第347話:エレニディールの固有魔術
ジリニエイユと
分散されていたジリニエイユの魔力が一つ
既に裏切り者たる
一度行使した命令は二度と
≪
ジリニエイユも引くに引けない状態に自らを追いこんでいる。秘術を用いて制御はしている。明け渡す時間が長ければ長いほど、
「完全同化してしまう前に決着をつけたいところです。しかし、今のままでは手詰まりです。何とか打開策を考えなければ」
サリエシェルナの魂を
「苦戦していますね。助力しますよ」
声は背後からだ。振り返るまでもない。
「コズヌヴィオ、助かります。
コズヌヴィオが左腰に吊るした
「始めましょう、我が友よ」
コズヌヴィオが口にした友には二つの意味が
一つはもちろん
「行けますね、ワイゼンベルグ殿」
剣士にとって肘から下のみとはいえ、利き腕の一部を失うのは致命傷だ。ヴォルトゥーノ流現継承者の筆頭直弟子ともなれば、肉体的にはもちろん、精神的にも想像を絶するほどの苦痛を味わっているだろう。
二人の出会いは
(戦場に立つ限り、泣き言など一切許されません。我が師オントワーヌ様に恥ずかしい姿をお見せするわけにはいきません。それはワイゼンベルグ殿とて同じです)
「右手がなかろうとも、ヴォルトゥーノ流筆頭剣士としてしっかり働いてもらいますよ」
ワイゼンベルグが豪快な笑い声を上げ、コズヌヴィオに応える。
「要らぬ心配だ。我が女神に無様な姿を
もちろん言われるまでもない。コズヌヴィオにとって、ワイゼンベルグは初めてできた親友ともいうべき存在だ。
ミリーティエとは対照的に、彼は実に社交性が高い。魔術高等院ステルヴィア在籍者で知らない者はいないほどだ。誰とも平等に交流し、惜しみなく自らの知識を授けている。ただそれだけだ。一線を超えて親しくなることはない。それは彼の過去に起因している。
(ワイゼンベルグ殿とは属も年齢も異なる。にもかかわらず、共にいると心地よさを感じます。そんな彼と肩を並べて戦場に立つ。これ以上の楽しみはありません)
「上等です。エレニディールの完全詠唱の時間を私たち二人で稼ぎます」
高らかに
「ファナト・ベーネディ・ロダゥーラ
大地を
我が命に従いて灼熱
三音節ごとに区切った短節詠唱が即座に成就を迎え、ワイゼンベルグの両刃戦斧が大地に描く漆黒、すなわち影に熱を纏わせる。
「
コズヌヴィオの魔術が解き放たれる。
ワイゼンベルグの両刃戦斧は、ジリニエイユを斬り刻むために投擲されたわけではない。今は時間稼ぎさえできればよい。
もともと、両刃戦斧には魔力が通っていない。ワイゼンベルグが優れた魔術付与師でもあることは既に述べた。二つの刃の根本に小さな穴が一つずつあり、そこに
今の両刃戦斧にはどちらの刃にも魔鉱石が装着されていない。
コズヌヴィオの
特筆すべき効果がもう一つある。魔力の通わない戦斧は一度投擲したが最後、あらぬ方向に飛んでいってしまうか、あるいは手元に戻ってきたとして、攻撃するには再度投擲の必要がある。
「必要はありません。私の魔力が乗った友の両刃戦斧は、半永久的に舞い続けるのです」
エレニディールの後方でコズヌヴィオが剣を舞いのごとく振り続けている。コズヌヴィオは決して剣士ではない。一般的な魔術師は
これらは直接攻撃のための武具ではない。魔術師に必須の詠唱は、体内の魔力を相応の速度と密度をもって練り上げることで
いわば、補助具としての武具なのだ。コズヌヴィオの場合、それが偶然剣だったにすぎない。
「貴男が共闘とは珍しい。短期間で腕を上げましたね。コズヌヴィオ、背中は任せましたよ」
詠唱のための精神集中に入っていながら、エレニディールの細胞は周囲の状況をも
エレニディールの唇が震え、魔術を具現化するための
「レーシェス・レグリー・ナヴァイ・リフージェ
カデーレイ・ゲネジェ・パシュテー・ティエリニ
ヴェーメ・ロディリエ・ウィズドウ・レネ・シェーウェ
大気と大地に眠りし大いなる水の力よ
ここに目覚めて偉大なる氷結の衣を纏いたまえ
エレニディールが有する固有魔術は、今の彼にとって、まさに最大最強の最上級魔術だ。
スフィーリアの賢者就任時、レスティーにこの魔術をもって挑み、完膚なきまでに敗れ去った。
それ以来だ。エレニディールの私室が魔術に関するあらゆる蔵書で埋め尽くされるようになったのは。
当時とは全く違う。何度も繰り返し改良を加えてきた自信の固有魔術だ。それを完全詠唱で解き放つ。
(私にはビュルクヴィストの
この魔術でジリニエイユを倒せないとなると、待つのは死しかない。ここまで来た以上、考えても
「整いました。コズヌヴィオとお連れの方、心より感謝します」
エレニディールの言葉を受けて、コズヌヴィオが旋回し続ける両刃戦斧を戻すべく魔術誘導を行う。
「エレニディール最強の水氷固有魔術です。本気ですね。ならば、こちらも万全を期さねば」
無事にワイゼンベルグの手元に戻ってきた両刃戦斧から完全に魔力を抜き去る。
「スフィーリアの賢者殿の固有魔術、それほどまでに強力なのであるか」
左手の両刃戦斧をいつでも投擲できるように構えつつ、ワイゼンベルグがコズヌヴィオに尋ねる。
「ええ、当代三賢者が行使する固有魔術の中で
それ以上は言葉にするまでもない。
既にジリニエイユの頭上高く、そして足元を中心にして、半径十メルクに及ぶ凄まじい
(頭上のみならず足元にも。面白い魔術ですね)
ジリニエイユは動かない。動かない方が得策だ。一瞬の判断で大地に足をつけたまま、エレニディールの魔術を迎え撃つ。
「氷の魔術師との戦いはビュルクヴィスト殿以来ですよ。
今やジリニエイユの全身は恐ろしいほど強力な魔力で覆われている。魔力だけではない。
「何なのだ、あの男は。あれほどの邪気を纏って平気なのか。視ているだけで吐き気がしてくるわ」
ワイゼンベルグが嫌悪感をもって吐き捨てる。彼ほどの実力者をもってしても、両刃戦斧を握る左手が
ジリニエイユとエレニディールの視線が交錯する。
「
そして魔術が解き放たれた。
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