第270話:悲しきアフネサヴィア

 パレデュカルが執拗しつようとも思えるほどに問いただしてくる。アフネサヴィアはなおもうつむき加減で沈黙を守り続けている。


 先ほどまで右往左往うおうさおうしていたトゥルデューロも、ことここに至ってようやく事態を把握はあくしつつあるのか、視線をアフネサヴィアにえたままだ。


「アフネサヴィア、いや、そんなはずはない。お前はミジェラヴィアの妹で、プルシェヴィアの姉だ。そのお前が」


 トゥルデューロがしきりに首を横に振りつつ、ようやくアフネサヴィアから視線を外す。再びパレデュカルと向き合う。


 もしも隠された真実があるなら、ここにいる全ての者に聞かせるべきだ。その前に確かめたい。


≪パレデュカル、何を知っている。あの時の襲撃、ジリニエイユの仕業しわざではないのか≫


 意外な配慮にパレデュカルはわずかに驚きの表情を浮かべた。


≪わざわざ魔力感応フォドゥアで話しかけてくるとはな。まあいい。問いの答えだ。無論知っている。全てをな≫


 パレデュカルにとって、ジリニエイユは恩人であり師でもある。その関係はいったん解消されたものの、この状況下、いびつすぎる形で続いている。実弟キィリイェーロを除けば、最も深く接していると言っても過言ではないだろう。


≪全てとは、いったい。どういうことだ、パレデュカル。教えてくれ≫


 味方同士を疑心暗鬼ぎしんあんきおちいらせる。内部崩壊を導く常套じょうとう手段だ。


 ジリニエイユがいた種が、いよいよ本格的な芽吹めぶきを迎えようとしている。三百二十四年前、シュリシェヒリの里に魔霊鬼ペリノデュエズが侵入したのは、あくまで序章に過ぎないのだ。


≪今さら聞いてどうする。真実は一つとは限らないんだぞ。俺があの女を問い詰めているのは、俺なりの理由があるからだ≫


 理由は聞くまでもない。トゥルデューロにはすぐに分かった。ミジェラヴィアの死の真相だ。実の妹が関わっているかもしれない。パレデュカルがアフネサヴィアを執拗に責める理由がトゥルデューロにはようやく理解できた。


≪なぜ大半の者が里の最奥まで追い込まれた。なりそこないセペプレどもの侵入経路は一ヶ所しかない。本来なら、ただちに迎撃できたはずだ≫


 パレデュカルは幻影のジリニエイユと戦った直後、動かない右脚を引きずりつつシュリシェヒリの里まで魔術転移門を開いた。眼前に広がる無残な光景を前に、呆然ぼうぜんと立ち尽くす以外、何もできなかった。


 結界が展開された里の出入口、なりそこないセペプレどもはここからしか侵入できない。出入口には数名単位で魔弓警備隊の者が常時詰めている。侵入を悟った瞬間、間違いなく戦闘になったはずなのだ。


 にも関わらず、なりそこないセペプレの死体も、魔弓警備隊の死体もない。あったのはただ静寂のみだ。


 その時点でおかしいと気づくべきだった。パレデュカルは自分が思っていた以上に冷静さを失っていた。


 ようやくにして、その事実に突き当たったのは、魔術高等院ステルヴィアで短期間の修業を終え、そこを離れてしばらくってからだ。


 全てはジリニエイユの手のひらの上だった。


 サリエシェルナの情報を流してパレデュカルを誘い出し、戦闘の最中で、ある程度の目的と事実を教える。さらには本物の銀麗の短剣スクリヴェイロを授け、シュリシェヒリの里に戻ってキィリイェーロに真実を聞けと告げる。


 ジリニエイユには分かっていたのだ。パレデュカルは言われるがままに行動し、里の異変の事実にも気づくだろう。そして、その理由をたずねに必ず会いに戻って来るだろうことが。


≪も、もし、アフネサヴィアがその、襲撃に≫


 言葉が途切れ途切れになってしまう。トゥルデューロは信じたくないのだ。ここまでの計画を立てた張本人は間違いなくジリニエイユだ。彼以外にそれができるとは思えない。


 彼の手駒として里内部の者が使われた。そういうことか。もしかしたら、アフネサヴィア以外にもいるのではないか。トゥルデューロはさらに疑心暗鬼に陥っていく。


≪襲撃に、関わっていたとしたら、お前、どうするつもりだ。それに、他にもいるのか≫


 トゥルデューロの危惧きぐが恐れとなって伝わってくる。


 シュリシェヒリの者は、里を魔霊鬼ペリノデュエズに襲撃させ、サリエシェルナを奪い去ったジリニエイユを何としてでも倒す、それをすために一致団結してこの地にやって来ているのだ。


 その根底が覆されるとしたら、いったいどうなるのか。考えるまでもないだろう。確実に内部崩壊を引き起こす。矛先ほこさきがジリニエイユだけではない。裏切り者にも向けられる。


≪決まりきったことを聞くな。他にいるかは、お前が知ることではない≫


 冷酷に切って捨てる。他にいるかいなかを知るのは自分とジリニエイユだけでよい。トゥルデューロに対するいささかの気遣きづかいでもあった。


 魔力感応フォドゥアき、直接言葉をアフネサヴィアに投げつける。


「アフネサヴィア、いつまで黙っているつもりだ。答えられないなら、俺が代わりに教えてやってもいいんだぞ」


 四姉妹の中で最も気が強く、主張の激しいアフネサヴィアだ。永遠に沈黙を守り続けることはできないと理解している。


(一つだけ方法はあるがな。この女がそれを選ぶとは到底思えない)


 パレデュカルとしても、アフネサヴィアから自白を引き出さなければならない。ジリニエイユから聞かされている詳細の全てが真実とは限らないからだ。


 一方の意見だけを鵜呑うのみにする。パレデュカルはそこまで愚かではないし、何よりもジリニエイユを信用していない。だからこそ、アフネサヴィアの口からいつわりのない言葉を聞き出す必要があるのだ。


「お前はミジェラヴィアの死を俺のせいだと責めたな。お前はミジェラヴィアをまもって戦ったのか。なぜ、お前は生きているのだ」


 パレデュカルは容赦なくアフネサヴィアの胸底までえぐっていく。完全に陥落するまで、その手を決してゆるめない。


「お前が怪我一つ負わず生き残った真の理由だ。お前自身が一番よく知っている」


 とどめとなる言葉だった。


 アフネサヴィアがゆっくりとひざから崩れ落ちていく。聞こえてくるのは嗚咽おえつだ。パレデュカルは侮蔑ぶべつを、トゥルデューロは失意を多分に含んだ表情でただただ彼女を眺める。


 それは突然起こった。


 アフネサヴィアが左腰の矢筒やづつから矢を一本引き抜くと、逡巡しゅんじゅんなく自身の心臓めがけて突き入れたのだ。アフネサヴィアは矢を握る手になおも力をめ、心臓を貫き、さらには背をも貫通させた。


 自ら魔術を付与した矢の効能は己が一番知っている。これならすぐに死ねるだろう。姉ミジェラヴィアに、里の者全てにびるのはその後だ。


 鮮血が噴き上がり、辺り一面をいろどっていく。全身から力が失われ、ゆっくりと前のめりに倒れていく。


(ごめんなさい、ミジェラヴィア姉様、みんな)


 パレデュカルはわずかに反応が遅れた。その手段は選ばないだろうと予想していたことで、油断が生じたのだ。トゥルデューロも全く動けず、固まってしまっている。


「全てを聞き出すまで、お前を死なすわけにはいかないのだ」


 こうなってはやむを得ない。パレデュカルは即座に漆黒のもやいざなう。アフネサヴィアの身体を覆い尽くそうというのだ。すなわち、強制魔霊鬼ペリノデュエズ化したうえで彼女の記憶を読み取る。残された方法はこれしかない。


(ミジェラヴィア、先にびておく。手段はともあれ、どうせ俺の手で殺すつもりだったんだ)


 アフネサヴィアの瞳の光が消えつつある。たとえ死んでしまっても魔霊鬼ペリノデュエズ化は可能だ。問題はない。あるとすれば、記憶の一部の欠落だ。


 余談ではあるが、記憶は魂と密接に結びついている。死者の魂は死後も肉体にとどまり、混沌にかえるための準備に入る。そこで魂が損傷を受けた場合、混沌の道に辿たどり着く前に不完全状態と化し、輪還りんかんに弾かれる可能性が生じる。


 混沌の秩序は常に維持されなければならない。輪還は正しき魂のみを導き入れるのだ。もちろん、パレデュカルが知る由もない混沌の理論だ。


 アフネサヴィアの血で染まった全身を漆黒の靄が包み込んでいった。即座に靄が身体を作り変えていく。魔霊鬼ペリノデュエズと化すために。


 靄に包まれているため、変貌へんぼう過程は誰にも見えない。もし見えていたら、正気しょうきを保つのが難しいだろう。それほどまでに異様で吐き気をもよおす邪悪な変態へんたいなのだ。


(死後すぐに魔霊鬼ペリノデュエズ化を行ったのだ。俺が知りたい記憶は欠けていないはずだ。もし欠けてしまったのなら)


 どう足掻あがこうと、パレデュカルの力では失った記憶をよみがえらせることはできない。あきらめるしかないということだ。


 変態を終えたアフネサヴィアだったものがうずくまっている。パレデュカルはすぐさま立ち上がるよう命じた。


「三百二十四年前だ。シュリシェヒリの里になりそこないセペプレどもが侵入した際、お前が何をしていたのか包み隠さず話せ」

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