第351話:三百二十四年の周期を経て
ジリニエイユが
両の
「予定が狂いました。ルシィーエット嬢の炎は想像以上でした。サリエシェルナの魂を奪い返すつもりでしたが、今しばらく預けておきましょう。エレニディール、貴男もまた私の標的であることに変わりはありません。次を楽しみしておいてください」
エレニディールたちの前に立っていたジリニエイユの姿が
「ジリニエイユ」
エレニディールが口にすべき言葉に迷っている。待てというのもどこか違う。そもそも、待てと言ったところで無駄でしかない。思案の中、ジリニエイユの魔力の減衰が止まった。
「まもなく
そこに一切の感情が乗っていない。無機質な声だけが不気味に響いてくる。
「よいことを教えておきましょう。
当然だろう。
そもそも大量の
高貴なる血、すなわちサリエシェルナの魂も
三つの条件中、二つが成立しないことから復活はあり得ない。だからといって、エレニディールは全く安堵できないでいる。相手はあのジリニエイユなのだ。
しかも、秘術をもって
「まさか、
エレニディールたちに背を向けたジリニエイユの表情は分からない。想像はできる。間違いなく、ほくそ笑んでいるだろう。
「知りたくば最終決戦場、高度八千メルクまで
ここで聞けるとは思っていない。それでもエレニディールは尋ねざるを得なかった。
「ジリニエイユ、貴男の真の目的は何なのです。
ジリニエイユの全てを理解するなど到底不可能だ。エレニディールは封印されてからというもの、ジリニエイユの思考を何百、何千回と分解しながら彼の深層心理を見極めようとした。
(このようなことになるなら、キィリイェーロ殿にもっと詳しく
ジリニエイユの過去を深く知らなければ、真実には
(それは許されません。レスティーの力をもってすれば、
先ほどから足を止めているジリニエイユは黙したままだ。エレニディールの問いに応える気があるのか否か。
両者の間に動きはない。ようやくのこと、聴き取れないほどの小さな音が返ってくる。
「それを知ってどうするのです。知ったところで結末は変わりませんよ。ここはルシィーエット嬢に敬意を表し、いったん
この場からジリニエイユの魔力が完全に失せた。
「いったい何を考えているのか。
コズヌヴィオが誰にともなく
「スフィーリアの賢者殿の固有魔術をもってしても仕留められなかった。あの青き炎がなければ危なかったな。それよりも、なぜなのだ」
ワイゼンベルグが何を言いたいのか。ヨセミナの直弟子であり、ヴォルトゥーノ流筆頭剣士たるる者、腕だけでなく頭も切れなければ務まらない。
「あ奴の力は我らを
コズヌヴィオに明確な答えが分かるはずもない。
「エレニディール、貴男はどう思われますか。あの男のことなら、私たちよりも詳しいでしょう」
コズヌヴィオの問いにエレニディールは即答をもって応じる。
「私もジリニエイユの全てを知っているとは言えませんが。我々を見逃したのでしょうね。真意までは分かりません。恐らく、見逃さなければならない理由があった」
コズヌヴィオとワイゼンベルグが顔を見合わせ、エレニディールの言葉を
「見逃さなければならない理由ですか」
ようやくエレニディールが振り返り、二人に微笑みかける。
「ジリニエイユは自らの身体を
全てはエレニディールの推測にすぎない。
「確証はありませんが。的を
コズヌヴィオもワイゼンベルグも首を
「スフィーリアの賢者殿、同化してしまえば自我を失うのでしたな。聞けば、このジリニエイユという男、
当然の疑問だった。ワイゼンベルグはなおも言葉を続ける。
「そうであるなら、ジリニエイユは主物質界最強と言えよう。先ほど、エルフを頂点とする新王国樹立と
単純に物事を考えれば、それが至極妥当のように思える。エレニディールは
「それは無理な話でしょう。レスティーが
ワイゼンベルグが
「スフィーリアの賢者殿、だ、
ワイゼンベルグは良くも悪くも女神ことヨセミナ至上主義であり、彼女の行動は絶対だ。彼女が最大限に敬意を払う大師父は、まさしくワイゼンベルグにとって雲の上の上の存在にも等しく、女神以上に敬意を払わなければならない。だからこそ呼び捨てなど考えられない。
「ワイゼンベルグ殿でしたね。まずは
淡々と語るエレニディールの口調には多分に
「かつて、私も呼び捨てにするなどもっての外とばかりに
ではなぜ、と目で問うてきている。
「コズヌヴィオ、貴男同様に私もレスティーの洗礼を受けています。
弟子といっても、ビュルクヴィストのように師となって魔術の
同行を認める条件をレスティーはエレニディールに提示した。敬称で呼ばないこと、そして決して
「なるほど、そういうことであったか」
ワイゼンベルグは思い返している。初対面時、ヨセミナの言葉を受けて条件反射的にひれ伏した。自身よりも先に跪いていたヨセミナに対して
(我が女神よりお聞きした大師父様は、今でいう初代三賢者と三剣匠にその力を授けられた御方であり、悠久の刻を生きられる超越者でもある。そのような御方と対等に接するなどあまりに
ワイゼンベルグが思考に入っている。エレニディールはこの話はここまでとばかりに、コズヌヴィオに目を向ける。
「コズヌヴィオ、遅くなりましたが貴男にも感謝しています。完全詠唱の時間を稼いでくれました。礼を申します」
コズヌヴィオは控え目に首を横に振っている。
「お互い様ですよ。貴男はともかく、私もミリーティエも先代賢者に遠く及びません。困難な状況に
エレニディールは驚きを隠しつつ、コズヌヴィオの言葉に
(私もまだまだビュルクヴィストには及びません。それにしても、コズヌヴィオからこのような言葉が聞けるとは、彼も成長しているのですね。この戦いを生き抜けば、さらなる成長へと繋がるでしょう。私が賢者を
「それよりもエレニディール、まもなくですね。特に私たち魔術師にとって、最も危険な刻を迎えようとしています」
二人して空を見上げる。
美しく輝く三連月、
三百二十四年の周期を経て、いよいよ蝕が始まろうとしていた。
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