第354話:アメリディオの真の実力

 アメリディオは愛馬を速歩はやあしで進めながら、軽く首をひねってケイランガの動きを確認する。


「ハクゼブルフトと並んで次期第一騎兵団団長最有力と言われるだけはありますね」


 ケイランガには何を言っているのか理解できない。それもそのはずだ。リンゼイア大陸のおける大陸共通語ではないからだ。


 わずかな笑みを残して視線を戻すアメリディオに戸惑いつつ、ケイランガは馬を止めたまま動かない。


「アメリディオ、先に仕かけます」


 どうぞとばかりに右手を振って了承を返す。


 ケイランガが馬上でプルフィケルメンを構える。左手一本で大型弓を支える。利き手の右手には矢を一本ずつ、指と指の間にはさんでいる。


(矢は三本ですか。各々に異なる魔術を付与していますね。面白いです)


「行きなさい、三魔流光弾交矢フリエフェイギス


 三連速射で放たれた矢は指向性を持たせているのか、全てが右側面より鋭い弧を描きながら疾走しっそうする。


 放ってからおよそ一フレプト、百メルク前方ですさまじい破裂音が三色の輝きと共にけ抜けていった。断崖絶壁だんがいぜっぺきの岩石を揺さ振るほどの音響だ。


「さすがにこの地形では最大威力とはいきませんね」


 後方からまたもや怒鳴り声が聞こえてくる。


「団長、またも騒いでいますがいかがいたしましょう。何なら私が黙らせてきても」


 馬を進めてきたランブールグがケイランガにのみ聞こえる程度の小声でささやいてくる。


「理解はします。今はしておきなさい。仲間割れをしている場合でもありません」


 ケイランガは表情一つ変えずに淡々と応じている。言葉どおりだ。今ではない。いずれその機会が訪れるだろう。それよりも優先すべきことがある。


「ランブールグ、どのように見ましたか」


 端的たんてきすぎる問いかけにランブールグは即座に反応する。寡黙者かもくしゃの多い第六騎兵団にあって、比較的言葉数の多い団長と副団長だ。二十七歳のケイランガ、二つ年上のランブールグ、この体制になってから七年が経つ。


「私には魔霊鬼ペリノデュエズの姿は視認できませんが、団長の放った三魔流光弾交矢フリエフェイギスは確実に射貫いぬいています。ただし」


 最後まで言わずとも分かる。三色の輝きが収束してなお、魔霊鬼ペリノデュエズを倒した手応えが全く感じられない。


「ええ、そうですね。魔術耐性が強いのか、あるいは天空の影響か。いずれにせよ苦戦は必至です」


 口にしながらもまだ余裕の雰囲気をかもし出している。


「団長、あれを試してみませんか」


 思いがけない提案にケイランガは驚きの表情を浮かべ、すぐに引き締める。


「この狭小空間で用いるには危険ではありませんか」


 馬三頭が横並びできるかいなか程度の細い道で、左右は一方が切り立った断崖絶壁、もう一方は一歩でも足を踏み外せば谷底までまっしぐらという地形だ。


「私たちにとっては不利な地形ですよ。しかも矢をどこから放とうというのです」


 ランブールグが迷いなく、ある方向を指差す。


「確かにそこなら可能性はあります。それには」


 思案も束の間、進んで提案してきたのだ。考えがあってのことだろう。


「妙案があるのですね。聞きましょう」


 我が意を得たりとばかりにランブールグが手短に説明を始める。悠長に構えている時間などない。その証拠にアメリディオが二人に割って入って、口を挟む。


「今のような攻撃では倒せませんよ。どうするのです。近づいてきています。何なら私がまとめて後方二体を倒しても構いませんが」


 あえて誘いの言葉を投げかける。アメリディオにしてみれば、一体でも二体でも大差はない。


 他の団でアメリディオの戦闘を見た者はいない。そのうえでランブールグが自信をもって言い切る。


「アメリディオ団長にお願いの儀が。魔術師としての御力をもってご助力いただきたく」


 頭を下げてくるランブールグに対し、アメリディオの顔からは柔和にゅうわな笑みが瞬時に消え去っている。打って変わって、氷をまとったかのごとく冷たい視線を向けてくる。


「ランブールグ、貴男にしては面白い冗談ですね。私が魔術師とは、いったい」


 最後まで言わせない。


 ラディック王国の騎兵団に魔術師は存在しない。大陸中の者が知っている既成事実だ。その代わりの宮廷魔術師団であり、もはやその存在自体も形骸化けいがいかされている。


「私の父や兄と同じにおいがするのです。アメリディオ団長のものはその何倍も濃密です。私の家系は」


 それだけ聞けば十分だ。長話も必要ない。


「なるほど。貴男はセオトドス大陸の出身、そしてその家名は。なぜ魔術師の道に進まなかったのか。無駄話ですね」


 誰に向けてのものでもない。独り言としてのつぶやき、思考は一瞬、決断もまた一瞬だ。


「私に何をしてほしいのです」


 寡黙で控え目な性格のランブールグが興奮を隠しきれないのか、いつになく饒舌じょうぜつになっている。


「ケイランガ団長と私で上空に百の矢を打ち上げます。その全てを最高地点で魔術静止させていただきたいのです」


 渡りに船か。ちょうどよい機会だ。アメリディオも試してみたいことがある。


「矢を一本追加してください。それは私専用です。その条件でよければ力を貸します」


 動きは遅いものの、既に後方にひそんでいた魔霊鬼ペリノデュエズ二体は、システンシアと交戦中の魔霊鬼ペリノデュエズを追い抜き、ケイランガたちの位置から三十メルクほど先にまで迫ってきている。


「感謝いたします」


 ランブールグは即座に弓を構え、速射態勢に入る。彼の弓はジュラドリニジェと銘打めいうたれた大型弓だ。ケイランガの扱うプルフィケルメンとほぼ同じ大きさながら、決定的に異なる部分がある。


 つるがないのだ。


「速射のランブールグと称される所以ゆえんがこれですか。魔術弓、しかもエルフ属の手による業物わざものです。実に珍しいものを持っていますね」


 思わず感嘆かんたんのため息がれる。


「アメリディオ、貴男の所望しょもうする一本は私が放ちましょう」


 ケイランガも空に向けてプルフィケルメンを構え、離れ業ともいうべき早さで次々と矢を放っていく。


 ランブールグはさらに早い。何しろ矢をつがえて弦を絞る必要がないのだ。右手に四本の矢を同時に挟みこみ、次々とジュラドリニジェにあてがう。それだけの動作で矢が自動的に放たれていく。


 アメリディオは矢の射出方向を見定め、上空に右手をかざす。見せた動きはそれだけだ。


 詠唱はない。その代わりに銀青色ぎんせいしょくきらめく魔術文字が宙に描き出されている。いつ発動させたのか、ケイランガにもランブールグにも分からなかった。


「やはり私の目に狂いはありませんでしたね。アメリディオ団長の魔術、まさに恐るべしです」


 賞賛の声に満更まんざら悪い気はしない。アメリディオは右手で魔術文字をたくみに操りながら、視線は魔霊鬼ペリノデュエズと交戦中のシステンシアに注いでいる。


(対峙している魔霊鬼ペリノデュエズ中位シャウラダーブ、それも高位ルデラリズに近いですね。システンシアには荷が重いかもしれません)


 これで取るべき方法が決まった。


 一方でケイランガとランブールグが射出しゃしゅつした百一本の矢は全てが同高度で見事なまでに静止、やじりを下に向けたまま、合図を待つかのように待機している。


「これでよいですね。約束どおり、一本はもらい受けますよ」


 横並びの百一本の真ん中を自らの矢と定める。アメリディオは宙に浮かび上がったままの魔術文字を指一本で誘導、銀青色のきらめきが散開すると同時、矢に溶けこむがごとく吸収されていく。


「リィオド・ベアヌプ・ザォエリィ・ラハーミィ」


 アメリディオのくちびるかすかにふるえる。先ほどど同様、聞いたこともない四音節の短節詠唱だった。


 魔術文字を吸収した矢が急降下しながら一定高度で直角に方向展開、凄まじい速度でけ抜けていく。


「アメリディオ、何をやっているんだ。魔霊鬼ペリノデュエズと逆方向に矢を飛ばすなど正気か」


 タキプロシスのわずらわしい声を完全に無視して、アメリディオはなおも矢を加速させる。


 確かにタキプロシスの言ったとおり、迫りくる魔霊鬼ペリノデュエズを迎撃するわけでもなく、逆に滑空する矢は魔霊鬼ペリノデュエズとの距離を開いていく。


「セピミ・ナハリィ・メーゲ」


 矢と魔霊鬼ペリノデュエズの距離がおよそ二百メルクになった刹那せつな、矢は減速することなく百八十度転換、爆発的な加速度をもって魔霊鬼ペリノデュエズを追いかける。


「こちらも始めますよ。やりなさい、ランブールグ」


 ケイランガの合図をもってランブールグもまた詠唱に入る。一から魔術を行使するためのものではない。既に魔術付与された百本の矢を解き放つためのものだ。


「天に四つ色の輝きもちて咲き誇れ

 アルシェ・ネレイェ・メネジア・ロザネル」


 短節詠唱が即座に成就を迎える。


 ランブールグは躊躇ためらいなく、矢に付与された魔術の全てを解き放つ。


雪華焔雷爆閃熱陣フェドゥレネジュラ


 長らく静止を余儀なくされていた百本の矢は、歓喜をもって標的めがけ一斉に降り注いだ。

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