第291話:新たな刺客、激戦は続く

 疲れ切った身体にむちを打ってでも、動かなければならない。次の戦いがすぐそこに控えている。


「マリエッタ、シルヴィーヌ、大丈夫なの」


 心配そうなセレネイアの声に、二人は何とかみを浮かべてみせる。姉に安心してもらうためだけに無理矢理に笑みを作った、といったところだ。二人の仕草から明瞭めいりょうに分かるだけに、セレネイアも二の句がげないでいる。


 初の本格戦闘に足を突っ込んでしまったマリエッタもシルヴィーヌも呼吸が荒く、特にシルヴィーヌは衰弱も激しい。


 彼女は二人の姉以上に実戦向きではない。ゼンディニア王国で言うならば、エンチェンツォの立場に近しいだろう。


 最前線に出てきているのはひとえに姉の役に立ちたい、何よりも皇麗風塵雷迅セーディネスティアの特性があるからこそだった。泣き言が許されないことも十分に承知している。


「セレネイアお姉様、ご心配をおかけします。私は大丈夫です。でも、少しだけ」


 やや前を歩くシルヴィーヌが振り返り、力ない足取りで歩を進めてくる。そのままセレネイアの前まで来ると、倒れ込むようにして彼女の胸にしなれた。


「ちょっと、シルヴィーヌ」


 あわててけ寄って来たマリエッタが背後からのぞき込んでくる。シルヴィーヌの髪を優しくでるセレネイアが黙って首を横に振っている。


 セレネイアの負担を少しでも減らそう。自らシルヴィーヌを引き取ろうとしたマリエッタも、これで動けなくなってしまった。


「有り難う、マリエッタ。私を助けるためにかなりの魔力を消費したでしょう。シルヴィーヌは私に任せて、貴女も少しは休んでおきなさい」


 妹だからこそ分かる。姉の口調に変化が見られる。これまでも優しさと厳しさが同居していた。その事実に変わりはない。


(お姉様に何があったのでしょう。信じられないほどの魔力量、そしてお言葉にも厳しさが増しています)


 正直なところ、マリエッタしては大歓迎だ。姉は優しすぎる。負の感情を決してあらわにせず、接してくれる。


 ただ、それだけでは駄目なのだ。時には立場を忘れて、純粋に感情を爆発させてほしい。それをしない姉の心は、いつか壊れてしまうのではないか。マリエッタがずっと危惧きぐしていたことだった。


 二人ともに表面的なセレネイアの変化には気づけている。内面的なところまではえないし、分からない。


 夢魔マレヴモンに関する内容はファーレフィロス家に生まれた長女から長女へと口伝くでんされるのみだ。セレネイアも五歳の誕生日を迎えるその日、母リュシエンシアから聞かされるはずだった。


 それがかなわなかったゆえ、セレネイア自身、身体の秘密を知らないままに成長し、十五歳の今に至る。妹二人が知るよしもないのは当然なのだ。


 夢魔マレヴモンと一体になる前のセレネイアは、器が半分満たされていない状態だった。ディグレイオが視抜みぬいたとおりだ。その器が満たされた今、負の感情はしっかりと心に根づいている。


 まだまだ表に出すのを躊躇ためらうセレネイアも、いずれは感情のおもむくままに出す日が訪れるだろう。彼女のことだ。精一杯制御したうえで、となるのは間違いない。


「張り詰めていた緊張の糸が切れたんだ。この状況だ。小さいながらによくやっているよ、シルヴィーヌ第三王女は」


 今度はセレネイアの背後から声がかかる。ザガルドアもまたセレネイアの胸に顔をうずめたままのシルヴィーヌを見つめている。彼の表情は父のようでもあり、兄のようでもある。


 セレネイアもマリエッタも心の底から心配してくれているザガルドアには感謝の気持ちしかない。二人からの視線を同時に浴びて、幾分か照れくさそうにしている。そこだけ見れば、まるで子供のようでもある。


 感謝の気持ちと言っても、セレネイアとマリエッタ、二人の想いは若干違っているようだ。


 どちらかと言えば、脈ありと感じてけしかけたいマリエッタ、その逆のセレネイアといったところか。


 いずれにせよ、ザガルドアは子供と言ってシルヴィーヌがふくれてしまったことから、あえて小さいという言葉を選んでいる。して知るべしだ。


 ザガルドアのすぐ後ろに十二将の三人が控えている。


 トゥウェルテナはシルヴィーヌほどではないにしろ、かなり疲労の色が濃い。連続する舞いに加え、魔剣アヴルムーティオと化した一対の湾刀を手にして激しい戦闘を繰り広げたのだ。しばらくは回復に努めざるを得ない。


 獣騎兵団の二人、グレアルーヴは魔霊人ペレヴィリディスのジェンドメンダとの戦いで血縛術サグィリギスを行使した分、体力をそれなりに削られている。獣人族の彼にしてみれば、まだまだ余力残しと言ったところだろう。


 この場での戦闘がほとんどなかったディグレイオも同様、健在そのものだ。やはり心配すべきはシルヴィーヌとトゥウェルテナにほかならない。それがザガルドアの見立てであり、正しい見解だった。


 戦いにおける鉄則にいささかのぶれもない。弱者から真っ先に狙われる。


 シルヴィーヌを抱きかかえたまま、セレネイアが移動を開始しようとしたその矢先だ。


 からみつく重苦しい空気のうねりが上空よりかたまりとなって降りそそぐ。セレネイアたちは集団になっている。それが状況をさらに悪化させていた。


 激しさを増したうねりの塊は、殺意のうえに殺意を何層にもしてり込んだ暗光閃テネヴィリエと化し、セレネイアたちを急襲する。


 上空からの脅威きょういに真っ先に気づいたのは、いや気づけたのはグレアルーヴのみだ。闇の中にきらめく僅かな光を獣人族たる彼の目が見逃みのがすはずもない。


 残念ながら、この場には魔術師がいない。マリエッタは魔術こそ扱えるものの、見習いにすぎず、訓練された高位魔術師の足元にも及ばない。


 最も効果的な手段は防御結界を展開することだ。マリエッタにはその余裕もないばかりか、完全に動きを止めてしまっている。


 ここからグレアルーヴ単騎たんきで迎撃に向かったところで到底間に合わない。多少の負傷は我慢がまんしてもらうしかない。迷っている時間もない。決断は瞬時、即座に行動に移る。


 グレアルーヴの動きに遅れること一ハフブルだ。ディグレイオも危険を察知、自然と身体が反応を起こす。


(ちっ、俺としたことが鈍ったか。こんなところで)


 一ハフブルの遅延が致命ちめいにもつながる。ディグレイオは己の立つ位置からまもれるのはザガルドアとトゥウェルテナの二人のみと判断した。


 十二将の一人として、絶対的に護るべき最優先対象はザガルドアだ。その他のことには目をつぶる。ディグレイオは心の中でトゥウェルテナにびると、即座にザガルドアを護るべく行動に入った。


 グレアルーヴはその場を動かず、全身に魔気まきめぐらせて右脚裏を大地に根づかせる。


陛下へいか、お許しを」


 ここでものを言うのは獣人族ならではの剛力ごうりきと速度だ。グレアルーヴは全ての魔気をひとどころに集中、右脚裏の中心を爆心点として一気に大地をみ鳴らした。


 刹那せつな轟音ごうおんけ抜ける。


 豪脚ごうきゃくが大地を激しく震わせ、およそ二十セルクに及ぶ陥没かんぼつを生じさせる。


 本来であれば、そこから生じる反動力の全てを攻撃力に上乗せして敵に大打撃を与える。今回は攻撃ではない。防御に回すのだ。


 踏み鳴らしの威力は正円状に走り、易々やすやすと大地をえぐり取っていく。必然的に無数の土砂や岩石が土中より広範囲に飛び出し、目くらましとなる。


 敵の奇襲の狙いが何であろうと、標的を正確にしぼることは難しくなったはずだ。弊害へいがいも無論ある。グレアルーヴの周囲にいた者までも巻き込んでしまっているのだ。


 盛大にはじけた土砂や岩石は、激震げきしんあいまって受け身の取れないセレネイアたちを容赦ようしゃなくちつけていく。


 余波はそれだけにとどまらず、シルヴィーヌをき締めたセレネイアはグレアルーヴの右方向に、マリエッタは左方向に吹き飛ばされてしまった。


 グレアルーヴの意図を察したディグレイオは即座にザガルドアにおおかぶさる。彼の力をもってしても、激しく撃ちつけてくる土砂や岩石の全てを防ぎぎることはかなわない。


 できうる限り、衝撃を最小限に押さえつつ、彼もまた三姉妹同様に吹き飛ばされていく。大地を転がされること十数回、決してザガルドアを離すことはなかった。


 自身が傷つくこともかえりみず、絶対的な盾となって主君を護り抜いたのだ。その証拠にザガルドアには傷一つついていない。


 上空へとき上がった土砂や岩石と、上空からの暗光閃テネヴィリエが激突する。見るまでもなく、明らかに暗光閃テネヴィリエの威力が上回っている。


 幾分いくぶんかは相殺そうさいできたものの、大半がすり抜けていく。グレアルーヴは一歩も動けない。いや、動く必要がなかった。


 すり抜けてきた暗光閃テネヴィリエきらめきがなおもける。土煙つちけむりき立つ中、わずかに苦悶くもんの声がれる。


 それでもグレアルーヴは倒れず、右脚を軸に踏み止まっている。


「失敗しちゃったあ。あれで仕留められると思ったんだけどなあ」

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