第279話:エルフ属としての後始末
何が起こったのか。
見極められたのはキィリイェーロ以外、やはりこの二人、パレデュカルとオントワーヌのみだった。
(エルフ属の長老の魔術、実に素晴らしいですね。あの二人の
細剣の
光糸は
「やるではないか、キィリイェーロ。少しは見直したぞ。さあ、第三の壁だ。どう対処してみせるか楽しみだ」
「さあ、お前たち、
飢えた小球は焦点を
まずはプルシェヴィアの旋律魔術が犠牲となる。キィリイェーロが創り上げた
魔術は魔力による産物、解き放たれた魔術はその効力を失うまで決して
魔力食いたる小球が
プルシェヴィアは即座に原理を見抜くと、機転を
制御を失った魔術は、術者をも巻き込んで暴走する。それが魔術における常識だ。既に魔力の大半を失った魔術ではまた話が異なる。
「制御を失ったところで、あの一つ眼が全てを吸収し尽くしてくれます。それならば、これからやることは一つです」
新たな旋律魔術をもって、一つ眼の小球を召喚した術者たるパレデュカルを直接の標的に定める。そして、彼の魔術を眠らせる。この窮地を切り抜けるにはそれしか手はない。
「貴男、しっかり頼みますよ」
トゥルデューロへの呼びかけはそれで十分だ。プルシェヴィアの言わんとしているところは完璧に理解できている。魔術の前後、術者はほぼ丸裸状態になる。そこを狙って正しく攻撃できる者がいるならば、確実に命を絶たれる。
「任せてくれ。俺の大切な妻には指一本触れさせはしない」
プルシェヴィアはいささか
「ラーナーツェ・ザウェロウ・ザタナージェ
ルヴェラウ・ウェラトゥー・ドゥレミジオン」
小球は旋律魔術の魔力の
プルシェヴィアの新たな詠唱は、小球を
眼は変色していない。すなわち満腹には程遠い状態だ。プルシェヴィアに向けられた眼が鈍色に輝き、魔力を吸い上げにかかる。
「俺が好きにさせると思ったか。プルシェヴィアの魔力は一滴たりとも吸わさん」
今さら詠唱をしたところで手遅れだ。何よりもトゥルデューロとプルシェヴィア、どちらの魔力質が小球にとってご馳走かと言えば、もちろん後者であり、トゥルデューロが詠唱をしたとしても見向きもしないだろう。
では、どうするのか。
「魔力を食うなら、魔力を一切使わなければよい」
トゥルデューロは弓の名手として知られている。
幼少よりダナドゥーファと過ごすことが多かった彼は、魔術を学ぶ一方で弓の技術の習得に
最年少で魔弓警備隊に勧誘されるほどの腕前は伊達ではない。
左手に握るのは魔術付与も
魔術付与のない矢だ。小球の眼を
トゥルデューロは二つの眼に照準を合わせると、引き絞った弦を優しく手放した。二本の矢がそれぞれの目標物たる二つの眼に向かって空を
二本の矢を同時に射て、別々の目標物に命中させるなど、弓の上級者であっても相当に難度が高い。
「問題ない。俺なら百発百中だ」
その言葉どおり、放たれた二本の矢が小球の眼を射貫く。誰もが確信した。
「やはり、魔術付与のない矢では無理か」
矢は間違いなく眼に、しかもど真ん中に到達している。そこまでだ。射貫けない。
異界からの召喚物に干渉するには、最低でも魔力を
「お手伝いしましょう。それは私が
衣類についた
トゥルデューロが放った二本の矢が小球の眼を射貫けないまま、重力に従って落下する直前だ。何かに押されるかのように急速に勢いを取り戻すと、研ぎ澄まされた
痛みを感じているのか、小球が
先ほどからおかしい。矢に魔力が付与されているなら、それは小球にとって
「無駄ですよ。私を誰だと思っているのです。矢に直接魔術を付与するはずがないでしょう」
小球は周囲の魔力を
「なるほど、
パレデュカルは早々に見抜いたようだ。
「ええ、そのとおりです。矢の影に対して魔術付与を施したのですよ」
トゥルデューロが
天には既に三連月のほのかな明かりしかなく、影を生み出せるほどの光量を
戦いの
意味するところは、ああ、分かっていないな、というところだろう。
オントワーヌの魔術によって推進力を付与された二本の矢がさらに速度を増し、
先ほど以上の絶叫にも似た奇声が大気を震わせる。射貫かれた眼からは大量の魔力が
もはや、新たな魔力を吸い込むことも、吸い込んだ魔力を蓄えることもできない。
「
オントワーヌが右手を小球に向け、指を大きく開き、おもむろに握った。
二つの破裂音が連鎖的に
「大地全てが私の領域です。大地に降り
影は闇の一部でしかない。大地の闇をも使役するオントワーヌにとって、矢を自在に制御するなど簡単なことだ。
パレデュカルはこれで第三の壁まで失ったことになる。合成魔術は失敗に終わった。
キィリイェーロの魔術はまだ全ての
オントワーヌは一人
(私が手を出すべきではないのでしょうね。これでよろしかったのですか、レスティー殿)
心の想いでも、確実にレスティーには伝わっているだろう。そのうえで彼からの返答はない。
「パレデュカル、貴男を封じるのは私だと思っていましたが、どうやら違ったようです」
禁書を閉じたのだ。その意味を理解できないパレデュカルではない。
「そのようだな。あくまでエルフ属の問題として片づけたいらしい」
パレデュカルの視線がオントワーヌからキィリイェーロへと切り替わる。そこに
「パレデュカル、始めようではないか」
凛とした長老キィリイェーロの覚悟の言葉が、パレデュカルのみならず、ここにいる全てのエルフに浸透していった。
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