第331話:血と緑風の加護
ヒオレディーリナはここに三つ目の魔術をもって鍵を解除するための条件を改めて付与する。
「レージェレ・リィヒーミ・ネ・イファドロー・ヴォージェ
キーリィ・ナーダ・ザォエ・ドゥピーエ・ネーレ
ソワリュイ・ガラージェア・ヒュザナー・ミイェーリ」
さすがに三つ目の魔術ともなると、魔術そのものが不安定に
ヒオレディーリナが魔術に
(魔術安定のためには仕方がないわね。それにこの娘の心が求めている)
ヒオレディーリナが幾ばくかの迷いを捨て去り、
鮮血が浮かび上がると同時、半開きになっている女の
魔術を安定させるための簡単な方法がある。ヒオレディーリナはそれを実行したのだ。
すなわち、術者の血液を媒介として魔術を
(私の血をもってすれば複合魔術であろうと安定はする。ただしそれは異分子、弊害がないわけではない。吉と出るか、凶と出るか)
思案するヒオレディーリナを
「お姉ちゃん、どうしちゃったの。いつも私の名前を呼んでくれるのに、今日はまだ一度もないよ。もしかして、忘れちゃった」
忘れるも何も初対面なのだ。話を合わせるために
「そうね。お姉ちゃん、うっかり忘れてしまったかも。私の可愛い妹の名前は何だったかな。お姉ちゃんに教えてくれる」
女は全く気にもしていないようだ。仕方がないな、といったところか。素直に応じてくれる。
「もう、お姉ちゃんったら。私はケーレディエズだよ。いつもディズって呼んでくれてるじゃない」
ケーレディエズと名乗った女の屈託のない笑みが、かえってヒオレディーリナの心を
(
最後の迷いを断ち切り、ヒオレディーリナはケーレディエズに優しく言葉をかける。
「ねえ、ディズはお姉ちゃんが好きかな。好きだったら、お姉ちゃんの目をじっと見て」
応えるまでもないとばかりにケーレディエズがヒオレディーリナの目を
(素直で素敵な娘ね。この娘を妻にできる男は本当に幸せ者よ。ならば、制約も決まりね)
この時点で、ヒオレディーリナはニミエパルドの存在など知る
「私の可愛いディズ」
ケーレディエズも言葉で応える。
「私の大好きなお姉ちゃん」
ヒオレディーリナの視線はもはやケーレディエズを見ていない。心の深淵にまで
「ヴィナーヴァ・ヒオレディーリナ、ハミィーヌェ・ヒュジリィ・ラナェア・ニーゾミロェ」
<訳:我がヒオレディーリナの真名をもって血の制約をここに課さん>
たちどころにケーレディエズの身体が
ヒオレディーリナほどの実力者であっても、
力と言っても、
ヒオレディーリナは己が血と
「お姉、ちゃん」
複合魔術による高負荷が全身にかかったのだろう。ケーレディエズはヒオレディーリナの腕に抱かれたまま意識を失った。
「ディズ、貴女の心に二つの強力な制約を課したわ。解けるか
正直なところ、解けなくてもいいとヒオレディーリナは想っている。戻ったところで、この娘が心に負った傷は決して消えない。いずれ何らかの弾みで悪夢が蘇らないとも限らない。
「ディズ、貴女は
まるでヒオレディーリナの魔術完遂を待っていたかのように、炎の勢いが増していく。既に部屋中の壁や天井といった部分は燃え盛る炎に
「そろそろ私たちも脱出しないと。この娘を死なせるわけにはいかない」
偽りの妹を横抱きにしたヒオレディーリナは目の前の壁に向かって軽く息を吹きかける。ただそれだけだ。
瞬時にして炎がお辞儀をもって両端へと
ヒオレディーリナは踏み出すとともに進路を
「シュヴィリ・ジュロネア・ピミィニハ
ロトキュム・ナダー・ベーレナ・ソリュヌー」
<訳:我が前を阻むものなし。全てがひれ伏すのみ>
朗々と
正円にくり抜かれた壁は、まさしく女王を歓迎する門だ。ヒオレディーリナは造作もなく潜り、軽々と宙に身を躍らせていった。
風を
音もなく大地に足を下ろしたヒオレディーリナのもとへ二人が一目散に走ってくる。
「ヒオレディーリナ様、ご無事でしたか。その娘が」
二人が即座に
「ドゥノヴィエズの要請で馬鹿どもは始末しておいた。愚かな魔術師の炎で死体も残らないわね」
吐き捨てた直後、炎に
「この娘を頼んだわ。くれぐれも丁重に扱いなさい」
一人が立ち上がり、ヒオレディーリナからケーレディエズを
「
ヒオレディーリナが
「行きなさい。ドゥノヴィエズには、そのうち顔を出すからと伝えておいて」
二人が深々と頭を下げる。主君を敬称もなしに呼び捨てるヒオレディーリナに対し、いささかの嫌悪感もない。ヒオレディーリナは国王以上に敬意を受けるべき存在として広く認識されている
二人がおもむろに顔を上げた時には、既にヒオレディーリナの姿は消えていた。はるか上空、風を纏って急上昇したヒオレディーリナは二人の視界では
「
それがヒオレディーリナの残した最後の言葉だった。
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