第263話:新たな戦いの始まり

 硬質音を響かせながら魔術転移門が開く。空間を切り取るようにして鈍色にびいろの光が広がっていく。


 先頭に立って、まず姿を見せたのは補佐役のチェシリルアとミヴィエーノだ。その後ろから長老キィリイェーロが続く。


 今回に限っては通常の隊列ではない。本来なら魔弓まきゅう警備隊を先頭に、魔術や弓術に優れた者が老いたる者や子供などを守りつつ、最後尾に補佐と長老という並びになっている。


 キィリイェーロが先陣を切ったのは敵が魔霊鬼ペリノデュエズであり、その力が生半可なまはんかでないことからだ。さらにはパレデュカル、ジリニエイユといった魔霊鬼ペリノデュエズ以上に厄介やっかいな者が待ち受けている可能性もあるからだった。


 てして悪い予感は当たるものだ。


 魔術転移門が開いた場所は南北二百キルクにわたるアーケゲドーラ大渓谷の北端、高度およそ二千五百メルク地点に位置する。ここに降り立つことは最初から決まっていた。


 ラディック王国やゼンディニア王国の者たちが魔術転移門を開いたのはほぼ中間地点、おいそれと駆けつけられる距離ではない。


 地形的には北端でありながら、中間地点に比べると降雪量は少ない。ラディック王国東部一帯は、一年を通じてリージェリューズ海流がもたらす温暖な影響を受けている。


 中間地点の高度二千五百メルクともなれば、雪氷嵐せっぴょうらんが激しく吹き荒れ、極低温に支配されている。この場所は雪は降るもののゆるやかに積もる程度で、視界も良好、身体的な動きを阻害そがいするものも少ない。


 魔術転移門より出たキィリイェーロが大地に両足を降ろした瞬間だった。


「やはり待ち伏せされておったか」


 右手に持つつえを軽く前に突き出す。敵は二体の魔霊鬼ペリノデュエズだ。左右からの挟撃きょうげき、さらには完全に視野外しやがいからのすきを突いた狡猾こうかつな仕かけだった。


 キィリイェーロが手にするのは、代々の長老にのみ所有が許された魔術杖サティリツィアだ。いわば長老たる象徴でもある。


 エルフの里に存在する聖なる大樹、その幹の体内より特殊な魔術によって取り出した木を用いて創造されている。大いなる力が宿る魔術杖サティリツィアは、所有者たる長老の特性に応じた固有魔術をさずける。


「ラダリィ・ソヌミ・ルプジュス」


 キィリイェーロの唱えたエルフ語に呼応した魔術杖サティリツィアの先端が輝きに満ちる。魔力をめた宝珠ほうじゅなど装飾が一切ない杖にもかかわらず、すさまじいまでの魔力量だ。


 あまねく照らし出す光が、二体の魔霊鬼ペリノデュエズをまたたく間に包み込んでいった。


「チェシリルア、ミヴィエーノ」


 キィリイェーロの命に即座に反応、二人が仕かける。チェシリルアは細剣、ミヴィエーノは弓を手にしている。


 目前にまで迫る魔霊鬼ペリノデュエズに対し、二人は悠長ゆうちょうにも剣と弓を慎重に構え、迎撃態勢を整える。はたから見れば、到底魔霊鬼ペリノデュエズの攻撃に間に合わないほどの鈍重どんじゅうな動きだ。


「私の魔術の前では何ら問題はない」


 猛然と襲いかかってくる魔霊鬼ペリノデュエズの様子がおかしい。魔術杖サティリツィアの光に包まれて以来、明らかに攻撃速度が落ちているのだ。


 両腕を振り上げたところまでは通常だった。だからこそ、チェシリルアもミヴィエーノも確実に餌食になると思われたのだ。


 そこからだ。振り上げた両腕がなかなか落ちてこない。まるで動きを封じられてしまったかのように、二人の頭上高い位置で静止しているのだ。


「いえ、止まってはいません。わずかながらに動いてはいるのです」


 チェシリルアが有する細塵風劉閃剣ナヴァロムージュの先端には貫通威力を数十倍に高める魔術が付与されている。


 細剣の主な使い方は二種類ある。一つは鋭い切っ先をもって裂傷れっしょう幾重いくえにもわせること、もう一つは急所を的確につらぬくことだ。チェシリルアは俊敏な動きと観察眼によって両方の技術にけている。


「固有停滞魔術、それが長老キィリイェーロ様のお力だ」


 ミヴィエーノが右手に構えた降魔破断風弓コーラヴェーレンつるを引きしぼる。


 魔弓まきゅうには当然、魔術付与された矢が必要だ。正確に言えば、魔術付与された矢でなければならない。通常の矢では、魔弓がもたらす魔力に耐えられないからだ。


 一見したところ、ミヴィエーノは一切矢を所持していない。それもそのはず、矢は風をその身にまとい、不可視ふかしとなっているのだ。


 チェシリルアとミヴィエーノ、二人が同時に攻撃に移る。二体の魔霊鬼ペリノデュエズの両腕はいまだはるか頭上に位置したままだ。


 それほどまでにキィリイェーロが行使する停滞魔術は持続時間が長く、さらに効果範囲内の特定の者にだけ効力を生じさせる。しかもキィリイェーロの意思次第で自由に対象を変化させられる。だからこその固有魔術なのだ。


 そして、二人にはレスティーから授かったシュリシェヒリの目がある。魔霊鬼ペリノデュエズを相手にしての実戦経験はこれが初となる。その二人にとって、とどめをす核の位置が分かっているなら何ら恐れる必要はない。


「私たちには偉大なる御方おかたよりたまわりしシュリシェヒリの目がある。お前たちに逃れるすべはない」


 チェシリルアが振るう細塵風劉閃剣ナヴァロムージュ魔霊鬼ペリノデュエズの体内に隠された二つの核を刹那せつなのうちにつらぬいていく。


 核の中心部を貫通、切っ先に付与されているもう一つの魔術が即時発動する。たちどころに暴風が全身をけ巡り、核もろともにばらばらにきざんでいった。


 同様に、ミヴィエーノは引き絞った降魔破断風弓コーラヴェーレンつるを静かに離し、魔風矢ヴィンフィルを目にも止まらぬ早さで連射する。もう一体の魔霊鬼ペリノデュエズも二つの核を有している。魔風矢ヴィンフィルは正確に二つの核を射貫き、破砕はさいするとともに風塵ふうじんかえしていった。


 チェシリルアもミヴィエーノも、レスティーとの初対面時、ひど無礼ぶれいな態度を取ったことを今さらながらに激しく後悔している。キィリイェーロからいましめられたこともある。


 何よりも、シュリシェヒリの目を授けられたことが大きかった。その尋常ならざる力を目の当たりにして、今やレスティーに心酔しんすいしきりなのだ。


 核を失った魔霊鬼ペリノデュエズちりとなって消えていく。二人は残心ざんしんかず、完全に消え去るまで見届けている。


 そこへ突然、拍手はくしゅの音が響き渡った。前方からだ。キィリイェーロをはじめとする一同の視線が注がれる。


 そそり立つ岩石の上、一人の男が立っている。


「ようやく補佐役らしい仕事をしたではないか。中位シャウラダーブの中でも雑魚ざことはいえ、倒した事実はめておこう」


(あの目、にごりきっておるな。我らを、いやエルフ属そのものをにくむか。ジリニエイユに何を吹き込まれたのだ)


 つい数日前、シュリシェヒリの里にやって来た際にも感じていた。全てを憎悪し、破壊衝動に満ちている。ここまで変貌するとはキィリイェーロにとっても予想外すぎた。


 もはや引き返すどころの騒ぎではなくなっている。決着はいずれかの滅亡、すなわち死しかないだろう。


「パレデュカルよ、私のシュリシェヒリの長老としての最後の務めだ。お前に引導を渡し、そして此度こたび元凶げんきょうたるジリニエイユを始末する」


 キィリイェーロの言葉に反応したか、パレデュカルの全身から魔気まきき上がる。魔気とともに、もう一つの気もだ。


「既に人であることをてたか。サリエシェルナのためにそこまで」


 今のパレデュカルは魔気以上に邪気じゃきの力が強い。シュリシェヒリの目を有する者なら誰でも分かる。尋常ではないほどの質と量であり、補佐役の二人が倒した中位シャウラダーブとは比べようもないほどに強力だ。


 膨大な邪気に当てられた里の者が数人倒れこむ。シュリシェヒリの目は魔霊鬼ペリノデュエズを容易に見つけ出す反面、特有の邪気に敏感に反応する。目を授かったばかりの精神的弱者にとって、圧倒的な邪気は害悪でしかないのだ。


「弱いな。弱すぎる。あの御方より授かったのであろう。宝の持ちぐされだな。俺としては殺す数が減って、余計な手間がはぶけるというものだ」


 これは決別宣言と言っても過言ではない。パレデュカルはシュリシェヒリのエルフ属を皆殺しにするつもりなのだ。


 倒れた者たちをかばうようにして魔弓まきゅう警備隊の精鋭、そしてトゥルデューロやプルシェヴィアが最前列に出てくる。


 パレデュカルとトゥルデューロの視線が絡み合い、火花を散らしている。かつての親友は今では憎しみ合う敵同士だ。しかも、パレデュカルは最愛の娘ラナージットを人質に取っている。


「トゥルデューロ、プルシェヴィア、もう一度だけ言う。俺のもとへ来い。悪いようにはしないと約束しよう。無論、お前たちが愛するラナージットもだ」


 もはや我慢の限界だ。娘ラナージットの命がかっている。トゥルデューロは己の感情を制御できないまま魔術の詠唱に入った。


「パレデュカル、長老に代わって、今すぐ止めを刺してやるぞ」


 慌てて止めに入ろうとするプルシェヴィアも間に合わない。


「駄目よ、貴男。ああ、もう、短気なのだから」


 こうなることも想定内のプルシェヴィアは渋々しぶしぶながら、自らも魔術の詠唱にかかるのだった。

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