり、乗員たちは高級ホテル勤務を彷彿とさせるぐらいレベルが高い。

操舵室と客室の間には、大きなモニターが付けられた巨大なフロアがあり、特別なことや離着陸時以外はビジネスで勤しむ人や、ゆったりとした時間を過ごす人々が利用していた。

フロアからそう遠くない部屋に、一人の乗務員が飲み物と軽食を持って来たところらしい。

 

「失礼します。ご注文のものをお持ちしました。」

 

一人用の無機質な個室部屋で、十四、五歳くらいの少年がディスプレイに向かって懸命に手を動かしていた。彼は乗務員に顔を向けることなく言う。

 

「ありがとう。少なくて申し訳ないけど。」

 

少年は鞄から無造作に取り出したカードを、乗務員の胸ポケット部にかざした。

 

「こちらこそ、チップをありがとうございます。よい旅を。」

「ありがとう。」

 

やっとディスプレイから顔を離して、少年らしい年相応の笑顔を向けてにこやかに言う。

すると、乗務員はどこかぎこちない動きをしながら、部屋を出て行った。

 

「何年前のアンドロイドだろ。ディスプレイ出してたのまずかったかな。客の表情認識しないと反応しないって、古いプログラムだなー。」

 

ぶつぶつ小言を言いながら、今度もカードを無造作に鞄に突っ込む。

奥にまで手を入れすぎたのか、押し出されて封の開いた手紙が顔を出す。

 

「ダメもとで月に手紙を出してみたけど、本当だったなんて。」

 

背伸びをしながら手にしていた手紙を、室内ライトの光にかざした。

両親から聞かされていたもう一人の家族。

小さい頃から話を聞かされていて、うんざりした時もあったけれど、この手紙がきっかけになってくれたおかげで、月への旅を手にすることが出来た。

 

「一体どんな人なんだろう。」

 

両手をおろして深呼吸を一つしたとき、腕時計から機械音声が流れる。

 

「メールが一件届きました。内容を」

 

少年はアナウンスを途中で切ると、再びディスプレイ画面を出す。

 

「あなたでしたか。今回の月旅行をご支援くださりありがとうございます。」

 

画面に映っている者の姿は異常だった。

白いローブに、黒い布で作られた顔がすべて隠れるマスクを被っている。

口元も隠れているため声がこもり、言葉がはっきり聞こえない。

 

「はい。・・・・・・はい。とても嬉しいです。」

 

少年は目を輝かせて応対している。

どうやら二人の間ではきちんと会話が成立しているようだ。

 

「はい。では、月でお会いしましょう。」

 

不気味な格好をした人物とのやり取りを終え、ディスプレイを閉じたところで、部屋の外が騒がしいことに気が付いた。

 

「何かあったのか?」

 

部屋のドアを開けると、同乗している客たちが顔を紅潮させながら、足早に少年の前を通り過ぎていく。

時には急ぐあまりバランスを崩し、少年にぶつかりそうになりながらも、人々の波は操舵室前の巨大フロアに集まってくる。

 

「とうとう来たんだな!!」

 

近くにいる若者は興奮して叫ぶように言う。

 

「見ろ。到着デッキにドッキングするぞ。」

 

フロア前方中央に設置されているモニターで中継をしているところだ。

 

「新しい生活の始まりか。光となるか闇となるか、それは己次第じゃろうな。」

 

隣で老人が言った何気ない一言が耳に残る。

 

「光か闇かは己次第。」

 

小さく復唱をすると、一層周りが騒がしくなる。

 

「月だ! 本当に来れたんだ。」

 

騒ぐ人々の中、少年の体の中の炎が大きくなる。

意を決したような表情でモニターをしばらく見つめていた。

 

「ここから新しい世界が始まるんだ。」

 

声音は小さくとも熱を含んでいた。

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アス 氷村はるか @h-haruka

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