第353話:ラディック王国騎兵団の奮闘

 現時点でラディック王国の騎兵団はそれぞれどこに位置しているのか。


 第三騎兵団のハクゼブルフトとペリオドット、第四騎兵団のホルベント、第八騎兵団のノイロイドとエヴェネローグ、彼ら五人は坑道を抜け、高度ゼロメルク地点、すなわち谷底に陣取っている。


 共に行動している十二将はヴェレージャ、ソミュエラ、ブリュムンド、ディリニッツ、セルアシェルの五人だ。


 高度二千三百メルク地点には第五騎兵団のチェリエッタとムリディア、第四騎兵団のギジェレルモの三人が皆既月蝕の進捗を見守っている。


 第七騎兵団のオストロムとメレデントスの二人は、イオニアを護衛するための任務を与えられ、魔術転移門を開いた高度二千メルク地点に留まっている。


 最後の六人だ。


 第二騎兵団のタキプロシスとバンデアロ、第六騎兵団のケイランガとランブールグ、第九騎兵団のアメリディオとシステンシアは、高度千七百メルク前後の開けた崖下がいかを騎馬と共に進んでいた。


 第九騎兵団の二人を先頭に、第六騎兵団、第二騎兵団の各々が続く。殿しんがりを務めるのは団長のタキプロシスだった。


 ここまでは慎重にも慎重のうえに馬を進め、そのためか魔霊鬼ペリノデュエズとの遭遇も起こっていない。わずかに気がゆるみ始めていたところだった。


 先頭を行くシステンシアが手綱を引いて馬を止める。即座に抜剣ばっけんすると同時、鋭くぐ。


「やはり仕かけてきましたね。月が欠け始めた途端にこれですか」


 六人の中で紅一点のシステンシアがため息混じりにつぶやく。


 つい先日、第九騎兵団の副団長に昇格したばかりの彼女が何故なにゆえに先頭に立っているのか。たっての希望ということもある。それ以上に、騎兵団の中でセレネイアを除けば、副団長以上の職責を果たす三人目の女となる。


 期待に応えなければならないという重責、さらには男の団員からの奇異の目、とりわけタキプロシスのように殊更ことさらに女を蔑視する男の目を覚まさせる意味合いが大きい。


(相手は魔霊鬼ペリノデュエズ、上等です。ここで立ち止まるわけにはいきません。目指すべきはさらなる高みです)


「システンシア、決して無理をしないように。功を焦るあまり、とよく言うでしょう。君は我が団の大切な副団長なのだからね」


 いかなる刻も柔和な笑みを絶やさない団長のアメリディオがすぐ後ろから声をかける。悠々と馬上にある彼は、剣のつかにさえ手をかけていない。副団長になったばかりのシステンシアを信頼しているのだろう。


「お気遣いに感謝いたします」


 互いに小さくうなづく。


 システンシアは昇格試験時、チェリエッタが団長を務める第五騎兵団を希望していた。チェリエッタが女の団員たちの待遇改善を求めて精力的に活動している事実を知っていたからだ。


 問題が一つだけあった。第五騎兵団には二刀の使い手で天文学にも明るいムリディア副団長がいる。彼女を押し退けてまでの抜擢は期待できなかった。


 それ以外の騎兵団も既に有能な副団長を抱え、交代してまでシステンシアを採用したい団はなかった。可能性があるのは、副団長が長らく不在の第九騎兵団のみだった。


(本当に不思議です。団長の声を聞くだけで心がおだやかになっていきます。何よりも団長自身が謎に包まれています)


 ラディック王国の騎兵団は第一騎兵団を除けば、それぞれに特性はあるものの優劣は存在しない。


 その中にあって、第九騎兵団だけが特殊なのだ。団長、副団長に加えて団員七人の計九人で構成された少数精鋭組織で、決して他団と協調することもない。


 独立遊軍とも隠密組織とも揶揄やゆされるほどで、実態を知るのは国王イオニアと宰相モルディーズ、そしてもう一人のみだ。


 アメリディオは最後の人物の指示を直接受けて、此度こたび初めて他団と行動を共にしている。システンシアの副団長採用も、その人物の助言があったからだ。


(主物質界の年齢で二十三、まだまだ少女ですが、やはり光るものがありますね。これはきた甲斐がいがあるというものです)


「システンシア、月が欠け始めています。魔力を練る際は細心の注意を払いなさい。魔霊鬼ペリノデュエズを相手に貴女の剣技がどこまで通用するか。楽しみに見せてもらいますよ」


 馬上のシステンシアがわずかに首をひねって、アメリディオの目を見つめる。笑みはそのままだ。感情を読み取れるほどの力はシステンシアにはない。少なくとも自分を信頼してくれていることだけは分かる。今はそれで十分だ。


 視線をすぐさま戻す。


 いだ剣は既に己が正面、左手で斜め正眼せいがんに構え直している。


(先ほど薙いだ際の手応えはなかった。予想以上に素早いわね。ならば)


「団長、行きます」


 右手一本で手綱たづなを握り、両脚で馬の脇腹を勢いよく蹴ってけ出す。


「アメリディオ、何を勝手なことをさせている。その女をすぐに止めろ」


 最後尾にいるタキプロシスががなり立てている。副団長のバンデアロが慌ててなだめているものの、聞く耳を持っていないようで、なおも食ってかかっている。


 タキプロシスが嫌いなものがもう一つある。それが第九騎兵団団長のアメリディオだった。


「お前は、第九騎兵団は勝手すぎる。お前たちのせいで勝てる戦いも勝てなくなるんだ。指示はこの私が出す。私の命に従え」


 アメリディオも同様に聞く耳は持っていない。ましてやタキプロシスの言葉など、一考の余地もないとばかりに即座に切り捨てる。


「タキプロシス、勘違いが過ぎますよ。我ら第九騎兵団に命令できるのは御三方おさんかたのみです。今回はその中でも最上位に当たる御方からの指示に基づき、貴男たちと行動を共にしているにすぎないのです」


 アメリディオが全てをてつかせるような冷たい一瞥いちべつをタキプロシスにくれる。それだけでタキプロシスは身体がすくみ、先ほどまでの威勢もどこへやら、一瞬にしてひるんでしまう。


「それとも、システンシアに代わって、貴男が是が非でも魔霊鬼ペリノデュエズと戦いたいとおっしゃるなら、やぶさかではありません」


 一瞥は睥睨へいげいでもある。はなからそのような気概きがいもないだろうと決めつけた言葉だ。


(ホルベントおうが言っていたとおりですね。あまりに愚かすぎます。この男が死のうが私にはどうでもよいことですが、残された第二騎兵団の者たちが気の毒です)


 深い憂慮ゆうりょのため息を一つ、意識をシステンシアに向ける。いや、システンシアではない。彼女のさらに奥、漆黒の中を誰にも気取けどらせずに近づいてくる二体の魔霊鬼ペリノデュエズにだ。


(私が来て正解でしたね。あの御方、我らが主も見越していたのでしょう。解放の許可も頂戴しています。ならば遠慮も要りません)


 左腰に吊るした剣のつかに右手を伸ばそうとしたところに、背後から第六騎兵団団長のケイランガが馬を進めてくる。


「アメリディオ、さらに後ろから近寄ってくる魔霊鬼ペリノデュエズの一体は私に譲ってもらえないだろうか。どうも手持ち無沙汰ぶさたでね。本番前の腕慣らしをしておきたい」


 この場にそぐわない笑みを向けてきているケイランガに、アメリディオは内心で驚きを禁じ得ない。


「私以外に気づく者がいるとは予想外でしたよ。ケイランガ、できますね。老婆心ながら、その大型弓で大丈夫なのですか」


 ケイランガが有するプルフィケルメンは全長およそ二メルクにも及ぶ大型弓だ。軽量化の魔術が付与されているとはいえ、切り立った断崖の細く狭い道を進んでいる彼らにとって、大型の獲物を扱うには圧倒的不利に違いない。


「そうですね。地形的にも振り回すには適さないでしょう。ですが、私の弓矢には魔術を乗せています。一射必中いっしゃひっちゅうですよ」


 心配無用ということか。それでも核の位置を正確に見定めるのは無理だろう。ケイランガをはじめ、彼らにはシュリシェヒリのエルフ属のみが有する目がない。


(いざとなれば、私が手を貸せばよいだけですね)


「よいでしょう。ケイランガ、一体は貴男に任せました。くれぐれも打ちらしのないようにお願いしますよ」


 ケイランガが意外そうな目を向けてくる。


「どうかしましたか」


 アメリディオの問いかけにケイランガが首を横に振って応じる。


「これまで無愛想な男だと思っていました。冗談も言えるのですね」


 冗談ではない。アメリディオは本気で口にした。


(まあよいでしょう。万が一にも打ち漏らした時には私が仕留めるだけです)


 お互いの視線がシステンシアのさらに奥に注がれる。二人が攻撃動作に入った。

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