第298話:十二将としての力

 闇に浮かぶ十の両刃戦斧もろはせんぷが消失する。


 ブリュムンドの投擲とうてきは直接敵に向けられていない。闇に覆われた虚空こくうへのものだ。


 セルアシェルの絶対領域と化した闇にまれた戦斧は、どこから飛び出すか全く分からない。知るのはセルアシェルただ一人、ブリュムンドは飛び出して初めて戦斧を操れる。


 ディリニッツの操影術も闇こそが力となっている。セルアシェルによって創り出された魔術領域は、ディリニッツのそれと比べて、いささかも遜色そんしょくはない。


「ディリニッツとは異なる術理じゅつりですが。これもまた一興いっきょうですね」


 消えたはずの戦斧が次々と中位シャウラダーブの頭上高くに現出げんしゅつする。まさに神出鬼没しんしゅつきぼつ、闇にまぎれた十の戦斧はやいばきらめきだけを散らす。


 消えては現れ、また消えては現れ、縦横無尽じゅうおうむじん中位シャウラダーブきざんでいく。セルアシェルとブリュムンドという組み合わせ、意外にも馬が合っているように見える。


「これがゼンディニア王国が誇る十二将の力か。初めて間近で見る。すさまじいな」


 ノイロイドのつぶきは、そのままラディック王国騎兵団を代表している。


 武の王国たるゼンディニア、その中でも群を抜く武の結晶が十二将だ。十二将の名称はリンゼイア大陸のみならず、他大陸にまで及んでいる。


 一方で評価はおよそ二分している。一つはまごうことなき強者であり、個として最強の一角を占めるというものだ。もう一つは、名称だけが先走りし、その実力には疑問符を打たざるを得ないというものだ。


 実際に肌で感じた者なら、どちらの評価になるかは明らかだろう。


 この場において、魔弓使いのノイロイドとエヴェネローグにできることは唯一ゆいいつだ。前衛の三人への援護がもはや不要となれば、精神を集中して魔術行使に力を注ぐセルアシェルをまもること以外にない。


「セルアシェル殿、貴女の周囲は我らが。魔術にのみ集中してください」


 ノイロイドの言葉は確実にセルアシェルに届いている。


「感謝します」


 端的たんてきに礼のみを返す。正直なところ、彼女に助力は不要だ。何しろ、周囲は闇に覆われている。最も得意とする領域内だ。彼女をはるかに凌駕りょうがする魔術師でもない限り、ほぼ無敵状態と言ってもよいだろう。


(昨日の敵は今日の友、長らく生きていますが、人ほど不思議な生き物はいませんね)


 これまで彼らとは二国の関係から敵同士だった。ゼンディニア王国における鉄則、国王の敵はすなわち十二将にとっても敵だ。それが激変、今では友好国の仲間として共闘している。


 人のおもいは、ままならないものだ。セルアシェルの脳裏に一瞬、ディリニッツが浮かび上がる。


(団長と私は違います。私なりの力で敵を駆逐くちくします)


 ディリニッツの操影術とセルアシェルの冥獄満深有尽増闇バディジェリヴィフ、いずれも武具を闇に溶け込ませることで、敵の攻撃察知能力を完全に奪う。その点において、術理は同じだ。


 違う点は、武具を敵前に現出してからとなる。ディリニッツのそれは武具使役者ではなく、彼自身が制御する。一方、セルアシェルのそれは武具使役者自らが制御する。この差異は大きい。


 ブリュムンドはひとえにディリニッツの操影術と相性がよい。複数戦斧の一切の制御をディリニッツに完全委任することで、突貫した際、己の斧技ふぎに全神経を集中できるからだ。


「これはこれで楽しめますね」


 ブリュムンド、その巨躯きょくに似合わず、なかなかに緻密ちみつな魔術操作にけていたりする。セルアシェルが次々と現出させる両刃戦斧をたくみに操り、五体の中位シャウラダーブ細切こまぎれにしているのだ。


 たびに大量の粘性液体がばらかれ、大地を二色に染めていく。それもつかのこと、永久凍土の地で液体の状態を保つのは不可能だ。


 即座に凝固ぎょうこを迎え、魔霊鬼ペリノデュエズ最大の特徴でもある再生を阻害そがいする。


「この凍土で戦ったのが運の尽きでしたね」


 魔術が付与されたやいばはなおも中位シャウラダーブの身体を容赦なく斬り刻み、粘性液体をぎ落としていく。


 液体は固体へと変化し、身体の面積をみるみるうちに減らしていく。五体の中位シャウラダーブはいずれも動きが鈍化どんか、身体が半分以下にしぼんでしまっている。


「隠していた核があらわになってきましたね」


 大量の粘性液体を失ったがため、中位シャウラダーブたちは核の位置を隠せない状況にまで追い詰められている。ブリュムンドは両手を大きく広げ、縦横無尽にける十の両刃戦斧を闇の空にとどめ置く。


 対する中位シャウラダーブたちも、やられるがままではない。粘性液体が減少したなら、改めて補充すればよいのだ。中位シャウラダーブともなれば、それなりの知能も有している。


「何をするつもりですか」


 敵を前にして、五体が五体とも動きを停止してしまっている。ブリュムンドもセルアシェルも知るよしはない。魔霊鬼ペリノデュエズのもう一つの特性を。


「ブリュムンド、嫌な予感がするわ。今すぐにとどめを」


 宙に浮かぶ両刃戦斧の全てをもって、中位シャウラダーブに止めを刺そうとする寸前だ。


「まずい。聞いたことがある。魔霊鬼ペリノデュエズは共食いすると」


 ハクゼブルフトが叫ぶも時すでに遅し、二体の中位シャウラダーブが残った三体を食い始めたのだ。


 食うと言っても、人のように口で咀嚼そしゃくするわけではない。食うべきそれぞれの頭部を無造作につかみ上げ、己の腹部に突き入れたのだ。


 中位シャウラダーブ五体には、はっきりと強さの序列がある。生き残るのは最も強い上位二体のみ、残り三体はそれらのえさとなり、養分となり、たちどころに吸収されていく。


 これもまた同化の一種、魔霊鬼ペリノデュエズは他の魔霊鬼ペリノデュエズを食うことにより、さらなる力をつけていく。そうやって、なりそこないセペプレから低位メザディムへ、低位メザディムから中位シャウラダーブへ、中位シャウラダーブから高位ルデラリズへとのぼり詰めていくのだ。


 これで補充は十分だ。数は減ったものの、二体の中位シャウラダーブはもとあった以上の身体にふくれ上がっている。


 二体の咆哮ほうこうが空間を揺さ振り、谷底をけ抜けていく。


 そこからの動きは異様だった。一体がすさまじい跳躍力ちょうやくりょくを見せ、ブリュムンドのはるか頭上を越えていく。狙いをセルアシェルに定めたのだ。


 もう一体は動かない。ブリュムンドを殺すべき獲物えものとらえている。


 ブリュムンドは振り返らない。セルアシェルの心配をしたところで、この状況を切り抜けなければ何もできない。中位シャウラダーブの視線がこちらに注がれている以上、迂闊うかつな行動はけるべきだ。


「セルアシェル、魔術を解除してください」


 再度、分断されてしまった。形としては三対一の構図となっている。三人がかりで一体の中位シャウラダーブほふればよい。言うはやすく行うはかたし、だ。


(セルアシェル、貴女は貴女の戦いを。信じていますよ)


 セルアシェルの冥獄満深有尽増闇バディジェリヴィフかれ、十の両刃戦斧もろはせんぷが次々と落下、永久凍土にやいばをめり込ませていく。


「再び核の位置が分からなくなりました。巧妙こうみょうですね」


 あらわになっていた核が、共食いによって復活した粘性液体で包み隠されてしまっている。これでは位置の特定ができない。


 先ほど見えた核は一つのみだった。漆黒しっこくに染まる双三角錐そうさんかくすいの核は、中位シャウラダーブならば複数有していても不思議ではない。


(核を複数隠し持つようならば、この戦いは厳しくなりますね)


 セルアシェルの前に着地した中位シャウラダーブも同様だ。核の位置は見えなくなっている。


 どうやって殺そうかと思案しあんでもしているのか、灰色ににごった目でセルアシェルたちを見下ろしている。


(私の魔術で、その前にそもそも詠唱の時間が許されるか、ですね)


 セルアシェルが武者震むしゃぶるいしている。彼女にとって、悪い兆候ちょうこうではない。むしろ逆だ。


 中位シャウラダーブはこちらを見下ろし、そして明らかに弱者として見下みくだしている。それをくつがすことこそが戦いの醍醐味だいごみだ。


 セルアシェルも可愛かわいい顔に似合わず、十二将に抜擢されるぐらいなのだ。戦闘狂せんとうきょうの一面を見せるのはやむをないだろう。エルフ属とヒューマン属、どちらの血のなせるわざか。


 彼女の序列は十一位、下から数えた方が早い。だからこそ、彼女は実に謙虚けんきょだ。そもそも序列を上げることには興味はない。上位者に学び、そして教えをい、技術をおのがものとする。


 それこそがセルアシェルのもう一つの真の力なのだ。ここで発揮するのはグレアルーヴから教わった高速思考だ。


(今の私では十を超えるぐらいの戦術しか考えられない。そこから論理的に無理なものを排除すると、残るのは三通りね。さらに思考を加速させる)


 既にセルアシェルの脳内には選び抜かれた、ただ一つの戦術のみが描き出されている。


 中位シャウラダーブとの距離はおよそ十メルクだ。互いに出方をうかがっている。中位シャウラダーブも無能ではない。目の前の獲物が優れた魔術師であることを感じ取っている。


 ゼーランディアの魔術結界によってへだたれた向こう側でも異変が生じている。


 突如、空から降ってきた光のきらめきは、強固な魔術結界などおかまいなしに透過とうかし、大地に降り立つ。着地とともに砕け散り、輝きだけが周囲を照らす。


(あれは魔術高等院ステルヴィア院長のビュルクヴィスト殿か)

(もう一人はエランセージュね。でも、どうして二人が一緒なの)


 ブリュムンドもセルアシェルも戦いの真っただ中だ。意識は中位シャウラダーブに集中しつつ、周囲の状況把握も決しておろかにしていない。


 刻一刻こくいっこくと変化する状況下、ビュルクヴィストとエランセージュがここにやって来たという事実は僥倖ぎょうこうでしかない。あちら側に対する心配事が何一つなくなったからだ。


「向こうは大丈夫ね。こちらも始めましょう」

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