第321話:藍碧月に連なる者たち

 根元色パラセヌエまとうことで姿形すがたかたちを保持できている。


 はるか昔に実体を失ってしまったその者は、輝きの中で揺らめきながら、ビュルクヴィストとエランセージュの前に静かに降り立った。


「なるほど。そなたたち二人には、我がそのようにえているのだな」


 いぶかしげな視線を向けてくるビュルクヴィストに応じる。


根元色パラセヌエが有する力の一つだ。そなたたちの目にうつる我の姿は、そなたたちが心より敬意を払うべき者となる。偶然ぐうぜんにも、そなたたちの像が重なったにすぎぬ」


 立ち上がったエランセージュが問い返す。


「では、あちらのお二人は」


 レスティーではない、うり二つの姿が答える。


「無論、そなたたちとは異なるものが視えている」


 具体的に誰なのかは教えてくれない。正直なところ、エランセージュも興味はない。本当に知りたいことは別にあるからだ。


「それにしても、見違えるほどに成長したものだ。我が子エランセージュよ。そなたがこの聖域に迷い込んだのは、五歳にも満たない頃であったか」


 エランセージュは過去を思い返している。ほとんど記憶に残っていない。五歳だったかどうかもおぼろげだ。そもそも、なぜ迷子になってしまったのかも分からない。


 あの時のことで覚えていることといえば、ただ一つだ。誰かに名前を呼ばれた。その声に導かれ、気づいた時には、この聖域内部に辿たどり着いていた。


「私には、あの当時の記憶がほとんど残っていません。全てがうつろな中にあります」


 鷹揚おうよううなづいてみせる。


 根元色パラセヌエを纏った者には、相対する者の心がけて見える。これも根元色パラセヌエの力の一つと言えよう。


(我が子エランセージュの我が神に向ける想いは、まずは畏敬いけい、次に憧憬しょうけい、次に畏怖いふ、そして。我が神も罪作りな御方だ。決して、いや、それは我が語ることでもない)


「我は聖域の管理者として、引き継ぐに相応ふさわしき者を探し求めてきた。我が呼びかけに応じ、さらにはこの聖域に足を踏み入れることのできる者をな」


 エランセージュがいささか青ざめている。


「我が子エランセージュよ、心配するでない。仮にそなたを後継者としたくとも、我の一存ではできぬ」


 大きく息をく。一目でわかるほどに、ほっとした表情をあからさまに浮かべている。


「我が子エランセージュは面白い。よほどいやなようだ」


 苦笑している姿を前に、エランセージュは恐縮しきりだ。


「い、いえ、決してそのようなことは」


 エランセージュには二つ聞きたいことがある。そのうちの一つを尋ねる。


「お聞きしてもよろしいでしょうか」


 頷きを待って、エランセージュが言葉をつむぐ。


「先ほどから、私のことを我が子とおっしゃっておられますが、私は貴方様を存じ上げません。どういうことなのでしょうか」


 レスティーではないことをいち早く見抜いていたビュルクヴィストは、蚊帳かやの外状態をさいわいとばかりに、意識をモレイネーメに切り替えていた。


 今の彼女は、ビュルクヴィストでさえ太刀打たちうちできないほどの膨大な魔力で包み込まれている。


 ゼーランディアとガドルヴロワは、モレイネーメのそばから離れない。触れようと思えば、簡単に触れられる位置に立っている。


 二人の手が届くことは決してない。み渡った魔力質が、魔霊人ペレヴィリディスとしての二人を遠ざけているからだ。


(この魔力質、どこかで感じたような。おかしいですね。一度た魔力質は、決して忘れません。その私が思い出せないなど、ありるのでしょうか)


 ビュルクヴィストは頭を悩ませながら、一方で己が矮小わいしょうな存在であることも認識している。矮小という言葉は卑下ひげしすぎかもしれない。


 実際、ビュルクヴィストは主物質界において、比類なき賢者であり、レスティーのような超越者や数千年を生きる長命な純エルフのごく一部を除けば、まごうことなき叡智えいちの最高峰と言っても過言ではない。


≪我が子ビュルクヴィストよ、そなたもまた我が後継者になりうる存在だ。そなたの思慮深しりょぶかき叡智があれば、長きにわたって聖域は安定するだろう≫


 エランセージュと問答しているはずなのに、並行して魔力感応フォドゥアが来た。


≪私もエランセージュ嬢と同じですか。ですが、私は貴方の呼びかけが聞こえたわけではありません。さる御方の許可を得て、この時空の王笏ゼペテポーラスを用い、この地に参ったに過ぎないのですから≫


 一度の往復だけで魔力感応フォドゥアは強制的に切られる。


「では、答えよう。そなたたちが聞きたい、もう一つの問いとあわせてな」


 ビュルクヴィストとエランセージュ、二人にえていた姿が消えていく。


 根元色パラセヌエ時空の王笏ゼペテポーラスの先端に集い、宝玉ほうぎょくを支える八つの立て爪を輝かせた後、静かに吸収されていった。


 ここからは、再び魔力感応フォドゥアでの応答となる。


≪まずは、そなたたちを我が子と呼んだ理由だ。そなたたちだけではない。あの娘、モレイネーメもまたそうだ。なぜなら、そなたたちは全て藍碧月スフィーリアつらなる者だからだ≫


 ビュルクヴィストでさえ理解できなかった。


 彼は先代スフィーリアの賢者だ。藍碧月スフィーリアの力を受け継ぐ賢者であり、彼だけならまだわかる。エランセージュやモレイネーメは全く関係がない。


≪我が子ビュルクヴィストよ、関係がないと思ったな。それは違う。賢者である必要など、どこにもない。そなたが弟子に迎え、おのが力の一部を授けさずたのであろう。ならば、その二人も連なる者に違いないのだ≫


 エランセージュが遠慮がちながらも、否定の言葉を返す。


≪私はビュルクヴィスト様の弟子ではありません。一時的に魔術指導をあおいだに過ぎません。私が連なる者など、おそれ多いことです≫


 真っ先に反応したのはビュルクヴィストだ。ため息混じりの彼が、やや立腹しているように見えるのはなぜだろうか。エランセージュは責められているような気分になっている。


「エランセージュ嬢、何度も言いますが、貴女はもっと自分に自信を持ちなさい。ばかりが強い魔術師が多い中、確かに貴女の存在は希少きしょうであり貴重ではあります。しかしながら、実力に見合う自信も、魔術師には絶対かせないのですよ」


 実力に見合わない過剰かじょうな自信が悪なら、その逆もまた悪でしかない。実力がありながら、相応ふさわしい時と場所で、自信がないという理由から発揮できない。魔術師としての資質や適格性が疑われても仕方がない。


≪我が子エランセージュよ、よき師を持ったではないか。まさしく、我が子ビュルクヴィストの言ったとおりだ。何よりも、そなたはここ数百年において、我が呼びかけに応じた唯一の存在だ。管理者適正のみなら、そなたこそが相応しいと言えような≫


 ビュルクヴィストの言葉、さらには魔力感応フォドゥアを受け、エランセージュはようやく覚悟を決められたか。いや、むしろあきらめの境地かもしれない。


 無意識下で、右手首の瑠璃涼氷麗満輪フロレジュリエに触れている。もはやくせになりつつある。こうしていると心が落ち着くのだろう。


≪あえて、もう一つ加えるならば。それだ。そなたが今まさに触れている右手首の秘宝こそ、藍碧月スフィーリアに連なる者のあかし


 エランセージュはいとおしそうに瑠璃涼氷麗満輪フロレジュリエを見つめている。


≪幼きそなたが我が声に応じられたのは、その瑠璃るりの瞳と髪が要因かもしれぬな。瑠璃はそもそも藍碧らんぺきより分かたれた色なのだ≫


 エランセージュは瑠璃の瞳と髪をもって極寒ごっかんの地で生まれた。


 この地に生まれる子供のほぼ全てが、色素のうすい青の瞳と髪を有する。極めて鮮やかな瑠璃色など、まず見られないものだった。


 両親の深い愛にはぐくまれたエランセージュは幼い頃から魔術適正が高く、水氷、とりわけ氷の力が群を抜いてすぐれていた。


 彼女の人生の転機となったのがほかならぬモレイネーメであり、エランセージュの内包する魔力量を見抜き、封印したのもモレイネーメだった。


 さらに、モレイネーメは破門されたとはいえ、一時期はビュルクヴィストの正式な弟子でもあった。


 こうして、先代スフィーリアの賢者ビュルクヴィスト、モレイネーメ、エランセージュのえにしつながっていたのだ。


≪誠に不思議な縁よ。そなたたちはまぎれもなく藍碧月スフィーリアに連なる者なのだ。ゆえに我も名乗ろう≫


 ここに来て、ビュルクヴィストはようやく気づく。もっと早くに気づいていてもおかしくなかった。モレイネーメの過去語りの中に、答えを導き出す言葉があったではないか。


「私としたことが、何たる迂闊うかつ、目の前に提示されていたではありませんか。貴方様がいったい誰なのか」


≪そうだな。我が子ビュルクヴィストよ。そなたなら、もっと早く気づくかと思ったが≫


 ビュルクヴィストはやや項垂うなだれ気味だ。


 エランセージュは瑠璃の瞳を輝かせながら答えを待っている。


≪我は藍碧月スフィーリア始源しげんの力を与えられし者にして、初代スフィーリアの賢者ことキアラルヴュル。悠久ゆうきゅうの時をて、そなたたちを待っていた≫

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