第289話:複雑な再会と過去の因縁

 大地に触れるや、きらめきが弾け散る。まるで夜空に輝く星々のごとく四方八方に広がり、そして静かに溶け込むようにせていった。


 そこに二人の姿がある。


「いやはや、まさかこのような演出をされるとは心底驚きです」


 独り言をつぶやきつつ、言葉を発したのはビュルクヴィストだ。背後にはエランセージュも控えている。


 魔術転移門ではない。レスティーによる転移なのだ。本来ならば、侵入をはばむ魔術陣などお構いなしに、目的地へと瞬時に転移される。あえてそうせず、ゼーランディアたちの視覚でとらえられるような形を取っている。


 ビュルクヴィストの前に立つ二人は、なぜか一様に複雑な表情を浮かべている。どこか遠慮がちな態度でもある。


「さて、随分と久しい、と言うべきなのでしょうね。ゼーランディア、ガドルヴロワ」


 一呼吸置く。二人の姿をて、ビュルクヴィストもようやく納得する。


(そういうことですか。レスティー殿のあの時のお言葉、何かお考えがあってのこととは思っていましたが。時空の王笏ゼペテポーラスの使用さえ許可されたほどです)


「貴方たち姉弟は、死んだはずですね」


 ビュルクヴィストの目は二人の体内に埋め込まれた魔霊鬼ペリノデュエズの核を視ている。間違いなく、ヒオレディーリナの言っていた魔霊人ペレヴィリディスなる存在だろう。


「あれから、およそ三百二十年がちますか」


 感慨深かんがいぶかげに語りかけるビュルクヴィストに対して、口を開こうとしたゼーランディアを制し、ガドルヴロワが先に言葉を発する。


「ビュルクヴィスト様、お久しぶりです。このような形でお目にかかろうとは予想外です」


 言外げんがいに会いたくなかったという意思が明確に表れている。ビュルクヴィストとて同感だ。


「ここで戦う意味はあるのですか」


 単刀直入に尋ねる。かつての姉弟を知るビュルクヴィストだからこそできることだ。


「ビュルクヴィスト様、貴男に何が分かるというのです。あの時、貴男は動いてくれなかったではありませんか」


 声を荒げるガドルヴロワの感情が次第にたかぶっていく。それにともない、彼の中で大人しくしていた邪気も活性化していく。


「姉さん、やるよ」


 ガドルヴロワの言葉に即座に反応、ゼーランディアが閉じていた魔力回路を開き、弟のための剣を顕現けんげんさせていく。


 宙を割って出現した剣は全部で十振じゅっふり、先ほどの倍の数になる。


「ガドルヴロワ、めてください」


 ソミュエラの声を受けたビュルクヴィストがわずかに振り返る。


「ソミュエラと言いましたね。貴女を巻き込むつもりはありません。速やかに退いてください」


 しくもビュルクヴィストとガドルヴロワ、想いは同じだったようだ。


「エランセージュ嬢」


 うなづくビュルクヴィストにエランセージュは一礼の後、ソミュエラの位置まで後退、有無を言わさず彼女の腕を取るとヴェレージャたちのもとまで一気にける。


 非力なはずのエランセージュのどこにこれほどの力があるのか。ソミュエラは無論のこと、ヴェレージャやディリニッツでさえ予測できない迅速かつ的確な行動だった。


 特にヴェレージャだ。水騎兵団の団長と副団長、その関係もあって誰よりもエランセージュと接している時間が多い。その彼女から見ても、あまりの変わり様だったのだ。


 エランセージュはビュルクヴィストの背を見つめつつ、右手を静かに持ち上げる。手首には神からの授け物たる瑠璃涼氷麗満輪フロレジュリエがはめられている。


 神々こうごうしいばかりの瑠璃光るりこうを発しながら、所有者の言霊ことだまを待っているかのようでもある。


 今のエランセージュなら一目で理解できる。展開されている積層型せきそうがた多重魔術陣が領域内全ての魔術を封殺ふうさつしている。


(大丈夫、魔術は発動できます。なぜなら瑠璃涼氷麗満輪フロレジュリエは)


 迷いなど一切ない。エランセージュは躊躇ためらいなくくちびるに言霊をせ、即座にき放つ。


"Raprrais-lairtuw."


 埋め込まれた五つの宝玉のうち、一つがすさまじい輝きを放ち、四方を照らし出す。エランセージュの瞳や髪と同色、瑠璃の輝きが彼女を包むと同時、半球上の結界を創り上げ、四人を内包していった。


すごいわ、エランセージュ」


 ヴェレージャがいきなり背後から抱きついてくる。よほど嬉しいのだろう。その感情がエランセージュにも伝わってくる。


「だ、団長、恥ずかしいです」


 ヴェレージャもディリニッツも当然気づいている。エランセージュが有する魔力量、魔力質だ。これまで全く感じられなかったのに、いったいどうしたことか。途轍とてつもないほどの量と質にふくれ上がっている。


 十二将随一のヴェレージャのそれさえも上回るほどだ。もちろん、瑠璃涼氷麗満輪フロレジュリエの影響も大きい。それがなくとも、魔力質に限って言えば、エランセージュの右に出る者は、もはや十二将内にいない。


「もう、可愛かわいいわね、エランセージュは」


 まるで愛玩あいがん動物のごとき扱いに懸命けんめいに抵抗するエランセージュ、逃すまいと抱き締めたまま離さないヴェレージャ、それをあきまなこで見つめるソミュエラとディリニッツ、何ともなごやかな空気が流れている。


「いい加減にしろ」

「いい加減にしなさい」


 場所が場所なだけに、こうなるのは必然だ。少しばかりふくれっつらを浮かべるヴェレージャがまたよい味を出している。


「それよりも、エランセージュ、お前のその魔力、いったい」


 ディリニッツも戸惑いを隠せないでいる。魔術転移門で連れ去られる寸前まで行動を共にしていたのだ。短期間での激変を前にしては驚くしかない。


 先ほどからエランセージュは左手で右手首の瑠璃涼氷麗満輪フロレジュリエに触れている。無意識のうちの行動なのだろう。


おそろしいばかりね。その言葉しか出てこないわ」


 ソミュエラでさえ分かるほどだ。ディリニッツはその腕輪が魔導具、いやそれ以上のものではないかと感じている。


「美しい瑠璃色ね。貴女の瞳、髪と同じね」


 ヴェレージャも興味津々きょうみしんしんとばかりにのぞきこんでくる。確認のための言葉を発したのも彼女だ。


まぎれもなく秘宝具よね。魔導具との決定的差異、主物質界の者では絶対創造できない」


 そのような秘宝具を授けられる者など、ヴェレージャもディリニッツも一人しか知らない。


「我が神からの授かりもの、瑠璃涼氷麗満輪フロレジュリエと言います。私はこれを所有するに相応ふさわしい魔術師にならなければなりません」


 エランセージュを囲む三人が三人とも感じ取っている。まるで別人のごとく強い意思が心の中に鎮座ちんざしている。彼女が谷底を離れたのはほんのわずかの時間だ。その間に彼女を一変させる出来事が起こった。


「エランセージュ嬢、よく言いました。それでこそ私の弟子ですよ。死の間際まぎわにいたイプセミッシュ殿を救ったのは間違いなく貴女の力です。あの場でも言いましたが、貴女はもっと自分をほこってよいのです」


 三人の表情が瞬時に驚愕きょうがくに染まったことは言うまでもない。事もなげに言い放つビュルクヴィストにエランセージュもなかあきれ気味だ。非難ひなんの目を向けるも、それはすぐさま苦笑に変わる。


(ビュルクヴィスト様は話のきっかけを作ってくださったのですね)


 エランセージュはこちらに視線を向けているビュルクヴィストにうなづいて見せる。


 二人の魔霊人ペレヴィリディスは自分が引き受ける。だから、結界内でイプセミッシュに起きた顛末てんまつを話しておきなさい、ということだろう。エランセージュはそのように解釈し、改めて会釈えしゃくをもって礼を送った。


「攻撃を待ってくれていたとは恐縮ですね」


 視線を再び二人に戻したビュルクヴィストの言葉に、ガドルヴロワが応じる。


「貴男を相手に卑怯ひきょうな真似をしても意味がありません。それにあちらの方は、姉の完全魔術封殺ふうさつ領域に立つにもかかわらず、さも当然のごとく魔術を行使されている」


 それはすなわちビュルクヴィストも同様ということにほかならない。そもそも、ビュルクヴィストたちは領域外から堂々と侵入してきているのだ。


「貴方たち姉弟の力、久しぶりに見せてもらいましょう」


 ガドルヴロワの右手がかかげられる。ゼーランディアの魔術によって召喚された十振じゅっふりの剣は宙にとどまり、その時を待ちわびている。


 先手は譲るとばかりにビュルクヴィストは詠唱は無論のこと、構えもしない。悠然ゆうぜんと立つその姿を前に、ガドルヴロワもゼーランディアも一段と気を引き締める。


 ゼーランディアの魔力が活性化、十振りの剣が震えている。全ての剣に異なる魔術が付与され、どう扱うかはガドルヴロワ次第、ゼーランディアは魔力が途絶えないように制御するのみだ。


 右手が振り下ろされる。同時に二振りの剣をさやから抜き放ち、一気にけ出す。


(そうです。それでよいのです。教えられたことを忘れていませんね)


 直接教えたわけではない。ビュルクヴィストは二人の、特にゼーランディアの直接の師ではないからだ。


 十振りの剣が宙より一斉いっせいに襲いかかる。厳密に言えば一斉ではない。常人ではとらえられないほどの微妙な間がそれぞれにある。


 一つでも対応を誤れば、確実にきざまれて絶命必至ひっしだ。全くの無防備状態でビュルクヴィストはどう受け止めようとしているのか。


(ビュルクヴィスト様がどうあろうと関係ありません。初撃必殺をつらぬく。真正面から叩きつぶすのみです)

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