第299話:国を越えての共闘と友情

 セルアシェルは視線を変えることなく、静かな口調でノイロイドとエヴェネローグに告げる。


「お二人にお願いがあります。私の左右にきた攻撃のみち落してください」


 なぜ左右のみなのか。意図は分からない。仲間である彼女の初めての頼み事だ。問い返すなど無粋ぶすいでしかない。ここは是が非でも期待にこたえる。それしかない。


「承知した。たよられたからには、必ず成し遂げましょう」


 ノイロイドの言葉に重みを感じる。セルアシェル自身、まさかゼンディニア王国以外の者、とりわけ十二将以外の者と共闘するなど考えもしなかった。不思議な感覚だ。


(これもまた縁というものなのでしょうね)


 うなづいたセルアシェルが精神の集中に入る。


 一方で、ブリュムンドも慎重に出方をうかがっている。こちらも互いの距離はおよそ十メルクだ。セルアシェルに向かった中位シャウラダーブより一回り以上もふくらんでいる。その分、まとも大きくなる。


 直上より豪快にち落とすブリュムンドの斧術ふじゅつにおいて、威力を増大させるには脚力きゃくりょくこそが必要だ。十メルクは打ってつけの助走距離と言えよう。


 一つだけ問題がある。一撃必殺のためには、身体を構築する粘性液体を全てぎ取り、なおかつ隠された核を寸分の狂いもなく破壊しなければならない。


 ブリュムンドはわずかに意識をセルアシェルに向け、彼女の様子を確かめる。


(セルアシェルを中心に弓使いの二人が後方に控える三角陣、魔術詠唱に問題はなさそうですね)


 セルアシェルが共闘しているなら、こちらも同じくだ。粘性液体を根こそぎ奪う。その過程かていをラディック王国の二人にゆだねる。


「ハクゼブルフト殿、ペリオドット殿、奴をおおう粘性液体を剥ぎ取ってもらいたい」


 二人共に魔槍まそうを握る手に力をめる。


 戦いを始めて以来、共闘らしきものはなかった。十二将二人の力がそれほどまでに圧倒的だったからだ。


 ここにきて、初めて頼られる嬉しさにハクゼブルフトもペリオドットも身体がふるえる。セルアシェルのそばにいる二人も、間違いなく同じおもいだろう。


「ブリュムンド殿、我らにお任せを。確実にぎ落してみせます」


 すかさず、二人が魔槍を構える。その名のとおり、ハクゼブルフトは当然のこと、ペリオドットの槍にも魔術が付与されている。


 ハクゼブルフトの槍はクレラスピク、全長が四メルクにもなる長槍ちょうそうだ。一方、ペリオドットの槍はオージュケイザ、全長が二メルクとクレラスピクの半分程度しかない。


 魔槍には顕著けんちょな特徴がある。その長さによって、付与できる魔術種別が大きく異なるのだ。


「あちらよりも先に片づけます」


 余計な心配と思いつつも、やはりセルアシェルが気にかかる。言葉を発するなり、ブリュムンドが一気に加速に入る。


 魔術ではない。純粋な脚力のみだ。足場の悪い凍土とうどをものともせず、一歩踏み込むたびに決してけない氷がくだけていく。


 ハクゼブルフトもペリオドットも準備万端だ。ブリュムンドは加速によって中位シャウラダーブとの距離を一気にめている。


 またたく間に、戦斧せんぷの攻撃範囲に入る。遅滞ちたいは許されない。間髪かんはつを入れず、長槍を投擲とうてきする。


雷纏いかづちまといてうなれ、クレラスピク」


 ブリュムンドの後方右手、まずはハクゼブルフトの投擲したクレラスピクが彼を追い越し、中位シャウラダーブの左側面を穿うがつ。触れた刹那せつな刃先はさきより雷撃がけ抜けていく。


 中位シャウラダーブの身体は粘性液体によって構築されている。液体である以上、雷撃からは決してのがれられない。


 左半身を蹂躙じゅうりんした雷は超高温をもって容赦ようしゃなく粘性液体を気化きかさせ、再構築をも許さない。


「右半身をつぶします。炎乱舞ほのおらんぶ、オージュケイザ」


 ペリオドットは後方左手からだ。握り手より先、つか部分に炎が渦状うずじょうとなってまとわりつく。炎はまるで生き物のごとくうごめき、ペリオドットをかしているようにも見える。


「燃やし尽くしなさい」


 解き放たれたオージュケイザは、雷による左半身の気化を待っていたかのように、右半身を直撃した。むちと化した渦状の炎が粘性液体を逃さず、からめ取っていく。


「それも読んでいましたよ」


 中位シャウラダーブは失った左半身をおぎうため、即座に右半身の粘性液体を移動させて再構築につとめるしかない。そこへオージュケイザの炎が襲いかかったのだ。


 クレラスピクの雷撃と異なり、瞬時に気化させるだけの温度ではない。粘性液体は粘度が高い分、気化もしにくい。


 恐らく、完全状態なら拮抗きっこうしていただろう。それも復元のために半減状態に近い。こうなると炎の浸食の餌食だ。


 オージュケイザに穿うがたれた箇所かしょから炎が粘性液体内に入り込んでいく。さらに粘性液体の表面を炎がめ、覆い尽くしていく。


 まさに炎と炎にはさみ込まれる形だ。粘性液体は逃げ場を完全に失っている。


 いつの間にか、貫通したオージュケイザがペリオドットの手元に戻ってきている。手首をすかさず返す。二投目が中位シャウラダーブめがけて解き放たれる。


「全て気化させてしまいなさい」


 二投目によって、さらなる炎がくべられる。続けざま、とどめとなる三投目が発射されるに至り、中位シャウラダーブを構成する粘性液体のほぼ全てが気化していった。


「素晴らしいです。私の出番はほぼありませんね」


 もはや隠されていた核が丸見え状態だ。なけなしの粘性液体がかろうじて核をまもろうと最後の抵抗を見せる。


 ブリュムンドの身体は中位シャウラダーブの一メルク手前だ。踏み込んだ右脚を軸に、宙に颯爽さっそうと飛び上がる。


斧技参之割ふぎさんのかつ 裂砕塵皇閃舞シュタヴダンツェ


 両手持ちに変えた両刃戦斧もろはせんぷは、頭上よりも高き位置にある。まさしく一撃必殺、闇を引ききながらごうやいばが直上より落ちてくる。


「終わりです」


 触れたもの全てをちりと化す一閃いっせんは、核を護らんと最大限に硬化した粘性液体を容赦なくくだく。


 振り下ろしの勢いはなおも加速、双三角錐そうさんかくすいの結晶へと吸い込まれていく。豪速のうなりが衝撃音となって四方へとけ抜ける。


 刹那せつなの静寂、音もなく切断された中位シャウラダーブの核が漆黒のもや断末魔だんまつまのごとくき上げ、谷底に流れる氷風ひょうふうに連れ去られていった。


 凍土に降り立ったブリュムンドは残心ざんしんを解かない。


 魔霊鬼ペリノデュエズは決して油断できない敵だ。核を切断され、崩壊ほうかいを始めているとはいえ、最後の最後まで何が起こるか分からない。


 ハクゼブルフトもペリオドットも長槍を手に、攻撃態勢を維持したままだ。


 既に漆黒の靄は失われている。核は真っ二つに割断かつだんされ、まもるべき粘性液体も全てが凍結してしまっている。


 背後から近づいてきたハクゼブルフトとペリオドットがブリュムンドに声をかける。


「ブリュムンド殿、中位シャウラダーブの核は」


 ペリオドットの問いかけにブリュムンドは振り返ることなく、もくしたまま砕けた核を指差す。


「セレネイア姫がおっしゃっていました。魔霊鬼ペリノデュエズの核は全ての効力を失うと、無色透明に変わると」


 ハクゼブルフトのつぶやきに、ブリュムンドが思わず問い返す。


「それは誠ですか」


 割断された核は完全に色を失い、凍土の一部と化そうとしている。


「間違いありません。セレネイア姫は、レスティー様より教わったと」


 ブリュムンドは、己を赤子の手をひねるがごとく倒した人物の顔を思い浮かべている。正直なところ、あの時、何が起こったか全く理解できなかった。


 セルアシェル、トゥウェルテナ、フォンセカーロの三人をいとも簡単に退しりぞけている。慢心まんしんなど一切なかったはずだ。ブリュムンドは初志貫徹しょしかんてつ、両刃戦斧を一撃必殺のもとに最上段に振り上げる。


 まばたきするかしないかの間だ。なぜ、自分は仰向あおむけに倒れていくのだろう。そこまでの記憶しかない。そして意識が途絶とだえたのだ。


(真剣勝負なら、私は確実に死んでいました。己の未熟さに気づかせてくれたあの御仁ごじんには感謝しかありません)


「ならば、疑う余地はありませんね」


 中位シャウラダーブの核は完璧に無力化されている。ようやく残心を解いたブリュムンドが安堵あんどの息を静かにらす。


 ゆっくりと振り返る。ブリュムンドはハクゼブルフト、次いでペリオドットに右手を差し出す。


「素晴らしい魔槍まそう攻撃でした。おかげで奴の核を破壊することだけに専念できました」


 互いに握手を交わし合った後、ブリュムンドは控え目に頭を下げる。やや驚きの表情を浮かべたハクゼブルフトにかすかな笑みを浮かべ、新たに言葉をつむぐ。


「意外でしたか。十二将たる者、あらゆる者に敬意を。強者であろうと、弱者であろうと等しくです。我らに脈々と継がれる矜持きょうじです」


 ブリュムンドの視線はもはや二人を通り越し、セルアシェルの戦いに向けられている。予想外の展開になっているものの、彼女の努力の賜物たまものだろう。


「それは敵が魔霊鬼ペリノデュエズだとしても同じですか」


 思わず口をついて出てしまったペリオドットに、ブリュムンドは穏やかに答える。


魔霊鬼ペリノデュエズがいつどのように誕生したかは分かりません。人にあだなすそれらを悪と断じるのは簡単でしょう。果たして、真に悪なのでしょうか」


 ブリュムンドの言葉にハクゼブルフトもペリオドットも、ある意味で衝撃を受けている。


 決して人にはあらがえない、世界の摂理せつりから外れた存在、それが魔霊鬼ペリノデュエズだ。二人も幼い頃から、まるで呪詛じゅそのごとくり込まれている。


魔霊鬼ペリノデュエズ依代よりしろを必要としていることはご存じですね」


 二人が無言でうなづく。


「依代とされるのは人でしたね。これまでにどれほどの犠牲者が出たことか。やはり、魔霊鬼ペリノデュエズは悪ではありませんか」


 ハクゼブルフトの言葉にブリュムンドはまずは首を縦に振り、さらに言葉を繰り出す。


魔霊鬼ペリノデュエズが依代を求める行動は、まさに生存本能に突き動かされた結果です。あるのは生きたいという執念しゅうねんのみ、敬意など微塵みじんもありません」


 そうであれば、やはり魔霊鬼ペリノデュエズは悪でしかない。本能のままに人を食って依代とするなど言語道断ごんごどうだんだ。人の立場からすれば、至極しごく真っ当な考えだろう。


 ハクゼブルフトとペリオドットが顔を見合わせている。


「敬意を失えば、ただの暴虐者ぼうぎゃくしゃです。それはすなわち我らも魔霊鬼ペリノデュエズと同等に成り下がる、ということになります」


 たとえ敵がどのような存在であろうと、十二将は決して敬意を失わない。ブリュムンドは明言しているのだ。


 二人とも、したたかに頭を殴られたかのように顔になっている。根底からくつがされたかのような気分だ。ブリュムンドの言葉は途轍とてつもなく重い。


 今さらながらに、魔霊鬼ペリノデュエズを前にして敬意など持てるのだろうか。


 魔霊鬼ペリノデュエズは敵として殲滅せんめつしなければならない。人ではないのだ。そこになさ容赦ようしゃは一切無用、さらに言ってしまえば、どのような手段を用いようとも倒せばよい。倒さなければならない。


 一度ひとたび刷り込まれてしまった考えを変えるのは容易ではない。


 二人の葛藤かっとうをよそに、ブリュムンドはこの言葉だけはみ込んだ。


 魔霊鬼ペリノデュエズ人為的じんいてきに創り出されたものかもしれない。誕生の謎が解けない以上、勝手な憶測おくそくでしかない。可能性は決して皆無かいむではないのだ。


 三者三様、複雑な想いをかかえながらも、すべきことは一致している。


「我らの戦いはまだ終わっていません。顔を上げて、前に進むしかないのです」


 十二将序列六位にして騎馬兵団団長たるブリュムンドは両手で二人の肩を叩き、改めて想いを新たにする。


 愛する妻と子供が待っている場所へ必ず無事に帰る。これは妻と子供の未来をまもるための戦いでもある。


「決して負けられない戦いです。必ず勝たねばなりません」


 意外に熱い男、ブリュムンドの言葉にハクゼブルフトとペリオドットは力強くうなづいて見せる。


 不思議な縁で結ばれた三人が新たな戦場へと向かうため、さらなる一歩を踏み出した。

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