第371話:セレネイアを護る力

 紅輝千櫻覇皇剣フォルエージュランが鋭く伸びる。


 切っ先がとらえようとした瞬間、火花が散り、見えない壁にはばまれていた。


 甲高い硬質音だけがむなしく、えがくべき剣軌けんきの先へと抜けていく。


「ヨセミナ殿、随分と手荒いですね。私を殺すつもりですか」


 ヨセミナは意にも介さず、紅輝千櫻覇皇剣フォルエージュランを握る右手に力をめ、もうひと押しだけ切っ先を突っ込む。


 極小単位で展開された光壁は完璧に機能している。ヨセミナの魔剣アヴルムーティオであろうと、抜けそうになかった。


 ようやく、ヨセミナもあきらめたのだろう。つかを握る手から力を開放、剣を納める。


「ここは私の剣界、必殺の間合いだ。たとえ誰であろうと、私の利き手を封じるなど、殺されても文句は言えまい」


 ヨセミナは既に紅輝千櫻覇皇剣フォルエージュランを納刀、完全に沈黙している。男もまた展開していた光壁を解除する。


「貴女が彼女に修行と称して、稽古をつけるとは予想外でした。貴女とは真逆の立ち位置ではありませんか」


 ヨセミナは首をかしげつつも応じる。


「私にも分からん。気づいたら、そうなっていただけのことだ。セレネイアは、知らず知らずのうちに周囲の者をきつける。王女としての魅力の一つかもしれんな。そなたも同様であろう」


 表情一つ変えず、ただうなづくだけだ。


「我が主よりおおせつかり、私は彼女が生まれた刻より、陰になり日向になり、ここまで見守ってきたのです」


 ヨセミナにしてみれば、それこそ理解不能だ。


 セレネイアはたかが一王国の一王女に過ぎない。言ってしまえば、主物質界においては取るに足らない存在でしかない。


大師父だいしふ様は何故なにゆえにセレネイアを気にかけておられるのか。私ごときに大師父様のお考えなど分かるはずもないが」


 悔しそうな表情を浮かべるヨセミナを、意外そうな顔で見つめる。


「彼女はファーレフィロス家の血を引く者ですよ」


 セレネイアの血筋など、取り立てて騒ぎだてるようなものでもない。


「その程度なら誰もが知っている。秘密でもあるまい」


 それがどうしたとばかりに、ヨセミナが目で問うてきている。


「それだけではね。これから話すことは、ヨセミナ殿の胸の内に仕舞っておいてください。ファーレフィロス家の血には、固く秘匿ひとくされた謎があるのです」


 謎を明かされたヨセミナの顔が驚愕きょうがく一色に染まっている。


「なるほどな。セレネイアのあの変わりよう、膨大な魔力量が突然備わるなどあり得ないとは思っていたが。そのような理由があったのか」


 二人はしばし黙り込んでいる。


 そのような状態でありながらも、二人の意識は常に二百メルク下、まさに戦いの真っただ中にいるセレネイアから片時も離れてはいない。


「秘匿されていたのであろう。重大な秘密を私に明かしてよいのか。それ以上に、そなたはなぜ知っているのだ」


 ヨセミナはある程度の確信をもって尋ねている。あくまでも追認のためのものだ。


「言いましたよ。私は彼女が生まれたその刻から、彼女を見守り続けてきたと。それに、明かすかいなかは、私の判断に委ねられています。無論、明かすべき者は厳選されていますがね」


 ヨセミナが珍しく小さな笑みを浮かべている。


「私は合格ということだな。だが、そなたがここに来た理由は、セレネイアだけではあるまい」


 ヨセミナの意識は確実にセレネイアを中心にして、ソリュダリアとワイゼンベルグに向かっている。


 対して、男の方はセレネイアともう一人のみに限定されている。


「そうか、あのエルフか。道理で魔力質やその使い方までが似ているはずだ。そなた、エルフ嫌いではなかったのか」


 いかにもヨセミナらしい意趣返いしゅがえしだ。ここぞというところで、相手の胸に突き刺さる言葉を投げかける。


「うるさいですよ。ヨセミナ殿、下は私が片づけます。手出し無用にて」


 既に男の身体は飛翔魔術によって宙にあった。いつ発動したのかも分からない。


「ああ、分かっているとも。いずれ機会があれば、そなたとは手合わせしたいものだな、カランダイオ」



 セレネイアは激怒している皇麗風塵雷迅セーディネスティアを軽く握ったまま動かない。


 周囲は既に高位ルデラリズ術中じゅっちゅうだ。決して目で捉えられない微粒子にひそ壺蟲天デモゼラルトが宙で踊っている。身体に付着したその瞬間にセレネイアの命は終わる。


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアが生み出した上昇気流によってしのいではいるものの、力は永続ではない。


≪いつまで保てるか分からないわよ。早急さっきゅうに最善の手立てを講じなさい≫


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアから焦燥しょうそう苛立いらだちの感情が伝わってくる。このまま何もできなければ、間違いなく壺蟲天デモゼラルトの餌食だ。


≪貴女の力で局所的に薄い雷の層を築くことは可能ですか≫


 可能か否かでいえば、もちろん可能だ。


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアの力をもってすれば、局所的とは言わず、広範囲に雷層を、薄くも厚くも自在に構築できる。


≪いいわ。やってあげる。でも、風を生み出すよりも時間が必要よ。もちろん、魔力も比べものにならないぐらいにね≫


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアは、セレネイアにそれを寄越よこせと言っている。


 雷層構築には、まず展開している上昇気流を解除したうえで、膨大な魔力を取り込み、新たに発動しなければならない。


≪セレネイア、貴女にできるの≫


 試されている。


 セレネイアは皇麗風塵雷迅セーディネスティアに応えなければならない。


≪できるかできないかではなく、やるしかないのです。ここにいる皆の命が、私にかっているのです≫


(この娘、いつの間に。少しは成長しているようね。人とは未知、姉様たちがよく言っていたけど、そのとおりね)


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアはセレネイアの魔力を通じて、意思を共有している。言葉にせずとも、セレネイアの思いは十二分に伝わっている。


 初めてセレネイアに手にされた刻のことを思い出す。


 薄弱はくじゃくな意思、魔力もからっきしで、とても魔剣アヴルムーティオを所有できるとは思えないほどだった。激しく拒否したことも、今となっては懐かしい。


(まだまだ脆弱ぜいじゃくなのに、必死に私の力を使いこなそうとしている。何よりも、真に私を使いこなせるような者たちが、この娘に力を貸そうとする。何とも不思議で、面白い娘よね)


≪上等よ、セレネイア。風を解除して、貴女の魔力を私が取り込み、雷層を上空に構築する。五ハフブルよ。しっかりかせぎ出しなさい≫


 風を解除した瞬間、壺蟲天デモゼラルト見境みさかいなく降り注ぐ。


 おのが力で身をまもれる可能性があるのはコズヌヴィオただ一人だろう。それ以外の者がどうなるか、考えたくもない。


 セレネイアは皇麗風塵雷迅セーディネスティアに指定された時間を頭の中で反芻はんすうする。短いようで、途方もなく長い時間だ。


≪分かりました。五ハフブル、必ず稼いでみせます≫


 強い意志を感じ取った皇麗風塵雷迅セーディネスティアがセレネイアの手の中で震える。


≪始めるわよ≫



 上空でセレネイアと皇麗風塵雷迅セーディネスティアの動きを追い続けているヨセミナは、一抹いちまつの不安でぬぐえないでいる。


「確かに、雷層を展開することで、一時的に壺蟲天デモゼラルトを防げるだろう。だが、風と同様、永続的ではない。雷層展開後、確実に高位ルデラリズを仕留めるための第二の矢があるのか」


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアが生み出した上昇気流の勢いが弱まっていく。


 飛翔魔術で飛び下りたカランダイオの魔力は、ヨセミナには感じ取れない。恐らくは極力魔力を制限し、姿を隠しているのだろう。


 高位ルデラリズはヨセミナ以上に魔力に敏感だ。根核ケレーネルだけの状態であっても、その能力にかげりは見られない。


「カランダイオ、何をするつもりかは知らんが、そなたに任せたのだ。セレネイアを死なせたら、この私が絶対に許さんぞ」


 上昇気流が消え失せた。


 き上げられていた微粒子が速やかに舞い降りてくる。


 残り四ハフブル、皇麗風塵雷迅セーディネスティアはセレネイアの魔力を存分に食らい、剣身を光で輝かせていく。


 セレネイアはおのずと皇麗風塵雷迅セーディネスティアを頭上にかかげる。剣身がき立つほどに熱を帯び、激しく放電を始める。


 残り二ハフブル、天を穿うがつべく、切っ先から雷光が一気にけ上がった。


≪セレネイア、魔力が足らないわ。ありったけの魔力を注ぎなさい。さもなくば≫


 セレネイアの身体が大きく揺れ、片ひざが落ちる。


≪ちょっと、しっかりしなさいよ。あと一ハフブルよ。耐えれば完遂するのよ≫


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアを掲げ直そうとするも、全く力が入らない。


≪どうして、どうして、こんなところで。私には、まだ≫


「仕方のない娘ですね。貴女を死なせるわけにはいきませんし、私が力を貸してあげましょう」


 およそ五十メルク上空、そこにセレネイアがよく知る声が、よく知る顔があった。


「カ、カランダイオ」

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