第293話:それぞれの過去に思いを馳せて

 マリエッタの両腕に重なるようにしてほむら両翼りょうよくが伸びている。その様はまるで炎の天使のようでもある。


 実際、彼女は土砂をけ、焔の両翼を羽ばたかせて飛び出してきたのだ。今なお、その姿は大地に両足を降ろしていない。そう、浮いているのだ。


 ディグレイオが反則とつぶやいた意味がよく分かるだろう。


 マリエッタが視線をせわしく動かしている。セレネイアとシルヴィーヌはどこに行ってしまったのか。二人の安否あんぴこそ、何を置いても優先される。まずは状況把握からだ。


(確か、あの御仁ごじんは十二将グレアルーヴ殿ですね。胸部にも両太腿ふとももにも裂傷れっしょうあとが)


 直接った傷は、既に獣剛じゅうごうによってふさがっている。身体を覆う軽量かつ防御力の高い衣類が鋭利なやいばり裂かれたままだ。


 ザガルドアとディグレイオの姿も視認できる。トゥウェルテナはディグレイオの腕にもたれかかっている。ここからでは意識の有無までは分からない。


 姿が見えないのは、セレネイアとシルヴィーヌの二人だけだった。


「第二王女、そこを動くでない」


 グレアルーヴが視線をニミエパルドとケーレディエズにえたまま、マリエッタに警告を発する。


 彼女も理解している。グレアルーヴと対峙たいじしている二人は尋常じんじょうならざる者だ。特に男からは寒々としたおぞましさを感じる。


 しかも、一度も見たことがない得体えたいの知れない気が全身、特に上半身から発散されている。見続けていると気分が悪くなってくる。マリエッタはあわてて視線をらした。


「セレネイアお姉様は。それにシルヴィーヌは」


 小さな声でもグレアルーヴには十分に聞こえている。隠したところでどうにもならない。ニミエパルドは三姉妹の存在を知っているからだ。だからこそ、グレアルーヴは率直そっちょくに言葉をつむぐ。


「第二王女、そなたたち三姉妹だ。今、対峙している二人の目的だ」


 よい目的であるわけがない。こういう時、シルヴィーヌなら数歩先まで読み切ってしまえるのだろう。マリエッタはその部分においては、妹に大きく水をあけられている。 互いに得手不得手えてふえての部分があるのはいたし方がない。


 マリエッタの視線がセレネイアとシルヴィーヌを求め、先ほど以上に目まぐるしく動いている。必死に探しているのだ。


 不運なことに、マリエッタの位置からではセレネイアたちがもれた場所は死角になっている。


「嬢ちゃん、二人は大丈夫だ。土砂に半身が埋もれて身動きが取れないだけだ」


 ディグレイオから大声が飛ぶ。その言葉でいっそう安心できなくなる。


 事実なら、それのどこが大丈夫なのだろうか。いぶかしむマリエッタをよそに、物事は先へと進んでいく。


 見守っているのは、ここにいる者たちだけではない。夢魔マレヴモンの一件があって以降、事態はあまりに目まぐるしく動いている。セレネイアが完全となって以降、意図的に気配を消していたフィアも状況だけは注視しているのだ。


(私の出る幕は、なさそうね)


 いざとなったら出るつもりでいた。どうやら必要はなさそうだ。


 セレネイアとシルヴィーヌ、トゥウェルテナは多少の負傷はやむなし、命に別条はない。この者たちについては、ザガルドアたちが何とかするだろう。


 マリエッタはほむらまとった状態で既に立ち上がり、はやる気持ちをおさえている。


 二つの意味だ。一つは姉たちを一刻も早く探して救出したい。もう一つはこの状況を作り出した敵の二人に攻撃を仕かけたい。


(少しは我慢できるようになっているわね。それに、あの二人には貴女の焔は通用しないわ)


 フィアにはえている。マリエッタがいかに強力な焔を行使しようとも、ニミエパルドとケーレディエズには全く通じない。そもそも通用する以前の問題、二人に届かないのだ。


 グレアルーヴもそれが分かっているのか、左手一本のみでマリエッタの動きを制している。決して動くなと。


 ニミエパルドの視線がマリエッタに向けられる。わずかに口角こうかくが上がっている。


可愛かわいらしいお嬢さんですね。焔を纏うその姿、貴女は次女でしょうか」


 にらみをかせるような強い視線ではない。表情だけを見れば、柔和にゅうわ敵愾心てきがいしんもない。


 マリエッタは身体の自由を奪われたごとく、全く動けなかった。


(意思に反して身体が動きません。あのおぼろな気はいったい)


 魔力に敏感なマリエッタには先ほどからニミエパルドの身体にまとわりつくものが視えている。何かは分からない。忌避きひすべきものだということだけは明らかだ。


(あの娘には視えているのですね。魔力に敏感なのでしょう。優秀ですね)


 ニミエパルドは取りめもないことを思いつつ、おもむろに言葉を発する。


「既にお気づきでしょう。私たちは魔霊人ペレヴィリディスと呼ばれる存在、七人のうち二人は貴方たちに倒されました」


 ニミエパルドはいったん言葉を切ると、右手をゆるやかに振ってケーレディエズを手招てまねく。


「彼女、ケーレディエズは三番目、そして私は二番目です。もちろん、強さの序列ですよ」


 対峙しているグレアルーヴも納得している。倒した二人のうちの一人、ジェンドメンダとは比較にならないほどのすさまじい圧を感じているのだ。ニミエパルドの言葉にうなづくしかない。


(ここにいる者で二人を相手にする。実質的に戦えるのは俺とディグレイオ、第二王女か)


 覚悟を決めるしかない。


「折れない強さを感じます。まばゆいぐらいですね。そうそう、そちらにもれている二人を救出したらいかがですか」


 意図が分からない。先に攻撃を、しかも問答無用で仕かけてきた者たちの言葉なのだ。疑心暗鬼ぎしんあんきになって当然だろう。


「ケーレディエズ、こちらへおいで」


 手招きしていたケーレディエズをすぐそばまで呼び寄せ、何事か耳元で言い聞かせている。ケーレディエズは納得したのか、何度も頷き返している。


 その間にディグレイオはザガルドアの目配めくばせを受け、急ぎセレネイアとシルヴィーヌのもとに向かう。


「ねえ、あれ、よいの」


 小首をかしげながら、ケーレディエズがけていくディグレイオを指差す。


「ええ、よいのですよ。ケーレディエズはよい子なのですから、攻撃してはいけませんよ」


 められて嬉しいのだろう。笑みを浮かべたケーレディエズが答える。


「うん、分かった。私、攻撃しない。だって、よい子だから」


 ケーレディエズの頭を優しくでつつ、ニミエパルドの視線はディグレイオを追っている。ケーレディエズに告げたとおりだ。攻撃の意思はない。ディグレイオがセレネイアとシルヴィーヌを無事に救出するまで待つつもりなのだ。


「さて、あちらのお二人も大丈夫そうですね。では少しの間、私の話につきあってもらえますか」


 土砂に埋もれた二人を引っ張り上げたディグレイオの様子を確認して、ニミエパルドが静かに言葉を発した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ヒオレディーリナは弾丸のごとく暴風を背に浴びながら、断崖絶壁だんがいぜっぺきを垂直に疾走しっそうしている。


 既に右手は剣のつかに添えている。いつでも抜刀ばっとうできる態勢だ。


 そこへ魔力感応フォドゥアが脳裏に響いてきた。


 気が散る。忌々いまいましくも思いつつ、ヒオレディーリナはその魔力波に切迫感を感じ取っていた。


≪ヒオレディーリナ、教えてください≫


 小さく首を縦に振る。動作は魔力波となって伝わる。その微細びさいな揺れをビュルクヴィストが見逃みのがすはずもない。


≪この二人のかたきはどこにひそんでいますか≫


 端的たんてきな物言い、しかも仇とやらがいまだに生きている前提でたずねる。


 ヒオレディーリナに余計な言葉はらない。ビュルクヴィストでさえ、彼女の知見を前にすれば子供みたいなものなのだ。


 ヒオレディーリナは面倒とばかりに、ビュルクヴィストの脳裏に直接映像を送りつける。いささか乱暴ではある。それもビュルクヴィストとの関係値においては何ら支障にならない。


≪シャラントワ大陸地下のイエズヴェンド永久氷壁、一切の魔術を遮断しゃだんしている≫


 ビュルクヴィストが絶句している。その様子が手に取るように伝わってくる。


≪方法は唯一≫


 ヒオレディーリナもまた端的だ。そして、ビュルクヴィストがその場所へおもむくであろう前提で話を進めている。


≪承知していますよ≫


 ヒオレディーリナはかすかに笑みを浮かべ、最後の言葉を魔力感応フォドゥアせた。


≪うん、そうだね≫


 ビュルクヴィストもまた最後の言葉を送る。


≪ヒオレディーリナ、貴女に対して言うことではないのでしょうが。ご武運を≫


 ヒオレディーリナは最強だ。言葉としては確かに相応ふさわしくないだろう。それでもビュルクヴィストにとって、彼女はかつての友ではない。今なお友なのだ。


 魔力感応フォドゥアを同時に切る。


 互いの目的を達するためだ。ヒオレディーリナとビュルクヴィスト、二人は迷いなく新たな行動に移った。

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