第344話:三人と三姉妹と三美と 後編

 眼前で展開される様を少し離れた位置からルシィーエットが真剣な面持ちで凝視している。


(よもやこのような方法があったとは。全盛期にまでさかのぼった後、私の寿命は確実に尽きるだろうさ。これなら私も)


 一人残った美の熱ことカラロェリが魔力感応フォドゥアをもってレスティーに尋ねてくる。


≪我らが偉大な主様、熱をまといて、いずこに封じればよろしいでしょうか≫


 人化状態のカラロェリは口調もなめらかに、誰よりも饒舌じょうぜつになる。魔剣アヴルムーティオ状態からの反動とでもいうのか。これも彼女の性格の一つなのだろう。


≪ディーナと共にるなら、覇光極奏玖龍滅デュマレアリージェしかあるまい。少し細工が必要だな≫


 当意即妙とういそくみょう、カラロェリはすぐさまヒオレディーリナのもとへ移動すると、彼女に魔力感応フォドゥアを飛ばす。


≪ヒオレディーリナ、聞きなさい。男は姉の力によって炎に、女は妹の力によって風に再構築される。そのうえで二人の魂を魔剣アヴルムーティオめるわ。差し出しなさい≫


 本当にこれでよいのだろうか。今さらながらにヒオレディーリナは躊躇ためらってしまう。


 ケーレディエズの想いは嬉しい。一緒にいられるならとも思ってしまう。一方で彼女は決して亡くなった妹の代わりではない。だからこそ、このままニミエパルドと一緒に安らかに眠らせてやることこそが正しい選択なのではないか。


≪核の崩壊の先に待つものが何か、よく分かっているでしょう。何よりも貴女の迷いは、我らが偉大なる主様の行為を踏みにじるものよ。事は既に決しているわ。魔剣アヴルムーティオを差し出しなさい。今すぐに≫


 カラロェリの痛烈な言葉が胸に突き刺さる。ヒオレディーリナは本当にえぐられたかのような錯覚をいだき、無意識下で胸に手を当てていた。


≪そうね。これ以上、あの御方の手をわずらわせるなど私の本意ではないわ。お願いできる≫


 納刀していた覇光極奏玖龍滅デュマレアリージェを再び右手で抜刀ばっとう柄頭つかがしらをカラロェリに向けて差し出す。


≪確かに受け取ったわ≫


 カラロェリが差し伸べた右手で覇光極奏玖龍滅デュマレアリージェの柄をつかむ。


 魔剣アヴルムーティオ魔剣アヴルムーティオに触れる特別な瞬間だ。相性が悪ければすさまじい反発が起きる。どちらかに害意があっても同様だ。互いに静であり、なぎである状態だからこそ何ら問題は生じない。


≪私は貴女の真名まなを知らない。カラロェリ、と呼ぶべきでないのは承知のうえで、あの娘を頼むわ。このとおりよ≫


 ヒオレディーリナが深く頭を下げている。これにはカラロェリも意表を突かれたか。わずかに動きを止めて、覇光極奏玖龍滅デュマレアリージェを魔力の瞳をもって見つめる。


≪使いこまれた素晴らしい魔剣アヴルムーティオね。私たちには及ばないけど。ヒオレディーリナ、我らが主様のなされることよ。心配などらないわ≫


 これ以上の言葉は必要ない。カラロェリは覇光極奏玖龍滅デュマレアリージェを手に颯爽さっそうと身をひるがえし、レスティーのもとへ戻っていく。


(貴男は本当にどんなことでも私の願いを叶えてくれる。ただ一つを除いて。だから、この苦しみがまないのよ)


≪主様、お持ちいたしました≫


 かしこまったカラロェリがうやうやしくレスティーの前に覇光極奏玖龍滅デュマレアリージェを差し出す。


≪こちらも始めよう≫


 ケーレディエズとニミエパルドの肉体は完全に失われている。それでいながら、二人の姿形は完璧に維持されている。


 美の風をもって透き通る薄碧はくへきに染まったケーレディエズ、炎をもって透明度のない深紅しんくに染まったニミエパルド、それぞれが己の姿を感慨深く見つめている。


≪その方らは人としての肉体を失ったがゆえ、言葉を発することはできぬ。その代わり、魔力感応フォドゥアをもって意思を交わし合えるだろう。やってみるがよい≫


 互いに見つめ合ったケーレディエズとニミエパルドが、レスティーに言われるがままに魔力感応フォドゥアを飛ばして意思疎通をはかってみる。問題なく通じ合っている。


≪最後の仕上げだ。その方らをディーナの魔剣アヴルムーティオに、覇光極奏玖龍滅デュマレアリージェに封じる。私からの制約はもうけない。その方らはディーナと共にらんと願ったのだ。ディーナにのみ従うがよい≫


 風と化したケーレディエズが、炎と化したニミエパルドがレスティーに対して深々と頭を下げてくる。


≪不要だ。頭を上げよ。その方らの望みはかなえた。最上でなかったかもしれぬが、この先々、ディーナの力であり続けんことを願っている≫


 左手で握った覇光極奏玖龍滅デュマレアリージェの剣身に右手を軽くすべらせていく。


≪よかったわね。ヒオレディーリナとの契約が消滅するまで、貴方たちはずっと一緒よ。さあ、ときは満ちたわ。互いの手を取りなさい≫


 二人の心の中にイェフィヤの魔力感応フォドゥアが広がっていく。


≪早くしなさいよ。私たちの主様を待たせるんじゃないわよ≫


 風と炎が手をつなぎ、美しく輝く薄碧はくへきと深紅がゆっくりと一つに溶けこんでいく。


“Vaanop, duroirlge kraft oderagt.”


 言霊ことだまを受けた白銀しろがねの剣身が黄金こがねに塗り替えられていく。


 レスティーが覇光極奏玖龍滅デュマレアリージェを掲げると同時、最後の役割を果たさんとカラロェリが美の熱をもって溶け合った風と炎を包みこんでいく。


 三美さんびによる力が二人の魂を結び、魔剣アヴルムーティオに封じる準備が整った瞬間だった。


 強く抱き合ったケーレディエズとニミエパルドが歓喜の表情を浮かべている。二人の瞳からは風が、炎が、涙となって流れ落ちる。二人の魔力感応フォドゥアが重なる。


≪貴男様のおかげで私たちの願いは叶えられました。心から感謝申し上げます。これからはヒオレディーリナと、お姉ちゃんと共にらんことを終生しゅうせいにわたって誓います≫


 二人の頭上で三美が微笑ほほえんでいる。それはこの先の二人を祝福するかのような笑みでもあった。


“Sofrsegliw gaijvk syjez lemnov.”


 封印のための言霊が高らかに響き渡る。


≪貴方たちにとって、最上の幸せとは言いがたいでしょうが、二人の魂が平穏を得られるように願っているわ≫


 三美が空高く舞い上がる。同様にケーレディエズとニミエパルドも自ずと上昇を始め、黄金に輝く剣身が一際ひときわまばゆきらめく。


 収束した刻にはケーレディエズとニミエパルドの姿は消え去り、三美だけが主の御前でこうべれていた。


 白銀の剣身に戻った覇光極奏玖龍滅デュマレアリージェが沈黙している。レスティーには、三美には十二分に感じ取れている。これまでにないすさまじい力が内包されている。


≪美しい光景であった。そなたたちの力を嬉しく思う。大儀たいぎであった≫


 三美の表情に見事な華が咲いている。あるじめられることこそ、三美にとっての最上だ。素直に言葉にする。


 先を越されてなるものかとばかりに皇麗風塵雷迅セーディネスティアが口を開きかけたところをカラロェリがその口をふさぐ。


 やはり、こういった役目は長姉ちょうしこそとイェフィヤが言葉をつむいだ。


勿体もったいないお言葉です。我ら三姉妹、主様の御力になれたのであれば、それにまさる幸せはございません。いついかなる刻も我ら三姉妹は主様と共に≫


 うなづいたレスティーは振り返り、ヒオレディーリナと相対あいたいする。


「ディーナ、あの者たちを封じた覇光極奏玖龍滅デュマレアリージェを返す。主従あるいは対等、そなたの意思次第だ。私は口をはさまぬ。よきにするがよい」


 ヒオレディーリナは咄嗟とっさひざまづき、差し出された覇光極奏玖龍滅デュマレアリージェ躊躇ためらいがちに受け取る。


 何か言わなければ。そうは思っても、まるで言葉を忘れてしまったかのごとく、何も出てこない。


 苛立いらだった皇麗風塵雷迅セーディネスティアが口を開きかける。これまたすかさずカラロェリがねじ伏せる。ここが皇麗風塵雷迅セーディネスティアと姉二人の差なのだ。


 イェフィヤもカラロェリも薄々ながら、レスティーとヒオレディーリナのいびつな関係を知っている。だからこそ皇麗風塵雷迅セーディネスティアが余計な言葉を発しないようにしたのだ。


 レスティーも気にしていないのだろう。ヒオレディーリナの両の手のひらに覇光極奏玖龍滅デュマレアリージェを静かに置くなり背を向ける。


「そなたの命はそなたのものだ。だが粗末にするな。そなたは人族にあって最も大切な者の一人だ。失いたくない一人だ」


 それだけを告げて行きかけるレスティーの背に、ヒオレディーリナはようやく言葉を投げかける。


「どうして、どうして、私を殺さないのですか。私は、今や貴男様の敵にも等しい存在なのですよ」


 ヒオレディーリナの口をついて出た言葉は、本心から言いたかったことかいなか分からない。レスティーはわずかに足を止めて応える。


「殺す必要などどこにある。そなたがそれをした理由を、私が知らないとでも思ったか」


 両ひざを落としたヒオレディーリナが声を殺して涙している。


 覇光極奏玖龍滅デュマレアリージェに封じられたケーレディエズが剣身より浮かび上がり、ヒオレディーリナを背中から優しく抱きしめる。


≪お姉ちゃん、私がいるから。私も、ニミエパルドも力になるから。だから、哀しまないで≫


 ヒオレディーリナはケーレディエズたちとの関係を、主従ではなく対等と決めていた。だからこそ、覇光極奏玖龍滅デュマレアリージェから己が意思で出てくることが可能なのだ。


「ディーナ、どうしても私に殺してほしいなら、高度八千メルクまで来るがよい」


 この場におけるレスティーとヒオレディーリナとの最後の会話だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る