後編

 その時のメイドにも言われたのよ。奥様は優しすぎだって。

 いくら旦那様のお母様だとしても、それじゃあ神経が参ってしまうって。

 で、彼女がいる時に、とうとう本心を言ったのね。


「こんなにいつも愚痴ばかり言って疲れませんか? さすがに私も聞いていて疲れます。それに私も、こんなに周囲が嫌いな方だと、もしかしたら私のことも何処かで愚痴っているのではないかって邪推してしまうのですが」


 と言ったのよ。

 そしたらこうよ。


「あのね、私だって好きでここにわざわざ時間かけてやってきている訳じゃあないのよ。息子が貴女を見張っててくれ、って言うから」

「あのひとが? 見張って? どういうことですか?」

「貴女が留守中に浮気していないかってよ!」


 さすがに私は何を言われてるかすぐには理解できなかったわ。

 何言ってるのこのおばさん、って感じ。


「何その顔。嘘じゃないわ。何だったらあの子に電報打って早く帰ってきてもらってでも、直接職場に行くのでも、聞いてみたらいいでしょう!」


 そう言ってお義母様は帰っていったの。

 私は震える声で、メイドに向かって、電報を打つ様に頼んだわ。

 夫のところではないわ。実家へよ。

 ここはあの頃の家から馬車で一時間くらいのところなの。

 メイドが電報を頼むのに三十分。それから支度して更に一時間。

 だから夫が帰る前に、母がやってきてくれたの。

 まだ半分気が動転している私の代わりに、メイドが説明してくれたわ。確かにそう言ったって。

 信じられない、だけどこれだけ動転している私を夜に夫と子供で置いておくのは危険、と思ったのでしょうね。

 メイドには伝言を頼んで、私と子供は簡単な荷物を持って実家へ戻ったの。


 そうしたら、その晩、大慌てで夫がやってきて、「違うんだ違うんだ、君は誤解している」って言うばかり。

 監視のために母親を送り込んだってことに関しては全然否定しないのよ。

 その姿を見て私ぞっとしたわ。

 だって彼こう繰り返すばかりなのよ。


「同僚の中には、留守の間に浮気する奥さんがいた」

「だから自分も心配になった」

「母さんに無理を言って君を見守ってもらった」


 見守って? 

 お互い嫌な気持ちを持ちながらそんなことできる訳ないでしょう!

 ともかくちょうどそこに父も居たからね。彼にはともかくお引き取りいただきまして、それから話し合いましょうってことになったの。

 でももう、私を見張っていたこと、信用していなかったことに謝らない彼に対して、すっかり怖くなっちゃったのね。

 だって、考えてみてよ。

 一歳にならない子供の面倒みながら誰が浮気なんてできるって言うの?

 確かにメイドは居るけど、さっきも言ったけど、子供の世話で手一杯だから雇っていたのよ。

 それに見張りたいならそのメイドに頼んでこっそり報告させればすむことじゃない。

 いえ無論それもおかしいけど、わざわざお義母様を連れ出す神経が判らないのよ。

 そういうことを話し合いの中で言ったら、向こうのお義兄様と奥様も「さすがにそれはね」ということで味方になってくれたのね。

 あのひと達は、どれだけお義母様の愚痴が酷いのか判ってるから。

 で、まあ何とか離婚できた訳よ。

 真面目で堅実な次男坊っていうので、結婚話に乗ったし、私もいい人だと思ったわ。

 だけどそんな風に見る人とは駄目よね。

 だから貴女も気をつけて。

 ちゃんとご実家と上手く連絡つけて、心を強く持てば離婚だってできるのよ。

 え? 

 だって、その手の甲の傷、ムチの跡でしょう?

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それだけはどうしても我慢できなかったのよ。 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo

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