エピローグ

新婚初夜

「これよりコートワール帝国第三皇子スコット殿、白竜ノエル殿、並びに皇女シャネリア殿、黒竜ヴァスキーダロワ殿の婚礼の儀を執り行う」


 そこはコートワール帝国城の大ホール内。近衛騎士の先導で父上さまと母上さま、スコット兄上さまとノエル、私とダロワ殿が赤い絨毯の上をゆっくりと進みます。


 帝都サマルキアでの十日間の婚礼祭を終え、帝国城では婚礼の儀が始まりました。


 壇上にはモートハム聖教皇国教皇、クリニシカン・セント・モートハム猊下げいかがおられます。私たちはその前に並ぶと、恭しく頭を下げました。


 それを合図に全ての者が立ち上がり、楽団の演奏に合わせて聖教歌の斉唱が始まります。モートハム聖教は我が国の国教でもあり、聖教歌を知らない者はおりません。皆の歌声がホールに響き渡りました。


 次にクリニシカン猊下より聖教書の一節が読み上げられます。



「愛は許すこと。愛は思いやること。

 愛は恨まない。愛は傷つけない。愛は妬まない。

 驕らず、誇らず、奪わず、怒らず。

 全ては神の御業みわざ

 神の言葉こそが愛である」



 ここで私たち四人は初めて顔を上げることが許されました。


 この後は誓いへと進みます。誓いは四人が一人ずつ猊下の問いかけに答えるのです。



「汝、健やかなるときも、病めるときも、妻を愛し、神に仕えることを誓えるか?」

「誓います」


「汝、喜びのときも、悲しみのときも、妻を愛し、神に仕えることを誓えるか?」

「誓います」


「汝、富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、神に仕えることを誓えるか?」

「誓います」


「汝、妻を敬い、慰め合い、助け合い、その命尽きる時まで真心を尽くし、神に仕えることを誓えるか?」

「誓います」



 当然、私とノエルの時には"妻"の部分が"夫"に言い換えられます。その後に指輪の交換、そして誓いの口づけを終えました。



「この婚礼に異議なき者は沈黙を。異議ある者は今この場にて申し出るか、さもなくば永遠に沈黙せよ」



 猊下以外の全ての参列者が沈黙の意思表示として頭を下げます。それを見渡してから猊下は言われました。



「今ここに、コートワール帝国第三皇子スコット殿、白竜ノエル殿、並びに皇女シャネリア殿、黒竜ヴァスキーダロワ殿の婚礼の儀が成ったことを宣言する!」



 そして来た時と同じように、近衛騎士の先導で私たちはホールから退場します。


 この後はバルコニーに移動し、外に集まった民衆に姿を見せるのです。そこで私によるハープの演奏も披露されます。


 私は天女のローブに着替え、バルコニーの中央に設置された聖女のハープの前に座りました。


 慈愛の心。それはまだ幼かったあの日、雷に撃たれて瀕死の重傷を負ったヴィンスキーグノワ殿を必死の思いで癒した心と同じ。見返りを求めず、ただただ死なないでと願った魔法。


 それらの想いを胸に、私はゆっくりと指先で弦を弾き始めます。


 涼やかな音色が響き渡ると、それまであった民衆のざわめきがピタリと止みました。まるで帝都サマルキアだけではなく、世界中で聞こえるのは私の奏でるハープの音のみと思えるほどの静寂です。


 獣の鳴き声も鳥のさえずりさえもなく、生きとし生けるもの全てがこのハープに耳を傾けているかのように感じられました。


 そして十分ほどの演奏を終え、私が立ち上がって民衆に向けて一礼すると、それまでの静けさが嘘のように拍手と歓声の波が押し寄せてきたのです。


 中には涙を流して手を振ってくれている者もおりました。


『聴き惚れたぞ』

「ダロワ殿……ありがとうございます」


 父上さまと母上さま、スコット兄上さまはもちろん、ウラミス兄上さま、ノウル兄上さまも私を褒め称えて下さいます。ノエルも手を握ってくれました。


「シャネリア……いいえ、今だけはこう呼ばせて。麗しき聖女様、素晴らしい演奏でした」

「ノエル、ありがとう!」


 私たちは再び披露宴会場となる大ホールに戻ります。それが終わると四人はノース帝国へ向かうことになっておりました。私はダロワ殿に、スコット兄上さまはノエルに乗ってカラクマラヤ山脈を越え、そのままノース帝国城へと向かいます。


 父上さまと母上さま、ウラミス兄上さまとノウル兄上さまとは一旦お別れです。


「明日からはノース帝国で婚礼祭ですわね」

『我が妻シャネリアよ』


「まあ、我が妻だなんて、そのように言われたのは初めてですわ」

『婚礼の儀とやらが済んだのだからおかしくはなかろう?』


「そういうことでしたの。ダロワ殿は律儀なのですね。それで、どうなさったのですか?」


『もう子作りはしてもよいのか? 婚礼祭が終わって領地に戻ってからか?』

「子作り……こ、こづるり……!?」


『何を慌てておる。夫婦めおとになったのだ。当然ではないか』

「わ、私その……け、経験がございませんので……」


『安心しろ。破瓜はかの痛みなど魔法で消してやる』

「そ、そそ、そういう問題では……」


 あのダロワ殿に抱かれることを想像して、私は全身が熱くなるのを感じておりました。


 い、いけません。ダロワ殿にバレてしまいます。


『我慢出来なければヒョムラピオの頂上で営んでもよいぞ』

「ひゃあっ!」


 思わずへ変な声を上げてしまいました。恥ずかしくて死にそうです。


 それなのになんということでしょう。ダロワ殿はノエルに少し寄り道をするからと念話で伝えてしまったようです。


「ノエル、待って、ノエル!」

『ふふ。お幸せに』

「いやぁぁぁぁぁっ!」


 深く積もった雪の中に結界が張られ、私たちは標高一万メートルのヒョムラピオの頂上で新婚初夜を迎えたのでした。




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これで完結とします。

長らくのご愛読、ありがとうございました(^o^)

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婚約破棄は構いませんけど困るのはそちらですわよ。新たに黒竜と婚約した私ですもの。幸せになってみせますわ! 白田 まろん @shiratamaron

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