第365話:前門の虎、後門の狼
言葉の意味が分からなかったのだろう。
「この強大な魔力は。なぜだ。なぜ今まで気づかなかったのだ」
ここに来て初めて、
「魔術師、それもかなりの魔力量だ」
「遅かったですね。ワイゼンベルグ」
先ほどまでとは一転、柔らかく優しさに満ちた口調だ。敵など眼前にいないかのごとく
「おお、ソリュダリア・ギリエンヌではないか。随分と久しいな。
ワイゼンベルグはヴォルトゥーノ流現継承者ヨセミナの直弟子であり序列筆頭、比してソリュダリアは下位流派筆頭カヴィアーデ流序列四位の一師範代でしかない。
実力差は歴然としている。それでいながら、この二人は妙に気が合い、互いを敬称なしで呼ぶ
エルフ属には劣るものの、長命なドワーフ属のワイゼンベルグにしてみれば、ヒューマン属のソリュダリアは可愛い娘、いや孫みたいなものなのだろう。
油断なく前後に気を配る
ワイゼンベルグはソリュダリアの真の実力を知っている。横にはルプレイユの賢者コズヌヴィオがいる。
三人と
「ソリュダリアよ、こいつを始末すればよいのか。見る限り、悲惨な状況だ。
口ぶりからして、今にも攻撃を仕かけんとするワイゼンベルグに対し、ソリュダリアは首を横に振って静かに口を開く。ソリュダリアの決意の表明でもある。
「これは私が始末します。
「ルプレイユの賢者コズヌヴィオ殿ですね。この者たちのためにご助力をいただけないでしょうか」
ソリュダリアはコズヌヴィオにも丁重に頭を下げ、協力を
「どうぞ頭を上げてください。私にはケイランガたちの矢に魔術を付与した者としての責任があります。彼らは私と友で引き受けます」
コズヌヴィオはソリュダリアに
「ソリュダリアよ、我が友もこのように言っている。何よりも、我が女神の
大地に落としていた
「お二人に感謝いたします」
ワイゼンベルグは満足そうに笑みを浮かべている。ソリュダリアも思わず釣られて笑みを
「救護を急ぎましょう。かなり危険な状態です」
コズヌヴィオの言葉で三人が動き出す。行動が決まれば即実行に移すだけだ。
コズヌヴィオとワイゼンベルグは
「どういうつもりだ。高位の魔術師、しかも賢者がいるにもかかわらず、我と戦わぬというのか。
怒りと苛立ちに任せた攻撃など、いくら物量があろうとも、ソリュダリアにしてみれば
ソリュダリアは見たうえで、再び右手の剣を突きつける。
「ワイゼンベルグ、彼女一人に任せてよかったのですか」
ソリュダリアの依頼に頷いたものの、彼女の実力を知らないコズヌヴィオからすれば当然の問いかけだ。
もう一つある。相手は
ならば、三人の中で最も効果的な戦いができるコズヌヴィオが戦うべきだ。中距離あるいは遠距離からの強力な魔術なら確実に仕留められる。ワイゼンベルグが前衛を務めるなら、最上級魔術の詠唱時間さえ楽に
最善を考えるなら、ソリュダリア一人に任せるべきではない。
「友よ、ソリュダリアは俺が認めた数少ない剣士だ。あの娘はヴォルトゥーノ流下位流派が一つ、カヴィアーデ流に身を置き、序列も四位だ。そのソリュダリアを我が女神がいたく気に入っておられてな。俺にはどうにも理解できなかった」
下位流派の序列四位など、本流たるヴォルトゥーノ流から見れば格下もよいところだ。本流直弟子ともなれば、いずれは継承者にと
コズヌヴィオは自力で動けるケイランガを除く四人に魔力を浸透させながら、ワイゼンベルグの話に耳を傾けている。無論、ソリュダリアにも魔力の意識を差し伸べている。
「多忙極める我が女神は面白そうな者を見つけてきては、直接稽古をつけられておる。俺もそうやって
その話は初めて出会った際に聞かされている。コズヌヴィオが初対面の剣匠ヨセミナから受けた印象は、まさしく師でもあるオントワーヌと同格、怪物だということだ。
「当時の俺は序列五位に上がったばかりだった。さらなる高みを目指す者にとって、女神から直接
一人語りを続けるワイゼンベルグはまずは馬上の二人、タキプロシスとバンデアロを両肩に軽々と
コズヌヴィオは
「我が女神がいみじくも
「ヴォルトゥーノ流序列筆頭となった今の友と彼女が戦えばどうでしょう」
「互いに持てる力の全てを出しきったとして、よくて
ワイゼンベルグにそこまで言わせるのだ。疑う余地など
コズヌヴィオはタキプロシスとバンデアロの処置を終え、次の者のもとへ向かおうと立ち上がる。
ソリュダリアは右手の剣を突きつけたまま
襲い来る粘性液体の
"Cefmrh nazdmv bepriwu, viesihwfemis."
ソリュダリアの
「咲き誇れ緑風花輪」
前面に八輪、後面に八輪、直径およそ三メルクに及ぶ十六輪の緑風花が
「風花の数は無論のこと、威力も数段増しておるな」
ワイゼンベルグはソリュダリアに対する賞賛の声を惜しまない。
コズヌヴィオは軽く右手のひらを差し出す。その動作で前面に広範囲結界が即時展開され、迫り来る衝撃波を受け流す。
「実に面白い剣技です。反射ですか。しかも、精霊障壁の複数即時展開ですね」
横に並び立ったワイゼンベルグが頷いている。
「初見で見抜くとはさすがだ。どうやら、ソリュダリアの本気が見られそうだな」
ワイゼンベルグの視線はソリュダリアに注がれている。
(相手にとって不足はない。我が女神の誘いを蹴ってまで極めんとしたそなたの剣技、存分に振るうがよいぞ)
まるで
(我が友にここまで言わせる貴女の真の実力、この目にするのが楽しみです)
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