第357話:一対一での戦い

 アメリディオは即座にみを消し、表情を何重にも引き締める。


(やはりひそんでいましたね。あえて強い魔術を行使した甲斐があるというものです)


 今度こそ高位ルデラリズであってほしいというアメリディオの願いは成就じょうじゅする。


 位が上がれば上がるほど知能も比例するし、狡猾こうかつさはさらに上回る。高位ルデラリズにとって、中位シャウラダーブ以下など塵芥じんかい同然だ。それらと対峙する者がどれほどの力を有するか、観察していたに違いない。


≪ケイランガ、ランブールグ、もう一体潜んでいます。恐らく高位ルデラリズでしょう。私が狩ります。システンシアを頼めますか≫


 魔力感応フォドゥアを二人に飛ばし、すぐさま反転、前方の闇を凝視ぎょうしする。


 あくまで一対一、他者とれ合うつもりは毛頭ない。先ほどの魔霊鬼ペリノデュエズは核を二つしか有さない中位シャウラダーブ、物足りなさを感じていたところだ。


 もう一つ理由がある。システンシアをまもりながらでは、さすがに高位ルデラリズを相手にが悪すぎる。だからこそ、二人に託したのだ。


「システンシア、ケイランガたちのところまで下がっていなさい」


 案の定、システンシアは反論を返してくる。


「団長、私も共に戦います」


 体力も回復していないシステンシアが一歩前に足を踏み出す。途端に足がもつれ、転びそうになる。


「その状態で魔霊鬼ペリノデュエズの相手はできませんよ。今の貴女では確実に死にます。これは第九騎兵団団長としての命令です。システンシア、下がりなさい」


 システンシアはあきらめきれない。団長の命令に従わないなど、明白な規律違反だ。それでも、なお食い下がる。


「アメリディオ団長、私は、私は、足手纏あしでまといですか」


 言われなくても分かっているはずだ。アメリディオは小さくため息をつくと、明瞭に言葉にしてシステンシアに告げる。


「そのとおりです。足手纏いです。今の貴女では」


 剣を持ったままの右腕を伸ばしかけたところで、ケイランガに背後から二の腕辺りを握られ、制止されてしまう。


「ケイランガ団長、離してください。私は、私は、行かなければ」


 振りほどこうともがく。びくともしない。ケイランガの膂力りょりょくがはるかにまさっている。


「システンシア、貴女が行ったところで何もできません。アメリディオが言ったとおりです。しかも相手は高位ルデラリズです。今はこらえなさい。貴女はこれからなのです」


 アメリディオは心の中でケイランガに感謝の念を送った。言いたいことを全て代弁してくれている。


(システンシア、何のために貴女を副団長に抜擢したと思っているのです。貴女には強くなってもらわなければなりません)


 闇の中の魔霊鬼ペリノデュエズはなおも動かない。慎重にアメリディオの出方をうかがっている。


 それはアメリディオも同様だ、先に仕かけるのはどちらか。


 ようやくシステンシアを解放したケイランガ、すぐ後ろで控えるランブールグの三人が息を詰めて見守っている。


(この場所では高位ルデラリズ相手に強い魔術を連発できませんね。魔力消費は大きくなりますが、むをません)


「ルーヴ・アレセ・エクティーレ

 ラド・リヴ・ペデルオ・ヴーリーゴ」


 アメリディオが先に呪文の詠唱に入る。くちびるかすかにふるえ、魔術を解き放つための言霊ことだまつむぎ出されていく。


 先ほどまでのアメリディオだけが理解できる独自の言語ではない。主物質界で一般的に用いられる魔術語だ。


「あれは、まさか」


 ランブールグが驚愕きょうがくの声を上げている。


「ランブールグ、知っているのですか」


 視線をアメリディオに向けたままのケイランガが尋ねかける。無言のシステンシアも聞きたそうにしている。


飛翔ひしょう魔術です。間違いありません」


 魔術師でなくとも誰でも知っている。飛翔魔術は扱いが非常に難しく、また大量の魔力を消費するため、高位魔術師の中でも限られた者しか行使できない。


「アメリディオはそこまでの高位魔術師ということですか。では、なぜ宮廷魔術師団に」


 考えたところで答えはない。まずはこれから始まるアメリディオと魔霊鬼ペリノデュエズの戦闘に意識を集中する。


天翔あまかけし偉大なる力よ

 空にとどまることを許したまえ」


 詠唱が成就、アメリディオが即座に魔術を解放する。


飛天連翔空踊ルヴェティエーレン


 広々した空間が宙には無限にる。断崖絶壁だんがいぜっぺきの岩肌には目当てのものもある。


 高位ルデラリズを相手に生半可な魔術では太刀打ちできない。持ちうる最大最強の魔術を解放する必要がある。そうなれば間違いなく周囲一帯が崩壊するだろう。


 アメリディオは残存魔力量を考えつつ、最小限の力で防御結界のための詠唱を紡ぐ。


「エグズ・ブレーヴァ・レケーネ

 ヴァラスウィ・オーリ=ジィ

 光壁盾をかの者に授け守りたまえ」


 結界魔術の中で、最もよく使われる光絶結幕隔壁ポーレダントの短節詠唱だ。なおかつ改変詠唱していることで強度が数倍に増している。


「多重光防護壁(プレミネンシオ)」


 多重光壁によって、ケイランガたちと魔霊鬼ペリノデュエズの間に強固な結界が即時展開された。


(この程度の結界では、高位ルデラリズの攻撃を数度食らえば砕け散るでしょう。そうなったら、二人に託すしかありません。頼みますよ)


 宙に飛び出したアメリディオが間髪入れず、次なる魔術のための詠唱に取りかかる。


 それを容易たやすく許す高位ルデラリズではない。標的が二手に別れたことで、先に仕留める対象が決まった。より強者こそ優先的に倒すべきだ。


 魔術師にとって最大の欠点は、詠唱の前後に生じるわずかなすきであり、そこを突かれると致命にもつながりかねない。高位ルデラリズはその隙を突ける数少ない存在だ。


「さあ、我の前で詠唱してみせろ、強き魔術師よ。成就した暁には受けきってやろう」


 高位ルデラリズが初めてその姿を現し、言葉を発する。


 背丈にしておよそ七メルク程度か、高位ルデラリズにしては低いとも言えよう。その分、横に異様にふくらんでいる。


(余裕ですね。しかもあの異様な体形は、何かを隠していますね)


 背丈がみるみるうちに縮んでいく。その一方で横幅は増すばかりだ。


(膨張速度がゆるやかに。飛び道具ですか。その前に)


 アメリディオもただ観察しているだけではない。空の優位性を最大に活かす。両腕を大きく伸ばし、左右の人差し指一本を用いて虚空こくうに正円を描き出す。


「ディ・ハセニィ」


 左右の正円がくり抜かれ、内部より十の魔術巻物が飛び出してくる。


「ナハ・リュス」


 膨張が停止、高位ルデラリズもまた深紅に染まった両の瞳をもってアメリディオを狩るべき敵と認識した。


「ほうほう、このようなところでエルフ属の魔術師と相まみえようとはな。貴様、あのいまわしき一属の者か」


 答えを与えてやるつもりなどない。アメリディオは無視を決めこみ、十の魔術巻物を頭上で直列展開する。


「なかなかやるようだな。我を存分に楽しませてくれよ」


 膨張した身体が一気に収縮、粘性液体が槍状やりじょうと化し、おびただしい数となって撃ち出された。さながら水弾の乱舞らんぶだ。


 アメリディオも迷わず一枚目の魔術巻物を解き放つ。


「ヴィーハーミ」


 魔術巻物から無数の白銀しろがねの文字が散開、アメリディオの前面で白銀光壁を形成していく。


 結界の堅牢けんろうさは光絶結幕隔壁ポーレダントとほぼ同様、それでいて広範囲に展開できるのが強みだ。


 高位ルデラリズが放った無数の水弾が白銀光壁と激突、空を輝かせ、残響が断崖絶壁をけていく。


 水弾と光壁、双方が打ち勝とうと一進一退の攻防を繰り広げている。そのたびに火花が飛び、空にきらめきを散らしていく。


「ランブールグ、どうますか」


 ケイランガが簡潔に尋ねる。右手でプルフィケルメンを握っている。いつでも助力できる態勢だ。


「現状は互角です。互いの効力がいつまで持続するのか。それ次第では」


 白銀光壁は魔術による賜物たまものだ。従って、その効力は永続的ではない。対して、高位ルデラリズが放つ粘性液体は核が生きている限り、ほぼ無尽蔵に等しい。


ぬるいな。その程度の結界で我の攻撃を防げるとでも思ったか」


 明らかに水弾の威力がまさってきている。その証拠に白銀光壁のところどころにほころびが生じ、光をき散らしている。突破されるのは時間の問題だろう。


「温い、ですか。では、さらに熱くしましょう」


 頭上で二枚目の魔術巻物がその効力を発揮せんがため、淡青たんせい閃光せんこうを発する。


「ピィリ・アレ」


 白銀光壁を強化すべく、淡青光壁がアメリディオのすぐ前に立ち上がる。


 結界が二重化されたことで、白銀光壁を突破した水弾が淡青光壁にことごとく止められている。


「ほうほう、即座の判断で結界を二重化したか。それにしても、貴様の魔術、視たことがあるな」


 高位ルデラリズは優位に進めていた水弾攻撃をいとも簡単に放棄、僅かに思案顔を浮かべる。


「ほうほう、これであったか。これはまた面白いではないか」


 唐突に右腕を振り上げる。


「何をするつもりです」


 高位ルデラリズが攻撃を止めた今こそが絶好の狙い目だ。アメリディオは重々認識している。


(駄目だ。本能が攻撃するなと訴えかけてくる。なぜだ。高位ルデラリズの行動に何が)


 思考は一瞬、アメリディオは呆然ぼうぜん高位ルデラリズした行動を見送るしかできない。それはケイランガたちも一緒だ。


 高位ルデラリズは何をしたのか。


 振り上げた右腕を自らの体内に突きこみ、あろうことか一つの核を引きずり出してきたのだ。


「魔術師よ。今からよいものを視せてやろうぞ」


 漆黒に染まる双三角錐そうさんかくすいの結晶が、怨嗟えんさに満ちた叫喚きょうかんを渓谷中に響き渡らせた。

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