【2周年読み切り】兄弟になる二人 中編2

 一夜明けた。


 ザガルドアたちは秘密の通路を幾つも通り抜け、少年を治癒術師の居宅きょたくまでかつぎこんだ。応対に出てきた治癒術師は、たいそう迷惑な視線を浴びせつつも、少年に対しては速やかに治癒魔術を施してくれた。


 事前に話をつけているという言葉は嘘ではなかった。迅速に処置された結果、少年の傷はたちどころに平癒へいゆを迎えるに至った。ザガルドアたちが少年をかついで帰ろうとした際のことだ。治癒術師の吐き捨てた言葉が妙に印象に残っている。


「小僧、お前たちは何者なんだ。あの男ににらまれた私の身にもなってくれ。あの男に比べたら、王宮の兵士など可愛いものだ」


 用心に越したことはない。


 少年が着ていた高価な衣類などは全てぎ取り、掃き溜めで暮らすに相応ふさわしいぼろきれをまとわせていた。それでも、少年自身が持つ高貴さが消えるわけではない。


 治癒術師はきっと気づいていたはずだ。あえて触れなかったということは、やはりあの男のことが相当に恐ろしいのだろう。



「まあいい。俺には関係のないことだ。あいつが助かった。今はそれだけで十分だ」


 ザガルドアは警備隊から巻き上げた長剣を片手に、早朝の剣術稽古けいこをしている。剣術と言ってもあくまで我流、ゆえに真似事にすぎない。


 ザガルドアが急成長を遂げ、強者の一人に成り上がったきっかけがある。ちょうど一年前のことだ。どこからともなく、ふらりと現れた女剣士から剣の扱い方を教わった。


 女剣士は気紛きまぐれなのか、いつ現れるか見当もつかない。毎日やって来ることもあれば、数週間にわたって留守にすることさえある。



「坊やにはまだその剣は早いわ。身体はもちろん、膂力りょりょくが追いついていない。だから、まずは膂力をつけなさい。剣を振るうのはそれからよ」


 昨日から幸運続きだ。


 ザガルドアは親しみのこもった笑みを浮かべ、女剣士を迎える。いつものように薄汚れた長衣ちょういを無造作に纏っている。靴は履いているものの、あちらこちらがすり切れていた。


「お姉さん、やっと来てくれたね。この剣、やはりだめか。振りにくいと思っていたところだったんだよなあ」


 この女剣士を目の前にすると、なぜか年齢相応の口調に戻ってしまう。


 見た目だけなら実に若々しく見える。明らかにここに来るためだけに汚い衣類を着ているようにも感じられる。実年齢はザガルドアも知らない。恐ろしくて聞くわけにもいかない。


「お姉さん、じゃないでしょう」


 二人のいつものやり取りだ。初対面時、女剣士はザガルドアに一つだけ要求した。自分を呼ぶ際の呼称だ。


「ああ、分かっているよ。美しいお姉さん、今日はどんなことを教えてくれる」


 女剣士が思案している。面倒を見るともなしにここまで一年余、彼の剣に対する姿勢をうかがってきた。


(素直な剣、そしてぶれない剣、この年齢にして大人顔負けでもあるわ。私が伝えられる流派は唯一、それが適正なのか分からない。坊やが成長してから見極めるしかない。それでよいわよね)


 誰にともなく尋ねるような心のつぶやきだった。


「そうね。手にしているその剣が身体の一部として自由自在に扱えるようになった時のために、一つだけ剣技をさずけてあげるわ」


 女剣士が宙に向かって右手のひらを差し出し、何やらささやく。ザガルドアには何を言っているのか全く理解できない。それでも、何をしているかぐらいは分かる。


「美しいお姉さん、貴女は魔術師だったのか」


 即座に否定の言葉が返ってくる。


「違うわ。簡単な初級魔術など誰にでも使えるものよ。坊やだって、正しい訓練さえすればね。それに、私は魔術があまり好きじゃないの」


 おもむろに手のひらを閉じる。空間から現出したのは醜悪しゅうあくな姿をした魔獣のたぐいだった。無論、本物ではない。魔術で創り上げただけの、いわば張りぼての存在だ。


 ザガルドアが驚きのあまり、頓狂とうんきょうな声をあげている。女剣士は滅多に見せない笑みを浮かべ、ザガルドアのために補足した。


「大丈夫、坊やを襲って食ったりなどしないわ。これは魔術の産物、ただし生命を持たないで、それ以外の要素は完璧よ。これの特徴は恐ろしく強硬度の肉体ね」



 女剣士が左脚を大きく引いた。おのずと前方に突き出される恰好の右脚は、ひざ部分で正しく直角に折れ曲がっている。かなり低い姿勢を維持している。


「一度だけ実践で見せてあげる。坊やはその目にしっかりと焼きつけて、繰り返し剣を振るいなさい」


 女剣士がザガルドアの前で初めて長衣を脱ぎ捨てる。ザガルドアは言葉を失うしかなかった。この世のものとは思えないほどの美しさに圧倒されている。


(済まない、シェルラ。俺は今、美しいお姉さんの前にひれ伏したいぐらいだ)


 意匠いしょうらした美しいさやが右腰に吊り下げられている。ザガルドアは瞬時に気づいた。


「美しいお姉さん、左利きだったのか」


 つかにかかった左手が軽やかに、しなやかに動き、鞘から剣が抜き放たれる。鞘走さやばしる剣身が、差しこんでくる朝の光を浴びてきらめきき散らす。


 そこからの流れはまさに一瞬、さながら優美な芸術作品を鑑賞しているかのようでもあった。


 剣が左後方最下段に置かれるや、切っ先が地をうがごとく進んでいく。剛性ごうせいたるやいばは決して曲がったりしない。


「馬鹿な。剣身がたゆんでいるだと。いったい、どういうことなんだ」


 言葉はむなしく空へと消えていく。


 地を這う剣が魔獣の右下半身へと接近、激突する寸前で大きく軌道を変えた。女剣士の手首が柔らかく稼働かどう、最小限の力をもって真下を向く切っ先が斜め上昇へと転じる。さらに後方へと大きく引いていた左脚をここで踏み込む。


剣軌けんきを追い続けなさい」


 同時に直角に曲げていた右膝が瞬時に伸び上がる。


 踏みこみと伸び上がり、この二つの勢いを一気に乗せて、剣が魔獣の右腰部分から左肩へと音もなく優雅にり上がっていく。


「嘘、だろ」


 ザガルドアは信じられないものでも視せられたかのように、口を大開きにして固まってしまっている。


間抜まぬづらはよしなさい」


 女剣士は小言も忘れない。直接視認せずとも、ザガルドアがどんな反応を示しているか、手に取るように分かっている。


 左肩を抜けきった剣は、今や最上段にある。すなわち、剣を手にする左腕が伸びきった状態だ。そこからの動きは、もはや常人では追えないほどに素早かった。一瞬のすきも与えない。与えたら敗北必定ひつじょうだからだ。


 左手首をわずかに左にひねる。剣身をひるがえす動作に他ならない。


 このままの姿勢では、剣をまともに振るえない。身体をもとの位置に戻さなければならない。速やかに右脚を左脚のやや後方へと移動、伸び上がった状態の右脚を整えた。


「これで仕上げよ」


 一呼吸の後、女剣士が握る剣は魔獣の右肩上部に食いこみ、加速しながら斜め袈裟けさに落ちていく。


 かくして、剣は魔獣の左腰部分から斬り抜け、ここに女剣士の剣技は成就じょうじゅをみた。



「最下段より斬り上げ、すぐさま剣軌を変えて最下段へと斬り下げる二段構えの剣技よ」


(こんな凄まじい剣技、初見で覚えられるわけないだろ。俺は素人しろうとなんだぞ)


 喉元のどもとまで出かかっていた言葉を必死にみ込む。ザガルドアをいとしそうに見つめてくる女剣士の瞳がそうさせていたのは間違いない。


「二度と見せないわよ。体得してみせなさい。次に逢った時の楽しみにしているわ」


 まるで別れの言葉のように聞こえる。ザガルドアは思わず尋ねかけていた。


「美しいお姉さん、どこか遠くに行ってしまうのか」


 寂しそうな表情を浮かべるザガルドアを気の毒に思ったか。少しばかりの笑みを浮かべる。


「大切な用事があって、少しだけここを離れるわ。またすぐに逢えるわよ。それまで、決してさぼらずに稽古を続けるのよ」



 女剣士はここに来た時から気づいていた。こちらの様子をじっとうかがっている男がいることに。その男は物乞ものごい同様の姿で、掃き溜めの中に違和感なく溶け込んでいる。


 文字どおり、同化していると言ってもいいだろう。恐らく、ここに住まう者でさえ部外者だとは気づかない。それほどまでの気配の消し方だった。その証拠に、ザガルドアも存在に気づかないでいる。


「坊や、私の指差す方を凝視しなさい」


 女剣士から見て後方、ザガルドアからすれば左手前方のやや広めの空間、その左側に伸びる道端の一角だ。ザガルドアは言われたとおり、女剣士が示す方向に視線を走らせ、目をらす。


 最初は何も視えない。気づかない。およそ一メレビルったか。凝視する甲斐があったというものだ。なぜか、朧状おぼろじょうに大気が揺らめいているのだ。


とらえたわね。これを持って、あの者の前に立ちなさい。それからこのように言うの。用心棒、ツクミナーロ、とね」


 女剣士がザガルドアに一枚の金貨を手渡す。金貨と言っても、貨幣としての価値があるわけではない。


 金貨の表面には見たこともない三種の紋様もんようらしきものが刻まれている。ひっくり返して裏面も見てみる。こちらも同様、三種の図柄だ。それが何かはザガルドアにも理解できた。


「表は分からないけど、裏は矢が三本だ。美しいお姉さん、これにはどんな意味が」


 顔を上げた時には、女剣士の姿はき消えていた。先ほどまで立っていた場所からは、もはや気配さえ感じられない。ザガルドアは大きくため息をつくしかなかった。


「ああ、またかよ。ほんと、いつも、いつもだよなあ。もっと話したいことが山ほどあるのに」


 愚痴ぐちこぼしたところで詮無せんなきことだ。ザガルドアは気を取り直すと、朧状になっている一角へと歩を進めた。


(俺が来るのを待っているのか。逃げようともしないな)


 大気の揺らめきの前にザガルドアが立つ。不思議と恐怖心はなかった。敵意が一切感じられない。


(油断するな。これが何か分からないんだからな)


「これを渡せ、と言われた」


 ザガルドアは手にしていた金貨を揺らぎの中へと下から投げ入れる。落下音がしない。どうやら、おのが目で捉えられない何かが受け取ったのだろう。


「それから、こう言え、とのことだ。用心棒、ツクミナーロ」


 いささかも反応が返ってこない。ザガルドアももとより期待はしていない。


「確かに伝えたからな。俺は戻る」


 ザガルドアはすぐさまきびすを返して去っていく。一刻もこの場所から離れたい。その想いがにじみ出ていた。


 大気の揺らめきがゆるやかになっていく。ゆっくりと姿を見せた男がザガルドアの背中を見つめつつ、僅かに口角こうかくを上げた。


(これを有するということは。なるほど、あの者がそうであったか。よかろう。私にとっては行きけの駄賃だちんにすぎぬ。それに、あの者に貸しを作る機会でもある)


 再び大気が揺らめき、まばたきのうちに男の姿が失せていく。そして揺らめきが消えた時、そこには何の痕跡こんせきも残されていなかった。



「見事な腕前だな。そなたはヴォルトゥーノの剣技を操るのだな」


 いつの間にやって来たのだろうか。崩れた石塀いしべいの上に少年が腰を下ろしている。


「おう、傷は完全にえたようだな。よかったぜ。ところで、お前、その言葉遣いは何だよ。俺は貴族だと言いふらしてるようなもんだぞ」


 満面の笑みで少年を迎え入れたザガルドアは、相手が貴族だろうとお構いなしに気さくに話しかける。この掃き溜めにおいて、身分など何の役に立つだろうか。まさに弱肉強食、弱者から死んでいく苛烈かれつ極まりない世界なのだ。


「そ、そうか。私は」


 すかさずザガルドアが口を差し挟む。


「違う。俺は、だ。私なんて使う奴は一人もいないぜ。貴族のお前には分からないだろうがな、ここでは汚い言葉ほど馴染なじむんだ。覚えておけよ」


 ザガルドアにしては珍しく、人懐ひとなつこい、まさに親しみのこもった笑みを浮かべている。この掃き溜めにおいて、シェルラにだけ見せるものだった。


「そのうち慣れるさ。ところで、お前の言った、ヴォル、何だ、その変な名のついた剣技って」


 少年が怪訝けげんな表情を浮かべ、ザガルドアを凝視してくる。明らかに、その目が、本気で言っているのかと告げている。


「俺の剣は我流だ。まさかお前、ここで暮らす奴らに剣術道場に通えるだけの余力があるとでも思っているのか」


(私は本当に何も知らないのだな。このような場所が人の暮らすところだと言うのか。だが、この者はまぎれもなくこの地で生きている。あの一瞬、目が合った時に感じたとおりだ。この者の目は力強く、前だけを見つめている)


「いや、我流も何も、先ほどの女剣士が見せた剣技は、紛れもなくヴォルトゥーノ流奥義の一つだぞ」


 あごに手をやってザガルドアが思案している。それも束の間だ。


「どうでもいいことだな。あの美しいお姉さんは、単なる気紛れで教えてくれただけだ。俺にとって、剣は己の命を守る武器にすぎん。それよりも、お前のことを聞かせろよ」


 ザガルドアが少年に近寄っていく。小声でささやく。


「場所を変えるぞ。聞き耳を立ててている奴らがいる。お前、まずいだろ。ついてこい」


 入り組んだ狭小きょうしょうな通路を何度も曲がり、時には引き返したりしながら歩くことおよそ十五メレビル、ようやくザガルドアにとっての安全地帯に入ってきた。


 少年はあらゆるものが珍しく、新鮮に映るのだろう。せわしく視線を動かし、その都度、ザガルドアから警告を受ける羽目になっていた。



「着いたぞ。ここが俺たちの秘密基地だ。俺たちと言っても、俺以外には少年警護団の四人だけだがな」


 ザガルドアによると、少年警護団と呼べる者は四人で、他にも十数人の遊軍ゆうぐんがいるらしい。


「こいつらに礼を言っておけよ。死を覚悟しながら、お前を大通りの治癒術師のところまで運びこんだんだからな」


 ザガルドアが笑いながら真実の言葉を突きつける。少年にとって、それはあまりに予想外だったのだろう。少年警護団の四人を順に見回し、それから深々と頭を下げる。


「心より礼を申す。私の命が助かったのは、そなたたちがいてくれたからだ。これほど世話になったにもかかわらず、今の私には謝礼一つもできぬ。どうか許してほしい」


 反応が全くない。当然だろう。四人にとっても、また予想外だったのだ。


 耳慣れない言葉が少年の口をついて出てきたことで呆然と立ち尽くしている。一方のザガルドアは今にも笑い出しそうなところを必死にこらえている。


「なあ、お前、その言葉遣い、何とかしろよ。ここで生きていくなら、今すぐ改めろ」


 真っ先に正気に戻り、口を開いたのはシェルラだった。シェルラは常にザガルドアに最も近い位置に立つ。彼女にだけ許された距離感だ。


「先に紹介しておくぞ。シェルラだ。それから、そっちの男連中が右からダルタス、ベネレイド、ミルジェリオだ」


 シェルラは表情一つ変えず、軽く頭を下げるのみだ。男三人は歯を見せながら陽気に笑いかけ、よろしくな、と言葉をかけていく。


 少年も、こちらこそよろしく頼む、とかしこまって言うものだから、その度に秘密基地内に笑い声が響き渡る。少年はもちろん、ザガルドアも苦笑しきりだった。


「お待ちかねの時間だ。さあ、お前のことを話せ。もちろん、言いたくないことは言わなくていい。だが、言葉には責任を持て。つまりは絶対に嘘をつくな。嘘をつけばすぐに分かるぞ」


 少年はザガルドアの言葉に耳をかたむけ、ゆっくりと頷く。


(こいつ、いい目をしてやがる。決してあきらめていない目だ。だからこそ、惹かれたのかもしれないな)


 それからおよそ一ハフブル、少年は嘘偽うそいつわりなく、全てをザガルドアたちに語って聞かせた。


 危険を承知のうえで身分まで明かしたのだ。それはひとえに命の恩人たちに対する最低限の礼儀だったのだろう。



 少年が話し終えても、誰一人として口を開こうとはしない。いや、できないと言った方が正しいだろう。ザガルドアたちにとってみれば、あまりに常軌を逸した事実だったからだ。


 王宮内で、きな臭い話が出回っていることぐらいはザガルドアでも知っていた。その手の噂の大半はこの掃き溜めの地にも入ってくる。その時には尾ひれ背びれがついた、どこに真実があるかも分からない状態だ。


 この少年、イプセミッシュと名乗った彼の言葉は、紛れもなくその中にいた当事者の言葉だ。疑う余地はなかった。


「とんでもない話だな。よし、今日を最期にイプセミッシュの名は捨てろ。そうだな。お前はファルディオだ。俺が弟のように可愛がっていた奴だった。死んだ奴の名はいやだったか」


 イプセミッシュはただ黙したまま首を横に振る。


「イプセミッシュ、よく聞け。お前はもはや貴族でも何でもない。俺たちと同じ、ただの人だ。そして、今この時より俺たちは兄弟になった。お前の夢は俺たちが叶える。そして俺たちの夢はお前が叶える。何年かかるかなど分からない。ただ光を求め、力をつけていくだけだ」


 こうして、イプセミッシュは大切な名前と身分を隠し、少年警護団の一人に加わった。ザガルドアが仮の名として可愛がっていた弟分の名を与えたのは、きっと真のファルディオが取り持った縁だったのだろう。


 イプセミッシュがダルタス、ベネレイド、ミルジェリオの順で抱き合っていく。今まで味わったことのない、力強い兄弟の愛を感じつつ、思わず涙がこぼれそうになる。


「悔しいだろう。哀しいだろう。泣きたい時は泣けばいい。ここにいる奴らは気持ちのいい連中だ。誰もお前を責めたりしない」


 ザガルドアはそっぼを向いてしまっている。彼は他者が流す涙を見るのが好きではないのだ。


「今のその涙を決して忘れるな。そして、いつか必ず嬉し涙に変えるんだ」


 三人と抱き合った後、シェルラのもとへ向かうも、そこはザガルドアが許さない。


「シェルラは駄目だぞ。俺の女だからな」


 また始まったよ、とばかりにダルタス、ベネレイド、ミルジェリオの三人がイプセミッシュの肩を叩いてくる。


「握手では駄目か」


 ここに入ってきた時からイプセミッシュは気づいていた。二人の関係が特別なものであることに。


(よいものだな。私にもいずれこのような女性が現れるのだろうか。それもこれもここで生き抜いて、王宮に戻れたらの話だな)


 ザガルドアの了承をもって、シェルラと握手を交わし、最期にザガルドアと抱き合う。


「イプセミッシュ、強くなれ。俺たちも強くなる。俺たちはこの先、ずっと一緒だ」


 イプセミッシュの瞳から止めどなく涙が流れ落ちていく。ザガルドアはその涙が収まるまで、決してイプセミッシュを離さなかった。




 それから、およそ十年の歳月が流れた。

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