第349話:次元を越えた三賢者の共演
「参之舞
爆発ではない。
解き放たれた魔術は
深紅と濃緑の血が混じった、ジリニエイユであった肉片が異臭を放ちながら大地に
「やりました。さすがエレニディールの固有魔術です。これで悪の元凶を倒しました」
コズヌヴィオの高揚した口調とは対照的に、ワイゼンベルグは何が起こったのか理解できないとばかりに首を横に振りながら
「友よ、いったい何が起こったのだ。スフィーリアの賢者殿のあの魔術は」
コズヌヴィオが
「爆裂魔術には二種あります。すなわち爆発と爆縮です。前者は内側から外側へ圧力を解放するものです。後者はその真逆となります。エレニディールの固有魔術たる
説明を受けたところで、ワイゼンベルグは未だに理解不能だ。しきりに首を横に振っている。
「原理はそうなのであろう。俺には
ワイゼンベルグは優れた魔術付与師でもあり、魔力の流れを正確に
「貴男が視えないのも当然です。何しろ、この私でさえエレニディールの魔力を追うのは難しいのです。
エレニディールの有する魔力量はビュルクヴィストに及ばずともそれに近しい。さらには代々のスフィーリアの賢者がそうであるように、
当代三賢者で最も魔力制御に優れているのはミリーティエだ。エレニディールは彼女に僅かに及ばないものの、
「友よ、もしも三賢者の魔力量が等しく、かつ同一条件下で戦ったとしたら、誰が勝つと思いますか」
コズヌヴィオの突然の問いかけに、ワイゼンベルグは見事な
「興味深い謎かけであるな。魔力量が等しければ、魔術そのものの力によって勝敗が決まる。賢者は魔術師としての頂点なれば、それぞれの弱点を熟知し、それを打ち消すための手段も有するであろう。ならば結果は明白だ。勝者はいない。同じく敗者もいない」
妥当な結論だろう。ワイゼンベルグは自信に満ちた視線を向けてきている。
「いえ、勝者は一人、敗者は二人です。すなわち、エレニディールが勝ちます。これは間違いのないところです。そして、代々の三賢者でも同様だと私は思っています。三賢者最強はスフィーリアの賢者です」
先代三賢者に限って言えば、パレデュカルはルプレイユの賢者ことオントワーヌこそが最強だと確信している。対するコズヌヴィオはオントワーヌの弟子ながらも、ビュルクヴィストが最強だと言っている。
「私の力の根源は大地であり熱です。ミリーティエは火、エレニディールは水ですね。では、なぜ水が最強だと思いますか」
ワイゼンベルグが思案している。独り言を
「降参ですか。答えを言いましょうか」
ジリニエイユを倒した安堵感からか、場違いにもコズヌヴィオとワイゼンベルグが会話を楽しんでいる。それを現実に引き戻したのは切迫感のあるエレニディールの声だった。
「コズヌヴィオ、お
砕け散った肉片がまるで虫が
「馬鹿な。奴は倒したはずです。
「完全詠唱の時間は俺が
左手に力を
「頼みましたよ、我が友」
その間にも破砕された肉片が次々と折り重なって
「メーレ・ネゼイ・グラネドー・ペレジェ・ロウ
イグジェス・カローディ・ネゲレイ・ノクトゥー」
コズヌヴィオの詠唱が続く中、嵩を増した肉片の上から再び漆黒の邪気が忍び寄り、その一つ一つに
「やはり、全ての核を破壊しない限りは何度でも再生してしまうのですね」
エレニディールの焦燥感が伝わってくる。コズヌヴィオの固有魔術の発動までまだ刻を要する。再生を終える前に何とか先手を取りたい。
「エレニディール、
ジリニエイユは
およそ百年前の戦いにおいて、レスティーは
「残念ながら、貴男に核を見抜く力はありません。なぜなら、貴男はシュリシェヒリのエルフではありませんからね」
くぐもった声が肉片の中から不快なまでに響いてくる。そこにはあからさまな
エレニディールが最も欲しかった力こそ、このシュリシェヒリの目なのだ。本来、レスティーから特別に授けられるはずだった。それが自らの失策により
「二つ失った程度で私を倒せたとでも思っていましたか。楽観視しすぎでしょう。どうやら、そちらの賢者殿は経験も力も、何もかもが不足しているようですね。詠唱したところで無意味ですよ。さて、エレニディール、続きといきましょうか」
「コズヌヴィオ、この男の言葉を聞く必要はありません。それにしてもジリニエイユ、やけに
エレニディールは必死に頭を巡らせている。ジリニエイユからいささかの焦りの臭いが感じられる。復活には時間を要するとはいえ、既に粘性液体が
(
ジリニエイユは瞬時に判断を下す。最優先すべきは完全再生を果たし、さらには次元を越えて迫りくる最大の脅威から己が身を
ジリニエイユよりも僅かに遅く、ようやくにしてエレニディールもコズヌヴィオも気づく。強大な魔術がこちらに向かって解き放たれようとしている。
「この魔術は」
二人の声が重なり合う。間違うはずもない。先代レスカレオの賢者ルシィーエットが行使する最強の固有魔術を感知できないほど
≪分かってるだろうね≫
ルシィーエットからの端的な
エレニディールは詠唱にかかろうとしていた魔術を即時中断、一方でコズヌヴィオはひと足早く詠唱に入ってしまっている。
「コズヌヴィオ、すみません。詠唱途中で許してください」
エレニディールが
「ルレジュ・レフォロワ・エタードゥ」
たちどころにコズヌヴィオの周囲の空気が
「
エレニディールが当代三賢者最強とコズヌヴィオが認めるのは、スフィーリアの賢者であるだけではない。
僅か三節の短節詠唱で行使できる
詠唱は言霊、言霊は音だ。音は空気を伝って詠唱を成就させる。
≪あんたたちは邪魔だよ。今すぐ魔術を引っこめて下がりな≫
エレニディール、コズヌヴィオとワイゼンベルグが
≪完璧に捉えたよ。覚悟しな≫
ジリニエイユの身体はおよそ半分が再生を終えている。そのような状態でも既に立ち上がり、迫りくる魔術に対抗すべく鋭い目を向けている。
(最悪、半身は犠牲にしても構いません。
ジリニエイユは誰よりもルシィーエットの炎の恐ろしさを熟知している。だからこそ、生半可な対応はできない。完全体ならまだしも、半身という中途半端な状態だ。
≪遅いよ。私の魔術は完成している。あの時とは違うんだよ≫
ルシィーエットの解き放った
漆黒の空が瞬時に
≪最終形態
次元を越えて解き放たれた灼青炎が、輝青の空よりジリニエイユめがけて襲いかかった。
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