第288話:報われない努力の意味とは
語るよりも早い。
ガドルヴロワは右の手刀を鋭く振り下ろすと、左手首の
深紅と濃緑、二種の血が同時に激しく
「な、何をしているのですか。死にますよ」
「貴女は優しいのですね。よく
ガドルヴロワは既に
「ま、待ってください。私、苦手なのですよ」
言ったところで待ってくれるはずもない。今のソミュエラの目で何とか
ガドルヴロワの身体を巡る魔力はそれとなく分かる。量や質、形状、強度、硬度といった
その間にもガドルヴロワの殻毅術は終わりを迎えようとしている。あれほど盛大に噴き上がっていた二種の血は、今や皮膚を
「貴女に質問です。何層でしたか」
何とも
「意地悪な質問ですね」
ガドルヴロワが突然声を上げて笑い出す。何が笑いの要因になったのか。ソミュエラからしてみれば、笑う要素など
「なるほど、なるほど。そのように返してきましたか。やはり歳月の流れを感じてしまいますね」
「今回だけです。後ろにいるエルフ属のお二人に尋ねてみてはいかがですか。そうでないと、前に進めませんから」
彼は何と言ったのか。前に進めない。確かにそう言った。
ソミュエラの視線が素早くヴェレージャとディリニッツに注がれる。やや遅れてガドルヴロワも視線を転じる。
「橈骨動脈に五層よ」
先に答えたのはヴェレージャ、次いでディリニッツも応じる。
「傷口に三層だ。いずれも魔力は必要最低限、
両手を叩く音、それは
「お見事です。さすがはエルフ属ですね。
ソミュエラは複雑な感情を無理に押し隠す。
幼い頃に兄を亡くし、ほぼ一人っ子状態で育ってきた彼女は、何でも一人でできなければならない、という意識が強い。十二将内の姉的存在として面倒見がよいのも、そういったところから派生している。
「ヴェレージャ、ディリニッツ、有り難う。助かったわ」
何でもないわ、とばかりに手を軽く振りながらヴェレージャが言葉をかける。
「ソミュエラ、これで貸し二つよ。それと、もっと私たちを
無駄な力が抜けたのか、ソミュエラの顔に
「ええ、そうするわ」
再びガドルヴロワと
「残念ですが、今の貴女では殻毅術を使いこなせないでしょう。第一段階で脱落したも同然です」
手厳しい。それだけではない。なぜか優しさも感じられる。
「魔力の流れを視覚として
首が縦に振られる。おもむろにソミュエラの左肩を指差す。
「貴女が
ガドルヴロワが実演して見せたのだ。本来の形こそがそこにある。
「悔しがることはありません。貴女は殻毅術は失われたと言った。それを
賞賛と言われたところで嬉しさはない。第一段階で脱落なのだ。
「私には才能がないのです。だから、努力するしかないのです。努力が必ずしも
ソミュエラ自身がそのことを痛感している。
彼女は何でも
ある能力だけに限って見れば、彼女を上回る者などごまんといる。特化型と万能型、優劣はつけようがない。ソミュエラも頭では理解している。心のどこかに理解できない、納得できない小さな引っかかりがあるのだろう。
ガドルヴロワは
「そうよ、そのとおりよ。努力が報われることなどないわ。だから、何なの。何だと言うの。求めるのは努力の結果ではないわ。努力のはるか先、そこに何を見つけるか、何を
ゼーランディアの
対照的にガドルヴロワだけは頷きながら笑みを向けてくる。また出過ぎた真似をしてしまったかと思ったゼーランディアにとって、弟の笑顔は何よりの
「姉さん、有り難う。まさに私が言おうとしていたことだったよ」
ゼーランディアはまだ何か言いたそうにしている。姉の
「見てみなさい」
ゼーランディアが周囲に展開された七つの魔術陣を順に指していく。
「
本当にそうなのか、と振り返るソミュエラに、ヴェレージャとディリニッツが頷きをもって答えを返す。
「私の努力は報われた。ようやく尊敬する偉大な魔術師に肩を並べるに至った。そう思ったものよ。でも、違ったわ。何も報われてなどいなかった。私がそこで歩みを止めてしまったから」
ゼーランディアの目がはるか遠く、天空に輝く三連月に向けられている。
「その先にあるもの、そうね、真実とでも言っておきましょう、に気づけなかった」
最後の言葉は心の底から
三連月が投げかけるそれぞれの光が、空のある地点で三つに折り重なる。
ゼーランディアは煌めきに集中したまま微動だにしない。姉の異変に気づいたのだろう。ガドルヴロワも彼女が見上げる空に目を素早く走らせる。
煌めきは次第に大きく、強くなり、
「美しい光の煌めき、やはり、そうなのですね」
ゼーランディアの
「姉さん、今すぐ私の
弟の呼びかけに我に返ったか、ゼーランディアは視線を戻すと、急ぎ弟のもとへ
その間にも光の煌めきは高度を下げ、ゼーランディアが宙に展開している魔術陣と接触した。接するや
光の煌めきはいささかも揺るがない。
ゼーランディアによって構築された積層型多重魔術陣は、魔術完全封殺のための密閉領域と化している。領域内は無論のこと、領域外からのあらゆる侵入を許さない、極めて特殊な魔術陣なのだ。
「私の、魔術陣が」
淡紫の光はなす
ゼーランディアは右手で弟ガドルヴロワの左
ガドルヴロワは肉体的な痛みを感じない。その代わり、姉の感情が痛いほどに伝わってくる。ガドルヴロワは右手を姉の右手に重ね、二度三度と軽く叩いた後、握り締めた。
ゼーランディアが落ち着きを取り戻す。
「取り乱してしまってごめんね」
姉の謝罪にガドルヴロワはただ首を横に振るだけだ。二人が見つめる先、光の煌めきは
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