第361話:二フレプトの攻防

 ケイランガは心を落ち着かせるために瞳を閉じ、深い呼吸を数回繰り返す。


「どのような結論になろうとも、私はケイランガ団長の決断を尊重します。誰かを犠牲にしなければならなくなったとしてもです。全滅だけは絶対に避けなければなりません」


 ランブールグは殊更ことさらに全滅という言葉を強調しながら、明確に自らの考えを述べる。


 犠牲をいとわない。では、いったい誰が。決まっている。今まさにネシェメリィーレと戦っている三人のうちの誰かだ。三人全てかもしれない。


「ケイランガ団長、私が、おとりになります」


 体力が回復しきっていないシステンシアが行ったところで、助力になるとは思えない。ケイランガは制止しようとして、彼女の強い瞳に射貫いぬかれる。


「システンシア、覚悟のうえですか」


 うなづく彼女にそれ以上かける言葉はない。ケイランガはため息をらすと、改めて言葉を発する。


「よいでしょう。システンシア、貴女に命じます。二フレプトです。奴の動きを確実に止めてください」


 たかが二フレプト、されど二フレプトだ。


 短時間でありながら、システンシアにとってネシェメリィーレのすさまじい攻撃を止めるなど、途方もない長時間に違いない。一歩でも間違えば即致死だ。生半可な覚悟でのぞめるものではない。


「ランブールグ、貴男はシステンシアの援護のみに徹してください。奴の動きが止まった瞬間、仕かけます」


 システンシアは残された体力の全てを使い切るつもりだ。それほどの強い意思をもって片刃長剣を握り締める。


「行きます」


 ネシェメリィーレに向かって、全速力で迷いなく真正面から突っ込んでいく。けながら利き手、左の剣を下段に移行、猛攻を続けるネシェメリィーレまでおよそ二十歩にまで迫る。


 ネシェメリィーレもシステンシアの突進に気づいている。気づいていて、取るに足らないと判断している。視線さえ向けず、もっぱらタキプロシスとバンデアロを標的に一対の剣をむち状と化して振るい続けている。


 既に両者ともに身体の至る所から血飛沫ちしぶきき上げ、無数の傷をつけられている。辛うじて致命傷にならないように防いでいるものの、このままり刻まれれば、いずれ動けなくなるだろう。


 防戦一方の二人をシステンシアが追い抜いて、前へとけ出していく。


「システンシア、何をするつもりだ」


 タキプロシスが叫ぶも、システンシアの耳にはもはや雑音でしかない。なおも加速をゆるめず、ネシェメリィーレに五歩の距離まで接近する。


「ここよ」


 システンシアは身体を小さく折り畳んで大地に沈め、両脚に力をめて強く踏み抜く。反動力を跳躍力へと変えて身体を上空へと導く。


 視線の先でシステンシアは確かにとらえていた。


おろかな娘だ。空では自由もくまい。無謀むぼうだったな」


 暴れ回っていた一対の剣が、ここに来て初めてシステンシアを始末すべき敵と定める。


 バンデアロが祈りを籠めてシステンシアに届ける。


「前後二方向同時」


 言うまでもなく、ネシェメリィーレが放つ一対の剣軌けんきだ。


 正確に一フレプト後、右手の片刃長剣は背後から、左手の長細剣は正面からシステンシアを貫かんと豪速をもって襲いかかってきた。


(剣軌は分かっている。ならば私がすべきことは。この一撃に全てをける)


 空中で自由が利かないことなど、はなから分かっている。システンシアは雑念を捨て、全身に気を巡らせる。


 剣は我流だ。ゆえに正式な名などない。


 システンシアが剣にみがきに磨きをかけ、唯一名づけた技がある。


 下段にある片刃長剣を最上段に振り上げる。全身を大きく反らしながら、システンシアは自らを正円と化す。それは空に輝く満月のごとく、柔らかな光にあふれている。


 その正体は魔力だ。きらめきを発しながら、頭の先から爪先までをひとつなぎとして、体内の魔力を一気に循環させていく。


 システンシア、最大の長所にして短所でもある。大量の魔力が体内を巡っていながら、自らの意思で魔力を外部に放出できない。よどみない魔力でありながら、引き出すには特殊な魔導具が必要であり、手にした片刃長剣こそだった。


 今、まさに握り締めた剣に体内の全魔力が注ぎこまれていく。


 ここにただ一度限りの魔剣アヴルムーティオが誕生した。


蒼冷琉墜漸クラディリッジ


 システンシアにとっての必殺の剣界けんかいが解き放たれる。


 仮初かりそめ魔剣アヴルムーティオは敵をるためのものではない。システンシアの膨大な魔力を外部に放出するための、いわば演出装置なのだ。


「愚かな娘だ。背後ががら空きではないか。しかし、それもまたいさぎよし」


 ネシェメリィーレの指摘どおり、システンシアの振るう剣は正面から襲い来る長細剣にのみ照準を合わせている。背後からの片刃長剣に対しては無防備だ。


 それでも構わずに行く。


 最上段より振り落とした片刃長剣が、不規則に向かってくるネシェメリィーレの長細剣と激突した。


 人であるシステンシア、魔霊鬼ペリノデュエズであるネシェメリィーレ、威力の差は歴然だ。


獲物えものを失ったな」


 触れるなり、システンシアが握る片刃長剣の剣身が砕け散り、粉々になって四散する。


「狙いどおりよ」


 剣身そのものに意味はない。剣身に注がれたシステンシアの魔力こそが重要であり、だからこその魔剣アヴルムーティオなのだ。


 宙を舞う破片はへん一つ一つに強大な魔力が籠められている。


「私の全魔力よ、ここにぜなさい」


 一気にはじける。


 きらめきがまたたく間にネシェメリィーレの眼前を覆い尽くし、システンシアの胸前にまで迫った長細剣にまとわりついていく。


「ほうほう、見事、見事であるぞ。これは、氷の魔術か」


 液体の力を無効化する簡単な方法は二つだ。三態さんたいの変化、気体か固体にしてしまえばよい。システンシアが選んだ方法は後者だった。


 纏わりついた部分から急激に粘性液体の長細剣が氷に包まれていく。ネシェメリィーレもシステンシアの攻撃意図は読めている。


「それでも、我には届かぬな」


 全ての液体が凍る前、余裕をもってネシェメリィーレは次なる行動に移っている。粘性液体の剣は鞭状、だからこそ剣軌を自在に変えられるだけでなく、液体そのものを分離させることも容易だ。


 無数に分裂した粘性液体の鞭が正面のみならず、上下左右から無秩序にシステンシアをなぶりにかかる。システンシアの片刃長剣は剣身を失っている。万事休すだ。


「させるわけがないでしょう」


 ランブールグもまたこの展開を読み切っている。だからこそ、システンシアに届く寸前、迫り来る無数の鞭に対して、同数の魔術矢を叩きこんでいたのだ。


 空中で凄まじい炸裂音さくれつおんが連鎖的に鳴り響き、壮大な火花を散らしながら大地にこぼれ落ちていく。


(有り難うございます、ランブールグ副団長)


 システンシアの剣技はまだ完遂かんすいしていない。一方でネシェメリィーレは粘性液体の剣を分裂させたため、本命の真正面からの攻撃威力が弱まっている。


 呼応するかのように急速に温度が低下していく。いまだ破片は宙に無数ある。そのことごとくが長細剣をからめ取り、凝固ぎょうこさせ、さらに極度の低温化によって動きそのものを停滞させていった。これで一フレプトだ。


「賞賛しよう。正面の攻防はお前の勝ちだ。だが、背後は我の勝ちだ。ゆえにお前は死ぬ」


 ネシェメリィーレの言葉を受けても、システンシアの目はあきらめていない。むしろ、不敵な笑みさえ浮かべているほどだ。いったい、どこにそこまでの自信があるというのか。


「私は一人で戦っているわけではない」


 ネシェメリィーレの攻撃は終わっていない。必殺の片刃長剣が背後から迫る。切っ先がまさにシステンシアを貫かんとした刹那せつなまばゆいばかりの光芒こうぼうが走る。


「馬鹿な。防御結界だと。いつの間に」


 詠唱の予兆よちょうはなかった。一瞬間、ネシェメリィーレの動きに停滞が生じる。


 システンシアの背後に輝きと共に光壁が展開、片刃長剣の切っ先の侵入を防ぐ。それでもなおシステンシアを貫かんとする剣の勢いは止まらず、光壁を削り落としながら突進していく。


 そのたびに光をき散らし、周囲を明るく染め抜いていく。これでネシェメリィーレの片刃長剣の動きは封じたも当然だ。


 停滞は正しく一フレプト、前後合わせて二フレプトの封じこめを成功させた。


「システンシア、よくやりました。後は任せなさい」

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