第358話:高位の戦略と核の正体

 高位ルデラリズは取り出した核を頭上まで持ち上げ、内部をのぞきこむようにして観察している。


 すきだらけだ。無防備にも程がある。それも余裕の表れなのであろう。高位ルデラリズからすれば、たとえ魔術師といえど人族などものの数ではない。


 アメリディオにこの千載一遇せんざいいちぐうの機会を逃す手はない。今こそ持てる最大の魔術をぶつけるべきだ。


(駄目ですね。高位ルデラリズから放出されているすさまじい邪気じゃきされている)


 冷静な分析ができるだけでも上等だ。高位ルデラリズを前にしてひざを落とさないだけでも、アメリディオは優秀と言えよう。


 高位ルデラリズの目がわずかに動き、アメリディオをとらえる。


律儀ちりぎだな。わざわざ魔術を行使する時間を与えたというのに。それもよかろう。貴様のような魔術師、我は嫌いではない」


 決して対等ではない。あくまでも格下の存在にかける言葉だ。


 高位ルデラリズはわざとらしく持ち上げていた核をアメリディオに突きつけてみせる。


「読み取りも終わったところだ。待ってくれた礼に一つ面白いものを見せてやろう」


 アメリディオは突きつけられた核から目が離せない。吸い寄せられていくかのような感覚だ。


 核からは漆黒に染まったもやが絶えずき出し、不快な気分にさせる。それだけなら邪悪だと一刀両断できよう。


(なぜです。魔霊鬼ペリノデュエズは悪そのものです。それなのに、核からき出す靄の中には深いかなしみが。何よりも懐かしささえ感じてしまう)


「ほうほう、貴様は有能なようだ。気づいたようだな」


 下卑げびた笑みを満面に貼りつけた高位ルデラリズが手にした核を、あろうことか軽々と握り潰す。


 飛び散った結晶の欠片かけらは落下することなく、宙に浮遊している。あまりの予想外の行動だ。


「馬鹿な。自らの核を破壊するなど、正気の沙汰さたとは」


 アメリディオの反応が面白いのか、高位ルデラリズ大袈裟おおげさなまでに高笑いしている。


 浮遊状態の欠片はその場にとどまったまま、依然として漆黒の邪気じゃきを噴き上げている。


「我は高位ルデラリズの中でも上位、核がいくつあるかさえとうに忘れてしまったわ。ゆえに一つを破壊したところで痛くもかゆくもない。そもそもだ。これは貴様への褒美ほうびでもあるのだぞ」


 何を言っているのか、全くもって理解しがたい。褒美などもらう理由もなければ、もらう気など毛頭ない。


 アメリディオは微細びさいな魔力を粘性液体の身体に流しこもうと、右人差し指に凝縮していく。動きは気取けどられていないはずだ。


「我慢できぬか。貴様だけではない。人は未知なるものへの恐怖心がつのれば募るほど、先んじて行動したがる」


 アメリディオは人差し指を高位ルデラリズに向けるなり、凝縮した魔力を細く鋭い錐状きりじょうの矢と化して即座に射出しゃしゅつした。


「ほうほう、これもまた面白い。攻撃性を廃した魔術、やはり同じであったな」


 高位ルデラリズが指摘したとおりだ。


 アメリディオが行使した魔術は一切の攻撃能力を有さない。その代わり、体内にち込まれるなり、精神干渉を引き起こす。ある意味において、直接攻撃よりもたちが悪い魔術だ。


「何を言っているのです。この魔術をお前に見せるのは初めてですよ」


 魔術が高位ルデラリズ穿うがつ瞬間、宙に浮かんだままの核の欠片が意思をもって集結、障壁となって一筋の矢をはばむ。


 矢は幾つかの欠片内を透過、乱反射を起こして四散した。


「馬鹿な」


 アメリディオだけではない。高位ルデラリズもまた驚愕きょうがくの声を上げている。


 アメリディオは初見の魔術を易々やすやすと防がれたのだ。当然の反応だろう。一方の高位ルデラリズ何故なにゆえに取り乱しているのか。


「我の核に自我が残っているなどありぬ。だが、実際に我の意図を無視して、あの者をまもったではないか」


 高位ルデラリズ忌々いまいましげに吐き捨てる。


 高位ルデラリズが見れば分かる。宙に浮かんだ全ての核の欠片が集結したわけではない。その内の幾ばくか、ごく少数のみが集い、アメリディオの魔術を阻んだのだ。


「ほうほう、ほうほう、そういうことであったか。ますます面白い」


 一人合点がいったのか、高位はしきりにうなづいてみせる。


 おもむろに両腕を突き出し、宙に浮かんだままの核の欠片を全て吸収していく。アメリディオの魔術を阻んだ幾つかの欠片だけは残したままだ。吸収した欠片が白濁はくだくの粘性液体内部で再び核化していく。


「全く出鱈目でたらめな構造体ですね。自ら破壊した核を再び結晶化できるわけですか」


(圧倒的に不利ですね。核を一つ破壊した程度ではどうにもならない。恐るべき再生能力です。やはり完全にほふるには全ての核を一気に破壊しなければならない)


 言うはやすく行うはかたし。


 たとえ、アメリディオにシュリシェヒリの目があったとしても、高位ルデラリズが有する全ての核を一度に破壊し尽くすなど不可能だ。


「準備は整った。待たせたな、魔術師よ。では、早速始めようか」


 体内に取り込まず、放置したままの幾つかの欠片を無造作に左手で握る。耳を覆いたくなるような悲鳴にも近しい不快音が木霊こだまし、それと共に高位ルデラリズの姿が徐々に変化していく。


「ああ、ああ、そんな」


 それ以上は言葉にならない。


 アメリディオは敵を前にしていることさえ忘れたかのごとく、茫然自失ぼうぜんじしつで唇を震わすばかりだ。こぼれ落ちる言葉はない。それほどの衝撃なのだ。


魔霊鬼ペリノデュエズの姿が変わりました。いったい何が起こっているのですか」


 アメリディオほどでないにしろ、唖然あぜんとしているシステンシアが何とか言葉を絞り出し、ケイランガとランブールグに答えを求めて振り返る。


「私にも分かりません。魔霊鬼ペリノデュエズ特有の能力に関して、知らないことがあまりに多すぎるのです」


 ケイランガの言葉が全てを物語っている。そもそも、魔霊鬼ペリノデュエズは人にはあらがえない存在だ。


 そのうえ、およそ百年前、レスティーが最高位キルゲテュールを封じて以来、魔霊鬼ペリノデュエズとの遭遇は数えるほどしかない。


 現騎兵団の団長や副団長でさえ、つい先日、ファルディム宮で戦った低位メザディムが初めてという者がほとんどだ。


「では、あの魔霊鬼ペリノデュエズは」


 システンシアの言葉はそこでき消されてしまう。アメリディオの嗚咽おえつによって。


 彼が初めて見せる狼狽ろうばいした姿に誰もが息を詰めている。さらに追い打ちをかけたのは、次なる彼が吐露とろした言葉だった。


「ああ、母上、母上なのですね。私です。アメリディオです」


 アメリディオは完全に冷静さを失っている。普段の彼からは想像もできないほどだ。


 今や高位ルデラリズは美しいエルフに変貌へんぼう清雅せいがでありながら、畏怖いふも感じられる堂々とした姿をあらわにしている。


 アメリディオと全く同色、印象的な瞳と髪が特徴だ。黄金色の中にきらめく白銀を流しこんだ、腰まで伸びる長髪を首筋辺りでっている。切れ長でやや冷たさも感じさせる瞳は理知的で、全てを通すかのごとく輝いている。


 もう一つ、共通点がある。長細剣ちょうさいけんを腰に吊るしていることだ。しかも、アメリディオが一振ひとふりに対し、彼が母と呼ぶ女は二振ふたふり、つまり左右に帯剣している。


「間違いありません。そのお姿、そして二振りの長細剣をたずえている。ああ、母上、生きていらっしゃったのですね。もはや二度とお会いできないと諦めていました。どれほど会いたかったことか」


 口から勝手に言葉がすべり出てくる。


 冷静であれば理解できたはずだ。この状況で冷静になれという方が土台無理な話でもある。


 アメリディオはタトゥイオドの里に生まれたエルフであり、代々優れた魔術師を輩出してきた由緒ある家系でもある。


 とりわけ、実母のネシェミメリィーレは魔術だけでなく、剣術にも優れた魔剣士だった。その実力は歴代二位と称され、彼女が編み出した独自の二刀剣舞は誰にも真似できない剣技だったと伝えられている。


「私の可愛い息子アメリディオ、大きくなりましたね。母も貴男に会えて嬉しいですよ」


 愛する母から名前を呼ばれたアメリディオは、無意識下でネシェメリィーレに向かって一歩、一歩近づいていく。


 ネシェメリィーレは慈愛じあいの笑みを浮かべたまま、アメリディオを待ち受ける。


 二人の距離がまたたく間に詰まり、ようやく母と子が再会のときを迎える。


「母上」


 アメリディオは流れ落ちる歓喜の涙で視界がかすみ、母の顔がよく見えない。そうでなければ気づけただろう。ネシェメリィーレの顔に浮かんだ表情がどのようなものであったか。


 ネシェメリィーレは躊躇ためらいなくアメリディオを抱き寄せると、左腕を首元に回した。


「愛しい母に会えたわね。本当に馬鹿な子ね。これでお別れよ。死になさい」


 アメリディオの口から大量の鮮血がほとばしる。


 いつ抜剣したかさえ分からない。右手にした長細剣が容赦なくアメリディオをつらぬいていた。剣身はいとも簡単に背を突き破り、血まみれになっている。


「は、母上、どう、して」


 ネシェメリィーレは応える必要もないとばかりに長細剣を勢いよく引き抜くと、無造作にアメリディオを大地に投げ捨てた。

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