第335話:炎の女王の魔術
音が消え、静まり返った大地に闇が押し寄せてくる。その時が徐々に近づいてきている。
「全くろくなことしかしない男だね。やはり、探し出してでも
ただ一人、言葉を発したルシィーエットの
ヒオレディーリナの視線がルシィーエットに向けられ、すぐにニミエパルドとケーレディエズに注がれる。
(嫌な記憶をよくぞ呼び起こしたわね。そう、私は三つ目の制約を課していた。貴女はそれを自力で破った。見事よ、ディズ)
ニミエパルドの様子が明らかにおかしい。これまでとは一転しているのだ。
終始、己を楯にしてケーレディエズを護り続けてきたニミエパルドが
「そんな馬鹿なことが。ケーレディエズ、今の話は真実なのか。本当に我らが神が
混乱するのも無理はない。ニミエパルドもケーレディエズもジリニエイユを神と
ジリニエイユからすれば、二人は目的を達成するための単なる実験体でしかない。
「ニミエパルド、これで理解したわね。ジリニエイユは神などでは決してない。あの男は己以外の全てをはるか下に置いている。
ヒオレディーリナの言葉はニミエパルドに届かない。
今、ニミエパルドを支配しているのは疑心暗鬼だ。これまで信じていたことが根底から覆されようとしている。信じたくない想いと、ケーレディエズが嘘を言うはずはないという想いが心の中でせめぎ合っている。
「私の話したことが全てであり、そして真実よ。ジリニエイユは私たちを実験体として究極の兵器たる
その先の言葉が喉に詰まって出てこない。当然だろう。ジリニエイユが己にとって不都合な話をさせるはずもない。
埋めこんだ核には縛りが
「ケーレディエズ、
「ああ、ケーレディエズ、何ということだ。私はまた君を護れないのか。なぜだ。なぜなんだ。私はそれほどまでに無力なのか。三度も君を」
負の心は
想いが強ければ強いほど、深ければ深いほど、
「駄目よ、ニミエパルド。邪気が強まっているわ。負の感情を抑えて。私の心配は要らないから。なぜなら、私の中にはあの人の、ヒオレディーリナの血が入っているから」
二度あることは三度ある。ケーレディエズを絶対に失いたくない。その想いだけがニミエパルドを支えている。どんなことをしてでも護る。彼が
「私は、私は、ケーレディエズを失うわけにはいかないのだ」
「愚か者が。己を制御しきれないとは。せめてもの情けだ。ニミエパルド、お前はここで殺す」
ヒオレディーリナが動き出せば、
「待って、ヒオレディーリナ、お願いよ」
ケーレディエズの
「全く人使いが荒いね。ディーナ、ここまではお膳立てどおりかい」
盛大なため息と共にルシィーエットが
「ルー、短節詠唱、
それよりも早くルシィーエットは既に詠唱に入っている。二人の間には信頼という名の
(さすがね。さらに円熟味が増している。ルー、惜しみない賞賛を贈るわ)
ヒオレディーリナがなぜ短節詠唱と言ったのか。
ニミエパルドを完全に滅ぼすなら、完全詠唱が絶対だ。詠唱時間もヒオレディーリナなら余裕で与えられるうえ、ルシィーエットを完璧に護りきることもできる。
(ディーナらしいよ。殺すと言っておきながら、その意思はない。始末するのはあの
ニミエパルドを生かしておくためには、短節詠唱かつ威力を極めて
敵めがけて最大威力で一気に解き放つ。ルシィーエットの流儀に反するとはいえ、レスティーの試練を受けた後は魔術制御にも長時間かけて磨きをかけ続けてきた。賢者たる者、苦手などと軽々しく言っている場合ではないのだ。
「ネヴィリ・ファーヴァ・ノクトゥ・ウェイラ
我が意を受けし大いなる炎の力よ」
ニミエパルドから発せられる邪気はルシィーエットを敵と認識し、詠唱の開始と同時に攻撃を仕かけている。
詠唱時に攻撃を受けることは死と直結だ。しかも邪気が身体に僅かでも触れたが最後、死よりも恐ろしい事象が待っている。すなわち
(ルーにはこの私がついている。させるはずもない)
邪気による攻撃は、ことごとくがヒオレディーリナの魔術
邪気はほぼ
最も積極的に動いているのは
まずもって、イェフィヤの力は論外だ。炎の魔術を精緻に行使しようとする際、イェフィヤが生み出す炎は燃料投下と同義であり、全くの逆効果でしかない。
カラロェリも同様、その力は熱であり、炎の温度を高めてしまう。だからこその静観だった。
≪姉様たち、少しは手を貸してよ。私ばかり働いているんだから≫
カラロェリがすかさず反応を示す。
≪却下≫
端的すぎるカラロェリと違って、イェフィヤは楽しそうに笑いながら応じる。
≪私たちが動けば、あの詠唱によって解き放たれる魔術の邪魔をしてしまうわ。それは
いかにも不満そうな
≪もう、何がそういうことよ。いつもいつも私ばかり、聞いているの、姉様たち≫
いつもながらの三姉妹の構図だ。イェフィヤもカラロェリも末妹を甘やかしつつ、何かあればいつでも対処できるように目を光らせている。だからこそ、
ヒオレディーリナは心の中で想っている。
(面白いわね。
そして、短節詠唱が
≪ディーナ、やるよ≫
ヒオレディーリナの右手が振り上げられる。言葉はない。
一方で背後がかなり騒がしい。
ルシィーエット最大最強の魔術が初めて、しかも間近で視られるのだ。マリエッタが大人しくしているはずもない。その興奮はいかばかりか。前のめりのマリエッタを必死に
ルシィーエットが大きく息を吸い、吐き出すと同時、魔術が解き放たれる。
「ニミエパルド、楽にしてあげるよ。
主物質界における炎の女王の魔術がここに火を噴いた。
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