第362話:勝利の確信は何処に
ケイランガは構えたプルフィケルメンの
「人の力を見くびらないことです」
右手が離される。弦が清らかな音色を
ケイランガの右手が離れてから
ネシェメリィーレの
これ以上はシステンシアに構っている余裕はない。結界の破壊は
すかさず右手の剣を戻し、
縫い止められたネシェメリィーレの背部には大量の
「
コズヌヴィオの魔術によって生成された超高熱の嵐が
そこへ
「
一本目の矢とは
「この矢に付与した魔術はとりわけ使いどころが難しいのです。物質の
魔術付与のみならず、細部まで説明してくれたコズヌヴィオには感謝しかない。
三態の維持には定められた時間がある。変化時間は僅かに四フレプトだ。いささかの
確実に敵を射貫き、なおかつ全身に液体を浸透させ、さらに気体に変化させなければならない。
射出から射貫くその瞬間までの時間はそのまま飛行距離となる。速度も極めて重要だ。だからこそ、一本目の矢との時間差が生じている。何よりもシステンシアによる二フレプトの封じこめがあって初めて成功するものだ。
さらに液体を全身に行き渡らせる時間は敵の大きさに影響を受ける。敵があまりに巨体なら、二フレプトで全身に浸透しないかもしれない。逆に小さければ浸透が早すぎて、他の問題が生じる可能性さえある。
何とも組み立てが難しい。高精度に計算し尽くしたうえで、それを確実に実行できるだけの技量も必須となる。いずれか一つでも欠けてしまえば成し得ない、まさしく至難の業なのだ。
「システンシア、貴女に託した二フレプトはまさしく出たとこ勝負の
心臓に食いこんだ鏃が溶けていく。固体から液体へと状態を変化させているのだ。
「悪影響が生じるのか。
ケイランガは二本の矢を射出すると同時、抜かりなく三本目の矢を
標的たるネシェメリィーレの動きが次第に緩慢になっていく。引き戻した右手の剣もまた制御を失っているのか、体内に埋めこんだままの状態で引き抜けなくなっているようだ。
(無事に成功したようですね。さすがはコズヌヴィオ様です。粘性液体と融合した矢の液体が気体に変じたことで
付与した魔術の原理などケイランガにはとても理解できない。理解する必要もない。コズヌヴィオはルプレイユの賢者であり、彼の力に疑いの余地などないのだから。
そして、三本目の矢にも特殊な魔術がコズヌヴィオによって付与されている。渡された際に告げられた言葉がある。
「三態は三矢をもって完成します。そして、三本目の矢を放つには貴男の全魔力を最大限に高めたうえで注ぐ必要があります。そうして初めて付与した魔術が効力を発揮します。放てば必ずや
代償は考えるべきではない。ケイランガもまた覚悟を決めている。コズヌヴィオの言葉を信じ、己の信念を信じ、無心で
「誰も死なせません。絶対に。この一矢で必ず仕留めます。頼みますよ、私の頼りになる相棒」
ケイランガの思いにプルフィケルメンが
ケイランガは呼吸を整え、
放たれた三本目の矢が無音で翔けていく。矢の軌跡は人の視覚で
正確に四フレプト後だ。極めて時間感覚のない速度でネシェメリィーレに到達した矢が体表面に触れるなり
一つ目だ。ネシェメリィーレの身体を構築していた粘性液体が見事なまでに気化、原形を
二つ目だ。ケイランガが手にするプルフィケルメンが黄金の粒子と化し、静かに空へと散っていった。
誰も動かない。動けない。
タキプロシスとバンデアロは
「私の最も大切な相棒プルフィケルメン、ここまで共に戦ってくれたことに最大限の感謝を捧げます」
ようやく呪縛から解放されたか、タキプロシスが
「勝った、のか。私たちが、あの
バンデアロの先読みでも、この展開だけは読めなかった。彼が
いくら待ってもバンデアロからの返答はない。
(私もこの結末だけは予想できなかった。本当に、終わったのか)
タキプロシスは第二騎兵団団長であり、いくら強運の持ち主だからとはいえ、奇跡を容易に信じるほど楽観的ではない。
ネシェメリィーレを構築していた粘性液体が全て気化してしまった以上、勝利を確信してもよいはずだ。それでも慎重にならざるを得ない。ここまで騎兵団の団長と副団長六人総がかりで何とか戦えた相手なのだ。
「団長」
バンデアロの
タキプロシスももちろん警戒を
にもかかわらず、鞍上のタキプロシスの腹部を鋭い槍状と化した粘性液体が貫いていた。背部から突き出した粘性液体の白濁槍が鮮血で染められている。槍の先端を伝って血が
大量の血を口から吐き続けるタキプロシスは、愛馬ロジノネクシェスの首元に向かって力なく前のめりで倒れこんでいった。
同様の攻撃を食らっていたバンデアロは辛うじて腹部貫通だけは
粘性液体の槍はバンデアロの左脇腹を
「ランブールグ、すぐさま二人の援護を」
ケイランガが急ぎ命令を下す。
「それではケイランガ団長が」
皆まで言わせない。
「私に構うな。助けるべき者を見誤るな。これは団長命令だ」
常に温厚なケイランガの口調が一転、ランブールグを厳しく
「承知しました」
聞きたくない命令でも従わなければならない。
命に優劣はない。それでも救うべき優先順位をつけて取捨選択しなければならない。不条理と言われようともやむを得ないのだ。
(ケイランガ団長、どうかご無事で)
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