第327話:ヒオレディーリナと三振りの魔剣

 よく気づいたねとばかりにマリエッタの頭をでながら、ルシィーエットが言葉をつむぐ。


「そうさね。私もディーナと数百年ぶりに逢ったからね。ザガルドア殿の話を聞く限り、二人の出逢いはおよそ二十年前にさかのぼる。ということは、あの坊やが路地裏の掃き溜めで暮らしていた頃だね」


 ルシィーエットもその辺の詳細は知らされていない。何しろ、ヒオレディーリナが姿を消して以来、何をしていたのかなど全く分からないのだ。それを語るヒオレディーリナでもない。


(全くあんたは何をやっていたんだい。しかも、あんなものまで身体に)


 言ったところで詮無せんなきことだと理解している。それでもルシィーエットは悔しくてたまらない。ひと言相談してくれてもよかったではないか。その想いが心の中で強くなるばかりだ。


「ザガルドア殿がヴォルトゥーノ流の剣術を操るのは間違いなくディーナの影響を受けているからだろうね。それは疑いようもないよ」


 ルシィーエットは淡々と言葉を発している。無意識下なのだろう。節々にヒオレディーリナへの賞賛がめられている。


 マリエッタは敏感に察し、わずかばかりの嫉妬心をいだいてしまう。改めて宙に浮かぶヒオレディーリナへと視線を転じる。


(美しい方です。それも群を抜いて美しいです。さらには、ヴォルトゥーノ流の剣技を扱われる。セレネイアお姉様に匹敵、いえどちらもそれ以上かもしれません。あの方は人なのでしょうか)


 マリエッタは心中穏やかではない。妹として大切な姉セレネイアを、こちらもまた無意識下で過度に評価してしまっている。


 そもそも、ヒオレディーリナと比較することが無意味であり、比較対象にさえなり得ない。美も剣技も、セレネイアのそれはヒオレディーリナの足元にさえ及ばない。


 マリエッタの複雑な視線を受け止めているヒオレディーリナは、興味がせたとばかりに三姉妹をただただ眺めている。おのが目で視たかった娘は三姉妹の真ん中に立っている。


(あれがルーの言うセレネイアね。理解できないわ。どうしてあの御方が。あれなら右に立つ娘の方が。いや、違うわね)


 すなわち、ヒオレディーリナはマリエッタが内包する魔力量を瞬時に見抜いたことになる。ただ眺めていたヒオレディーリナの目の色が変わる。鋭い視線はマリエッタからすぐさまセレネイアに切り替えられる。


(なるほど。そういうことだったのね。だからこそあの御方は。面白くなりそう)


 ヒオレディーリナの目は決して誤魔化ごまかされない。セレネイアとマリエッタ、二人の魔力量は圧倒的にマリエッタに軍配があがる。して、セレネイアは常人並みと言ったところだ。


 しかも、あれほどの年齢に達しておきながら、いまだ制御できていない。魔力が体内でうねっているのだ。循環だけは正常に近い状態にある。誰かの介添かいぞえを受けたか。


 恐らくは、セレネイアの左手に立つ娘、すなわちシルヴィーヌだろう。魔力量は少ないものの、体内から自然にれ出る魔力量が極端に低い。すさまじい魔力制御力の持ち主だ。


(本当に面白い三姉妹ね。あの魔剣アヴルムーティオにしてもそう)


「セレネイアは私です」


 名乗りをあげたセレネイア、黙したままのヒオレディーリナ、二人の視線が交錯こうさくする。ヒオレディーリナは誰にも分からないほどにわずかに口角こうかくを上げる。


(ルーもいることだし、少しだけ遊ぶのもいいかもしれないわね。坊やのためにもなる)


 ザガルドアがルシィーエットたちのところまで後退したことを見届けたヒオレディーリナが行動に移る。


「セレネイア、所有している魔剣、めい皇麗風塵雷迅セーディネスティアだったわね。出しなさい」


 有無を言わさぬ厳しい口調だ。先ほどからザガルドアの視線がせわしく行ったり来たりしている。己に対する口調と、それ以外、とりわけセレネイアに対する口調の落差が激しすぎて明らかに困惑している。


「坊やは黙って視ているだけでいいわよ。坊やはルー同様、私にとって特別、他の有象無象うぞうむぞうなどと比較する意味もない」


 ルシィーエットが大きなため息をつき、頬を引きつらせつつ何とか苦笑を浮かべている。


「相変わらずだね。ディーナらしいと言えばそれまでだが。この子たちには何も伝わっていないよ」


 一向いっこうに構わない。仲介ちゅうかいしたいなら、ルシィーエットが好きにすればよい。ヒオレディーリナが認める者以外は、先ほど口にしたとおりだ。まさに有象無象にすぎない。セレネイアたちは、まさにそれに該当しているのだ。


 セレネイアはヒオレディーリナに圧倒されながらも、納刀状態にある皇麗風塵雷迅セーディネスティアを決して差し出そうとはしない。彼女の圧を何とかけようと意思の力をもってこらえているようでもある。


「ディーナ、セレネイアの魔剣アヴルムーティオをどうするつもりだい」


 ルシィーエットは分かっていながら尋ねている。ひとえにセレネイアのためでもある。有無を言わさぬ口調をもって差し出せと迫られているセレネイアにしてみれば、納得できるに足る理由がほしいのは当然だ。


「視れば分かるはず。ルーはあえて聞くのね。損な役回りなこと」


 ヒオレディーリナ自身、魔術に自信はない、興味はないと認めている。それは単に比較対象がルシィーエットであり、かつて共にした歴代の三賢者だからだ。本来のヒオレディーリナの魔力量は、少なくともマリエッタと同等と言えばよく分かるだろう。


「そこの娘が持つ一対の魔剣アヴルムーティオ、さらにセレネイアの魔剣アヴルムーティオ、この三振みふりはしくもそこの三姉妹と同様ね。特別に私が実演してあげる。真の魔剣アヴルムーティオの扱い方というものを」


 いぶかしく想いながらも、セレネイアはルシィーエットに視線を転じ、どうすべきかの判断をあおぐ。


 あの時、フィアは確かに言ったのだ。皇麗風塵雷迅セーディネスティアはセレネイアのためだけに鍛えられた魔剣アヴルムーティオだと。しかも、魔剣アヴルムーティオそのものの力を解放させるには、三姉妹が力を合わさなければならない特殊性も併せ持つ。


「問題ないさ。ディーナ以上に魔剣アヴルムーティオを巧みに操れる者を私は知らないよ。もちろん、レスティー殿を除いてね。セレネイア、試しに預けてごらん。そして、よく視ておくといい」


 ルシィーエットの言葉なのだ。信頼に足るだろう。それでもセレネイアは躊躇ためらわずにはいられない。一つは皇麗風塵雷迅セーディネスティアが特殊過ぎるがゆえに、一つはフィアを通してレスティーから授けられたものであるが故に。


「セレネイアお姉様、あのヒオレディーリナという方に託してみませんか。あの方は既にトゥウェルテナ殿の魔剣アヴルムーティオを制御下に置かれています。私が一時的にお借りしたイェフィヤがあの方に従っているのです」


 マリエッタの言葉に続いて、シルヴィーヌが後を引き取る。


「私もマリエッタお姉様に同意いたしますわ。ヒオレディーリナ殿は魔力量はマリエッタお姉様に匹敵、魔力制御においては私など足元にも及ばず、さらにはザガルドア殿にヴォルトゥーノ流の剣技を授けたとのこと」


 それが何を意味するかはセレネイアでも分かる。マリエッタもしきりにうなづいている。


 三人の話を聞きながらルシィーエットは改めて想った。


(末恐ろしいね。この三人が真の意味で成長した暁にはどうなっているだろうね。この目で視てみたいものだね。ただし、ディーナの魔力量は)


 ルシィーエットでさえ最初は読み切れなかったのだ。シルヴィーヌが感知できなくても仕方がないだろう。


「マリエッタ、シルヴィーヌ、分かったわ。託してみましょう。皇麗風塵雷迅セーディネスティア、お願いね」


 さやから抜刀ばっとう、両の手のひらに皇麗風塵雷迅セーディネスティアを静かに寝かせる。セレネイアは一切の魔力を注いでいない。にもかかわらず、ゆっくりと魔剣全体が震え始める。


≪仮初の名を持つ貴女の姉たちは私を認めたわ。皇麗風塵雷迅セーディネスティア、貴女はどう≫


 ヒオレディーリナは皇麗風塵雷迅セーディネスティアを一度も握っていない。ましてや魔力さえ通さず、所有者だと認めさせてもいない。


≪既に貴女は私の魔力に触れている。その振動が何よりのあかしよ。素直に受け入れなさい≫


 かつてない経験に皇麗風塵雷迅セーディネスティアが戸惑っている。


≪私が恐れている。そんな馬鹿なことが。主様でもないのに。でも、この魔力に害意はない≫


 魔剣アヴルムーティオと意思を通わせる方法は二通りしかない。


 一つはほぼ全ての者が行う方法だ。互いの魔力をぶつけ合い、馴染なじませ、魔剣アヴルムーティオに浸透させることで所有者だと認めさせる。


 もう一つは圧倒的魔力をもって魔剣アヴルムーティオを屈服させ、完全支配下に置く方法だ。


 ヒオレディーリナはもちろん後者であり、魔剣アヴルムーティオとの関係において常に上位に立ってきた。余談ではあるが、ヒオレディーリナが支配下に置けなかった魔剣アヴルムーティオは僅か一振りしかない。


≪分かったわ。姉様たちも認めているなら問題ないわね。私はどうすればいいの≫


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアの問いにヒオレディーリナは即答した。


≪私の魔力を受け入れたら、好きにしていいわ。風は自由であるべきよ≫


 風の存在意義を理解している者の言葉だ。皇麗風塵雷迅セーディネスティアにはそれだけで十分だった。


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアがセレネイアの手を離れ、勢いよく上昇していく。セレネイアはその様子を幾ばくかの寂寥感せきりょうかんをもって見つめている。


「坊や、借りるわよ」


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアの上昇につき従うかのようにして、一枚の花びらが揺られながら浮き上がっていく。


 今、宙に浮かぶヒオレディーリナを中心にして、右手下方にイェフィヤ、左手下方にカラロェリ、そして頭上に皇麗風塵雷迅セーディネスティアが位置している。


 すなわち、三振りの魔剣アヴルムーティオを頂点とする正三角形が宙に描き出されているのだ。


「ルー、久しぶりにやるよ。もちろん、ついてこられるならの話だけど」


 これがビュルクヴィスト辺りなら烈火のごとく怒って、魔術の一つや二つは放っていただろう。ヒオレディーリナだからこそ許される言葉でもある。


めるんじゃないよ。私を誰だと想ってるんだい」


 ルシィーエットが三姉妹の前に出て、そのままニミエパルドとケーレディエズにゆったりとした足取りで近寄っていった。

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