第305話:セルアシェルを想う二人の気持ち
いったん言葉を切って、今度はディリニッツに問いかける。
「それで問題ないわよね。早い方がよいわ。発動して」
完全にヴェレージャ主導で
ディリニッツは慣れているのか、それとも
「ミリーティエ殿、よろしいでしょうか」
ディリニッツがいかにも申し訳なさそうな表情で
「ええ、構いませんよ」
(ゼンディニア王国が誇る十二将は女上位といったところでしょうか)
初めてザガルドアたちと
ザガルドアとイプセミッシュ、二人の中に入っても違和感なく、むしろ気心の知れた友人のごとく振る舞う彼女を見ながら、強い、そして
「ミリーティエ殿、そこを動かないでください」
ディリニッツの
「これで外部から
セルアシェルを背にする形でヴェレージャがその場に座り込む。
「お、おい、本当に
何を今さらといった
「当然でしょう。不都合でもあると言うの」
さも面倒そうに言葉を返す。ディリニッツは明らかに
「い、いや、私は男だぞ。セルアシェルの肌を見るのは」
途中で強引に
「ああ、もううるさいわね。だったら、こうしてあげるわ」
ヴェレージャは右手を軽く真横に走らせる。いつのまに準備していたのか。指先に異様なまでの魔力を凝縮、ディリニッツに向けてすかさず
「大気を
興味深そうにミリーティエが問うてくる。彼女には、セルアシェルの服を脱がせること以上に、ヴェレージャの行使した魔術の方が圧倒的に気になっているのだ。これもまた高位魔術師としての
「ええ、風の精霊です。ディリニッツが
風が
事もなげに言い放ったヴェレージャにミリーティエも
「
いきなりミリーティエが語り始めたので、ヴェレージャはあっさり無視することに決めた。命の恩人たる賢者の扱いがこれでよいのかと思えるほどだ。
「ミリーティエ殿、早く手伝ってください。お話はまた後ほどということで」
ヴェレージャは早速とばかりにセルアシェルの服を脱がしにかかっている。まずは上着からだ。
楽しそうに見えて、実はそうではない。
(実の姉妹よりも姉妹らしく見えますね)
二人がかりだと作業も
(私は
早くしてくれと切に願うディリニッツをよそに、ヴェレージャもミリーティエも思わず
「美しく、それでいて柔軟性に富んだ見事な肌ですね。セルアシェル殿は素晴らしい魅力をお持ちのようです」
ミリーティエは無論のこと、下着姿のセルアシェルを見るのはヴェレージャも初めてだ。
「これはこれは。セルアシェルも
言いながら、セルアシェルの身体をディリニッツに押しつける。
「ちょっと、ディリニッツ、力が
視界を
「ほら、ほら。もっとよ」
完全に面白がっている。
セルアシェルの気持ちを知っているヴェレージャは、余計なお世話だと思いながらも、放っておけないのだ。
「おい、ヴェレージャ、それは私に対する
押しつけられているせいか、セルアシェルの肌の密着度合いが
「嫌だわ。いったい何を言っているのかしら。人聞きが悪いわね」
視覚を閉ざされたディリニッツの脳内には、まさに今、腰に手を当てて高笑いするヴェレージャの姿が映し出されている。
(まあ、よいか。今はお前にいじられておいてやる。可愛いセルアシェルのためにもな。だがな、この借りは必ず返すからな。覚えていろよ)
決して声に出さないディリニッツだった。ミリーティエは完全に第三者の立場から、二人のやり取りを楽しげに
(これでセルアシェル殿も安心ですね。よかったですね、ディリニッツ殿。本来なら貴男も)
さすがにそれこそ無理というものだ。ミリーティエは頭の片隅をよぎった考えを即座に打ち消す。それで終わらせないのがヴェレージャなのだ。最後の最後に特大の爆弾を落としていく。
「ディリニッツ、貴男も服を脱いだらどうかしら。それが最も効率的な温め方なのよ。どう、やってみる」
ディリニッツの大絶叫が影の天幕内に響き渡ったのは言うまでもないだろう。
「私とミリーティエ殿は先に出ているわ。皆を待たせているしね」
早々に
「ああ、そうそう、セルアシェルに変なことしては駄目よ」
去り際のヴェレージャが置き
「誰がするか。お前は私を何だと思っているんだ。もうよい。早く行け」
天幕を出る寸前、ヴェレージャが立ち止まり、振り返る。
「ディリニッツ」
まだいたのかといった表情のディリニッツが気配のする方向に半目を向ける。未だ視界は塞がれているものの、ヴェレージャの表情が一転して真剣そのものだということぐらい分かる。伊達に長いつき合いではないのだ。
「セルアシェルをお願いね。必ず元どおりに戻して。絶対によ」
頭を下げてくるヴェレージャの
(あれほど茶化してきたにもかかわらず、いきなりのこれか。全く女という生き物はよく分からないな)
セルアシェルとヴェレージャが団を越えて仲がよいのは知っている。
純血主義のエルフ属は、肌の色の違いや半エルフを差別しがちだ。高名な魔術師家系に生まれながらも、ヴェレージャにはそういったところが一切見受けられない。
(だからこそ、セルアシェルもあれほどに
「当然だ。言われるまでもない。これは俺の責務だ」
頭を上げたヴェレージャが小さなため息をついている。この男、本当に駄目だ、といった失望しきりの表情を浮かべながら、ディリニッツを見つめる。
「はあ、ディリニッツ、あとで説教決定ね。セルアシェルをよく見ること。言っている意味、分かるわね」
遠回しな表現ではきっと通じない。そうは思うものの、これ以上は踏み込んではいけない。あまりに危険だ。
今でも
「おい、なぜ説教なんだ」
ヴェレージャは答えない。ミリーティエも黙って見守るだけだ。
手を軽く振る。今度は左手だった。ディリニッツの視界を
「全く何なんだ。私には理解できないことだらけだ」
不満たっぷりに
急に視界が戻ってきたディリニッツは大慌てで
雑に創り上げた
「無茶をしすぎだ、セルアシェル。本当によく頑張ったな」
先ほどまで
ディリニッツは指で優しく
「お前と出会って百
セルアシェルの鼓動が肌を通して伝わってくる。
「だ、団長」
瞳は閉じたままだ。
闇衣をもって、冷たいままのセルアシェルの手の甲を包む。
「今は無理をするな。ゆっくり休め」
セルアシェルの手の力が少しずつ強まっている。
「もう、少し、この、まま、で」
髪を梳いていた手をいったん離し、そのままセルアシェルの手を握り締める。
「ああ、お前が回復するまでここにいる。
まだ表情がうまく作れない。
セルアシェルはぎこちなさの残る
その表情は穏やかで、幸せそうに見えたのは錯覚だっただろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます