第342話:二人の真の望み
レスティーは言外に告げている。
人族と深く交わる前のレスティーなら、問答無用で速やかに対処していた。望みなど聞くまでもなくだ。
≪フィア、私は何をしているのだろうな。かつての私では考えられなかった。
相手がフィアだからこそ、レスティーも心の一部を打ち明けている。二人の繋がりはそれほどに強固なのだ。
≪私の愛しのレスティーは、初めて出逢った
滅するにしても、無慈悲でありながら、そこには必ず何かしらの感情が乗せられている。たとえ無意識であったとしてもだ。
レスティーは敵味方の関係なく、
(私の愛しのレスティー、その心には哀しみという名の雪が絶えず降り続き、果てなく積もっていく。私ごときでは想像もつかないほどよ。哀しみの一端でも担えるなら、私は喜んでこの身を)
フィアの心の想いは固く閉じていても、レスティーの前では筒抜け状態だ。
≪キアラルヴュルと同じことを言うのだな。悠久の刻を流れる者の宿命でもあり、余人に担わすものでもない。フィアの気持ちはただただ嬉しく思う≫
フィアは感慨深げに、レスティーが名を呼んだ男の顔を思い出している。レスティーによって
フィアも彼の魔力波を
≪そう。キアラルヴュルは混沌に
レスティーとフィアの
≪フィア、そなたは自由なのだ。私と同じ刻の中を歩む必要はない。寂しさを感じるのであれば≫
レスティーも本位で言っているわけではない。
死が覆い被さろうとする寸前のフィアを救った事実は事実として、レスティーは一度たりとも、ついてこいなどと強制したこともなければ、そもそもその場で別れるつもりだった。ついていくと決めたのはフィア自身の強い意思だ。
珍しく、フィアが怒りの感情を直接ぶつけてくる。風は荒々しく、即座に嵐と化して強く吹きつける。
≪主様、いかがなされますか≫
左手の
≪いや、構わぬ。私の前では微風に過ぎぬ。フィアも分かっている≫
せっかくよいところを
≪あらあら、真の主様の前で活躍したかったのね。残念だったわね。私たちの妹は何て可愛らしいのでしょう≫
イェフィヤにカラロェリも同調しながら、若干
≪些羞恥。是非無≫
イェフィヤの苦笑が伝わってくる。
≪それにしても羨ましいわね。あの子が真の主様の
すかさずカラロェリも反応を返してくる。
≪多同意≫
吹き荒れる嵐のことごとくが、レスティーに到達する直前で柔らかな微風へと転じていく。こうなることが分かったうえで風を投げつけるフィアの機嫌は未だに直らない。
(ここまで
レスティーの判断は早い。フィアには後でゆっくりと構ってやればよい。まずは目の前の急務を片づけてからだ。
「遠慮なく言うがよい。私にできる範囲において叶えてやろう」
レスティーの圧が
「貴男はいったい何者なのですか。圧倒的な強さを誇るヒオレディーリナが、貴男の前ではまるで
レスティーの瞳に射貫かれたニミエパルドは言葉を失う。すぐ横に立つケーレディエズは恐怖からか震えている。
「私が誰かなど、無駄話はよい。その方らは既に人族としての
ケーレディエズの反応は至極当然であり、目の前に立つ男と自分たちとでは次元が違いすぎる。身体に自由が戻ったとはいえ、逃げるに逃げられない、まさに
「望みを、望みを、叶えていただけるのですか」
ケーレディエズが声を振り絞ってレスティーに尋ねる。身体同様、その声は異様なまでに震えている。
「先ほどからそう言っている。その方らは理由はともあれ、
ケーレディエズとニミエパルドの視線が、レスティーの背後で今にも泣き出しそうになっているヒオレディーリナに向けられる。
「ヒオレディーリナ、私のお姉ちゃん」
レスティーは振り返らない。ヒオレディーリナがどのような表情をしているかは視るまでもなく把握できる。
「ディーナとその方は、偶然にも姉妹という点で結びつけられた。ディーナは妹を、その方は姉を失っている。それも二人を強固に結びつけた要因であろう」
血の
レスティーは余計な言葉だと知りながらも、あえて口にしたのだ。ヒオレディーリナを、ケーレディエズを促すために。
「私は、私たちは死を選びました。ニミエパルドの核は私が貫いたことで、まもなく崩壊するでしょう。私もヒオレディーリナの手にかかって死にたい。今の今まで、それだけを願っていました」
ニミエパルドの身体は手足の先から崩壊を始めつつある。
ジリニエイユの
ケーレディエズの核はなおも健在だ。今のケーレディエズはニミエパルドへの、ヒオレディーリナへのひたむきな思いだけで、何とか核の制御を手放さずに耐え
それももはや時間の問題だ。ジリニエイユの術が完璧に発動すれば、またたく間にケーレディエズの身体も崩壊していく。
≪主様、この娘も限界です≫
「もしも叶うなら、お姉ちゃんの
ケーレディエズの懇願はレスティーを通り越して、ヒオレディーリナに到達する。
「ディズ、貴女はそこまで」
レスティーの視線がケーレディエズからニミエパルドに向けられる。
「ケーレディエズの意思は私の意思でもあります。二人で一緒にいられるなら、私にそれ以上の望みはありません。どうか貴男の御力をもって叶えていただけないでしょうか」
レスティーに一切の
「その方らの望みを叶えよう。ただし、肉体は失せる。その方らに残された人としての心を形にしてディーナと共に歩ませてやろう」
二人が大きく頷くのを待って、ようやく振り返ったレスティーがヒオレディーリナに問いかける。
「ディーナ、それでよいな。異論があるなら聞こう」
レスティーとは違う。
再度の確認のため、今度は言葉ではなく直接ヒオレディーリナの瞳の奥を
それを承知のうえでヒオレディーリナもまた真正面からレスティーを見返す。
「始めよう。来るがよい」
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