第252話:暴走する魔力波と妖精王女の覚悟
一種の仮死状態となったイプセミッシュの鼓動もまた動かない。呼吸さえしていない。今のイプセミッシュは
護られる以前に
影響を受けている時間が長くなればなるほど、回復時間を要するうえ、それが致命傷の場合、効力が切れた途端に処置不能となる可能性も捨てきれないのだ。
イプセミッシュに致命傷は見当たらない。表面的にはだ。問題は
血管の代わりとなっていた
「
言葉が続かない。妖精王女も気が気ではないのだ。ルブルコスにしても同様だった。
二人ほどの実力者であっても単純な治癒能力しか持ち合わせていない。失った血管を即時再生させるといった相当高度な治癒能力は、ごく一部の優れた治癒魔術師か、あるいはその
イプセミッシュの
(
ヨルネジェアは固まったまま動けない。その右手が大きく震えている。ルブルコスにも妖精王女にも見て取れるほどに、ヨルネジェアの心は恐怖に
ヨルネジェアにも分かっているのだ。心臓を結ぶ血管の多くが失われ、今もなお再生されないままでいる。
(
ヨルネジェアがここで
妖精王女に救いを求めてヨルネジェアが振り返る。妖精王女はただ黙したまま、静かに首を横に振るだけだ。その表情が悲しみに沈んでいる。
「来たか」
そこには多分に
この特殊な半球空間に対して、魔術を外部から行使できる者など
おなじみの
「呼ばれたからにはどこにでも
文句を垂れながら姿を現したのは魔術高等院院長のビュルクヴィストだ。もう一方、訳が分からないまま無理矢理押し込められかのか、視線を
一時的ではあったもの、師弟関係の二人が
降り立った二人が真っ先に気づいたのは、およそ高度三千メルクで展開されているとは思えないほど穏やかで温暖な光降り注ぐ光景ではない。
「イプセミッシュ様」
「イプセミッシュ殿」
声が重なる。二人が別々の方向から慌てて
エランセージュが勘違いするのも無理はない。斜め前方に二人の姿を見ているのだ。しかもイプセミッシュを背にしている状態で、相対する少女がその胸に向けて右手を
ヨルネジェアはヨルネジェアで戸惑いを隠せない。掲げた右手をどうすることもできないまま、ただ固まっているだけだ。
そこへ突然の空間亀裂、魔術転移門が同時に開き、見知らぬ人族が姿を見せたことでさらに固まってしまい、何の行動もできずに立ち尽くす。
そこへエランセージュの攻撃が来たのだ。
「指一本触れさせはしない」
エランセージュは決して感情を
「ゼ=エーレ・ルフウ・シェイリ
大気凍てつかせし
氷を
ヨルネジェアの足元が激しく
「いけません、エランセージュ嬢」
「いけない、その魔術は」
ビュルクヴィストでさえ、エランセージュの行動は予想できなかった。よもやいきなり魔術行使に及ぶとは思ってもいなかったのだ。
そして、もう一人だ。妖精王女もエランセージュの行使しようとする魔術に
妖精王女の館内で水氷系魔術、特に氷系魔術を禁忌としている理由の一つでもある。
エランセージュを制止せんとビュルクヴィストが動くも、時すでに遅しだ。
もはや上書きする時間もない。成就を迎えたエランセージュの魔術が今にも解き放たれようとしている。
ビュルクヴィストは動けない。妖精王女にも、この段階から間に合わせるだけの力はない。
「
亀裂をさらに広げて、大地より無数の
ここが
大地の揺れと自身の動揺もあってか、氷柱が突き出した瞬間、ヨルネジェアはその場に尻もちをついて倒れ込んだ。氷柱は身長およそ百五十六セルクの彼女の胸元めがけてせり上がってきている。
「これで動きを封じたわ」
無数の氷柱が目標位置に達した時には、ヨルネジェアの身体ははるか下にある。ちょうど氷柱で
「ああ、駄目よ。お願いよ、貴男ならできるでしょう」
まさしく氷柱による氷壁だ。完全に覆われてしまったヨルネジェアを目の当たりにした妖精王女が
当のルブルコスは妖精王女の言葉を聞くまでもなく、既に
「エランセージュ嬢、下がりなさい」
ビュルクヴィストの命令にも似た激しい声が飛ぶ。そこには多分に
ビュルクヴィストには、二つのものが
一つは視覚で見ている。ルブルコスがまさに
もう一つは魔力で視ている。氷壁に閉じ込められたヨルネジェアから膨大な魔力の波が溢れ出そうとしているところを。
「ちっ、間に合わぬか」
しゃがみ込んだままのヨルネジェアを
「ああ、ヨルネジェア。このままでは取り返しのつかないことになってしまうわ」
妖精王女はルブルコスに
「私が行くわ。貴男はあちらの二人を絶対近づけないようにしてちょうだいな」
事は緊急性を要する。妖精王女の表情は厳しく、楽観は全く見られない。それほどまでにヨルネジェアの状況は最悪なのだ。
妖精王女が動き出すよりも早く、ルブルコスは魔術を行使、大地を
エランセージュはただただ呆然と立ち尽くしている。その彼女の真横を通り過ぎる際、強引に首根っこを右手で
「女、動くな」
ルブルコスは冷たくも、それだけの言葉を残すと、勢いを殺さずにビュルクヴィストめがけてエランセージュを放り投げる。声にならない悲鳴を上げ続けるエランセージュの意思など完全に無視だ。
ビュルクヴィストが魔術障壁をもってエランセージュの身体を優しく抱き止めると同時、ルブルコスは二人と同位置に立っていた。
「ビュルクヴィスト、弟子の不始末はその方の責任だぞ。あれを見るがよい」
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