【2周年読み切り】兄弟となる二人 前編
かれこれ二十年も前の話になる。
彼自身、物心ついた頃には既にこの中で生き抜くことを余儀なくされていた。親兄弟の存在はもちろんのこと、正確な年齢さえ分からない。仲間内では、およそ八歳で通っている。
今では少年ながらに、この裏路地を仕切る強者の一人になりつつあった。
それらは決して私利私欲のためではない。この掃き溜めで暮らす、かつての己のような弱者、大人から見放され、一切の手を差し伸べられない者たちを救うためだった。その行為が自己満足でしかないことを彼は十二分に理解している。
この地における彼の名をザガルドアと言った。それが本当の名前かどうかさえも分からない。
ある日、ザガルドアは手足のように使っている年下の子供連中から熱心な報告を受けているところだった。彼らは裏路地に入り込んだ不審者を取り締まる、少年警護団と呼ばれる
路地裏で暮らす者たちは、ほぼ皆が
ザガルドアは
いくら、ザガルドアがこの裏路地を仕切る者の一人だと言っても、金目のものは早い者勝ちだ。それがこの掃き溜めで暮らすうえでの暗黙の了解事項でもある。横から見事にかっさらっていく連中がどれほどいるのか見当もつかない。
ザガルドア自身、最初はどこかの金持ちが迷いこんだのだろうと気軽に考えていた。少年警護団に周囲を見張らせて、ゆっくりとごみ捨て場に近づくと慎重に中を
(何だ、これは。着ているものこそ上等だが、切り裂かれていやがる。明らかに剣によるものだ。こいつ、貴族か。しかも、そこら辺のぼんくらじゃなさそうだな)
面倒なことになりそうだ。悪い予感は往々にして当たる。
「ザガルドア、まずいぞ」
少年警護団の一人が警告を発する。
路地裏から大通りへと抜ける交差路に物々しい男たちが複数集まっている。その内の一人の男がこちらに視線を向けている。男を中心にして、何やら話しこんでいるのがここからでも分かる。
(やはり面倒事の種だったか。このまま捨て置く。いや、それができる状況じゃないな)
ザガルドアにとってみれば、全くの赤の他人だ。わざわざ危険を冒す必要性は皆無だ。にもかかわらず、この少年を見捨てられなかった。
貴族などと関われば、ろくなことにならない。十分すぎるほど分かっていながらも、心の奥底からこの少年を助けろと訴えかけてくる。ザガルドアが大きなため息をつく。
「はあ、仕方ねえな。お前たち、奴らとの交渉事は俺が引き受ける。余計なことは言うんじゃねえぞ。黙って俺に従え。いつもどおりにやるだけだ。絶対に
少年警護団の面々はザガルドアが
物々しい連中が走って向かってくる。見るからに頑強な
先頭の二人が即座に
(やはり狙いはこいつか。相当に訓練されている奴らだ。下手すると瞬殺されるな)
先手を打つに限る。ザガルドアはこの年齢にして、大人相手の交渉術にも
(相手に先手を取らせるな。常に主導権を握り続けろ)
自分自身に強く言い聞かせる。
「こんな掃き溜めでいったい何の訓練なんだ」
相手が剣の間合いに入る前に言葉を投げる。男たちは子供だと完全に
「そんな
大袈裟に語りながらザガルドアは
「そうだぜ。あんたたちが何者か知らないけどさ。とっとと大通りに戻った方がいいぜ」
少年警護団の面々が言葉を連ねていく。打ち合わせも何もなしだ。普段からこうなのだろう。
「あんたたち、気づいていないなら警告してやるよ。ほら、
周囲への警戒からか、男たちの視線が
この時、ザガルドアは全く気づかなかった。少年警護団の者たちが投げかけた言葉は正しい。
周囲に
それでも剣と鎧で装備を固めている五人たちからすれば、掃き溜めにいる犯罪者など、ものの数ではない。乱戦になったところで負けるはずもない。その自信があったのだろう。
ザガルドアが一歩踏み出すと同時、先頭の二人が剣を構え直すと、彼らもまた一歩踏み出そうとした。
(ちっ、さすがに訓練された奴らだ。隙を与えてくれないか)
ザガルドアは既に踏み出してしまっている。先頭の二人が一歩踏み出せば、そこは剣の間合い、すなわち、ザガルドアにとって致命の間合いと同義だ。
踏み出そうと宙に上げた男たちの脚がそこから全く動かず、妙な態勢のまま固まってしまっている。手にする剣は小刻みに震え、剣身からの乱反射が目まぐるしく
後ろにいる三人は立ってさえいられないのか、腰が砕けたかのごとくしゃがみこんでしまっている。
ザガルドアがこの好機を逃すはずもない。
「おいおい、あんたたち、いったいどうしたんだよ。まあ、とにかくだ。その物騒な剣を仕舞ってくれよ。話ならこの俺が聞くからさ。こう見えて、俺はこの辺では
屈託のない笑みを見せるザガルドアを前に、男たちから毒気が抜けていく。そのためか
「あ、ああ、済まなかったな。坊主、お前がこの辺の顔利きなのか。ならば、尋ねたい」
男たちの語る言葉にザガルドアは
彼らは王宮から
「じゃあ、そう遠くには逃げられないな。しかも傷を負ってるんだろ。それこそ血の跡でも追えば、すぐに捕まえられるんじゃないか」
男たちは状況を冷静に把握しているザガルドアに感心したのだろう。大いに頷き、彼を見る態度が一気に変わった。
「坊主、いや少年よ、我らはここら一帯に関して
(この馬鹿どもを連れ回して、金目のものを巻き上げるのもいいな。俺の手には奴らの目くらましになるものもあることだしな)
男たちの次の言葉が決め手だった。
「もちろん、ただでとは言わぬ。案内料は無論のこと、もしも反逆者を見つけ出せたなら、たっぷりと褒美を取らそう」
話はまとまった。その間、ザガルドアは後ろに回していた手をしきりに動かし、少年警護団の者たちに合図を送り続けていた。
「よし、じゃあ俺についてきてくれ。幾つか思い当たる場所があるから案内してやるよ。それから俺からはぐれないようにしてくれよ。一度迷いこむと、絶対に抜け出せない場所もあるからな」
笑いながら
「俺一人で案内する。お前たちは散っていいぞ」
それが行動開始の指示でもある。ザガルドアは五人の男たちがついてきているかも確認せず、一人進んでいく。
「あ、おい、待ってくれ。こっちは重装備なんだ。少年のように身軽ではないんだぞ」
背後から文句が聞こえてくる。ザガルドアは男たちの声を完全に無視して足早に路地裏の奥へと急いだ。
少年警護団の者たちも既に
(よし、これぐらい距離を稼いでおけば大丈夫だろう。あとはあいつらに任せておけば安心だな)
引き離したことを確認したザガルドアがようやく歩調を
「なあ、それってそんなに重いのか。いかにも頑強そうだけどさ。持っている剣で
ザガルドアからしてみれば、心底どうでもよい会話だ。それをする目的はただ一つしかない。会話の中から相手の心をくすぐる部分を探り出し、心理的に優位な状況を作り出す。
(こいつらが魔術師でなくて助かったぜ。この状況、圧倒的に俺に
ザガルドアはほくそ笑んでいる。今の表情をこの男たちに見せたらどんな状況になるだろうか。さぞかし
(だが、油断はできない。こいつらは俺を一瞬にして殺せる武器を持っている。まずはそいつを無効化させないとな)
ザガルドアは入り組んだ路地裏の狭い道を奥に進みながら、どこに
(よし、決めた。ここからなら、あの場所しかないな)
ザガルドアの姿が見えなくなってから、およそ十メレビル経った頃だ。散っていったはずの少年警護団の四人が再び姿を現していた。女が一人、男が三人だ。
ザガルドアから受けた合図は、次のようなものだった。
合図と共に解散、適切な時間経過後に再び集合し、ごみ捨て場の少年を回収、地下の隠し部屋に
「おい、お前、生きてるか。生きてるなら、何とか言ってみろ」
男の一人が木の枝先で少年を脇腹を小突きながら反応を待つ。
「反応がないな。こいつ、死んでるんじゃないのか」
こういう時は女の方が確実に役立つ。ごみ捨て場に捨てられた少年の顔に自身の顔を近づけ、呼吸の有無を確かめる。
「生きてるよ。呼吸してるけど、かなり浅いね。放っておくとすぐに死ぬよ。お前たち、手を貸しな」
四人で協力して少年を
「やはり、ここでしたか。あの坊主には、してやられましたね。これだから警備隊の馬鹿どもは、と愚痴を言っても仕方がありませんね。見つけ次第、速やかに殺せとの厳命です。悪く思わないでください」
男の唇が震えている。明らかに呪文の詠唱だ。慌てた四人が少年から手を放してしまう。
「くそ、魔術師だ。逃げろ、お前たち」
「だ、だめだ、動けない」
男三人の情けない声が響き渡る。
男の呪文はすぐさま成就を迎えた。魔術発動の
目の前の四人はもちろんのこと、少年の命はまさに風前の
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