第261話:緊張しすぎるエランセージュ
「どうなるかと思ったが、無事に生還できて何よりだ」
イプセミッシュがゆっくりと振り返る。ようやく気持ちを切り替えたか、身体ごとルブルコスの方に向ける。
(なるほど、こういう表情もするのだな。女とは何とも不思議な生き物よの)
これまで陰ながら見守ってきた中で初めて見るイプセミッシュの表情だった。ルブルコスは
深すぎる愛、過ぎたる愛は
いずれ告げることになるだろう。それは今ではない。
「
「お前のこの両肩には重責がのしかかっている。済まなかった。病を抱えていようとは私も気づかなかった。もう少し早く介入しておれば
否定の意を示すためにイプセミッシュは首を横に何度も振った。
「
さすがにルブルコスも驚きを禁じ
「不幸中の幸いであった。お前の病、
あの二人が誰を意味しているかは尋ねるまでもない。
その一人、ヨルネジェアは既に去ってしまった。イプセミッシュはもう一人、エランセージュに視線を移す。
「ルブルコス殿、いったん失礼いたします。私はエランセージュのところへ」
ルブルコスが
イプセミッシュは
「エランセージュ、その魔力はいったい。いや、その前にまずは心からの感謝を。私の命が繋がったのはエランセージュ、お前がいてくれたからこそだ」
十二将筆頭にして次期国王たるイプセミッシュ、十二将序列七位のエランセージュ、序列だけでなく、ゼンディニア王国に仕える以上、イプセミッシュは絶対上位者だ。たとえ現時点で国王ではないにしろ。
それも命のやり取りにおいては一切無視できる。イプセミッシュは最大限の感謝を
「お、お
言葉が続かない。決してエランセージュ一人の力で
見かねたビュルクヴィストが助け舟を出そうとしたところで、イプセミッシュが右手を上げて制する。
「エランセージュ、礼を尽くされるほどのことはしていない。そう思っているのだろう。それは断じて違うぞ」
図星だった。エランセージュは身体を固くしたまま押し黙っている。
「どのような魔術をもって私を
エランセージュの行使した魔術は、彼女が有するこれまでのものとは一線を画している。あの魔力量は十二将最強の魔術師で水騎兵団団長たるヴェレージャにも匹敵するだろう。魔力質に限って言えば、間違いなくヴェレージャをも上回っている。
「イプセミッシュ殿は正しく視ておられますね。私としてはエランセージュ嬢をもっと
ビュルクヴィストの言葉に異論はない。
エランセージュの自信のなさは、十二将昇格時より引きずってきたものだ。イプセミッシュは最初期から
十二将各人は個の武に優れた存在であり、さらに
エランセージュは十二将でただ一人、過去に一度も入れ替え戦に臨んだことがなかった。挙げ句に最終決戦後には十二将離脱さえ口にしている。
だからこそイプセミッシュとザガルドアは相談の末、ビュルクヴィストに一時的な指導を依頼したのだ。もちろん、依頼はザガルドアからだ。下げたくもない頭を下げてのことだった。
「エランセージュ、正直に言おう。この最終決戦、十二将で死ぬとしたら、お前だと思っていた」
イプセミッシュとエランセージュの間で言葉を飾る必要はない。一方でビュルクヴィストもルブルコスも、あまりの単刀直入な物言いに驚きを隠せない。
「お前は私の思いを根底から
深々と頭を下げたイプセミッシュに、エランセージュは
(エランセージュ、お前のことは私以上にザガルドアがよく視てくれていた。記憶が戻ったザガルドアは、誰よりもお前を案じていたのだ)
心のどこかでやはりザガルドアには
≪ルブルコス、ビュルクヴィスト、少しだけ時間をもらいたい。
場を
「無論でございます、我が神よ」
「もちろんでございますよ」
二人の返答は言葉こそ若干違えど同じことだ。
雪氷嵐吹き荒れる闇の中に光が散開する。
二人の緊張が伝わったのだろう。エランセージュはさらに身体を硬直させている。まともに口もきけず、一歩も動けない。
この状態が続けば、心臓が
「エランセージュ嬢、レスティー殿がお見えになります。私が思うに、この場の主役は貴女でしょうね」
エランセージュの背に左手を優しく添え、その一方でさらに緊張感を
「ビュルクヴィスト様、わ、私、
エランセージュの何とも情けない声だけがこの場の雰囲気を、ある意味、緩和するのだった。
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