第251話:パルゼレニエスの力

 疾駆しっくする金空光矢シエラメイラがイプセミッシュの心臓を寸分の狂いもなく射貫いぬき、金空シエメリクの光を散開させていく。


 光は粒子りゅうしとなって、イプセミッシュの全身を穿うがっている粘性液体のむちからみつくと、またたく間に消滅させていった。金空光矢シエラメイラはそのまま心臓内へと吸収されていく。


 ヨルネジェアが創り上げた金空光矢シエラメイラに殺傷能力は一切ない。有する効力は絶対破魔はまだ。妖破聖彩光弓ラルコサンフェによって放たれてこそ発揮する特殊能力で、射貫いた者を傷つけることは決してない。


≪ここまでは順調ね。問題はあれね≫


 イプセミッシュの身体は金空光矢シエラメイラの力によってまもられる。心臓にあり続ける限り、魔食血蟲マグトゥジェでさえ寄せつけない。


 残された問題は、高位ルデラリズが生み出す粘性液体の鞭だ。根核ケレーネルがある限り無尽むじん金空光矢シエラメイラによっていくら消し去られようとも、次から次へといて出てくる。


 これではきりがない。もとを断たねば堂々巡りだ。ヨルネジェアも十二分に承知している。敵は魔霊鬼ペリノデュエズ高位ルデラリズなのだ。


「お前は私が倒すわ。その厄介な能力も奪ってね」


 強く握り締めた妖破聖彩光弓ラルコサンフェからきらめきが発せられ、弓をつかさどっている七色のまばゆい光が浮かび上がっていく。


 ヨルネジェアは再び左手のひらを開く。吸い寄せられるかのように光が集う。


"Naksadeje osmuby naseiv."


 七色の光が宙に溶け、混じり合っていく。そこに調和は見られない。七色だけではまだ足りないのだ。金空シエメリクがなければ根元色パラセヌエ均衡きんこうを保てない。


 根元色パラセヌエを構成する八色が均衡に揃ってこそ完全状態、これを源完覇色パルゼレニエスと呼ぶ。


≪ヨルネジェア、貴女の力で妖破聖彩光弓ラルコサンフェが使えるのはあと一度だけよ。必ず次の一射いっしゃで決めなさい≫


 根元色パラセヌエを構成するわずか一色でさえ過ぎたる力なのだ。扱うに足る絶対力を持たない妖精王女やヨルネジェアにはあまりにも負荷が大きすぎる。


 此度こたびは特別に使用の許可が得られたとはいえ、最低限度しか行使できないのは当然の流れだ。


 しかも、完全状態である源完覇色パルゼレニエスの力はあまりに強力無比、万が一にも力の制御に失敗した場合、膨大な力が還流かんりゅうし、己自身を滅ぼしてしまう。まさしく危険なけなのだ。


 ルブルコスはヨルネジェアの様子を観察し続けている。妖破聖彩光弓ラルコサンフェから膨大な力があふれ、少なからず彼女に影響を与えているのがて分かる。


(我が神が認め、授けているのだ。私が気をむべきではないのだろうが、息が詰まるな)


 いつわらざる正直な気持ちだ。何故なにゆえ根元色パラセヌエの力を、さらには源完覇色パルゼレニエスの力までも与えたのか、ルブルコスに知るよしはない。尋ねることでもない。


 分かっていながらも、ヨルネジェアの不安定さを見るに一抹いちまつの危惧が消えない。


(妖精王女殿が視ておられる。私の出番がないことを願うばかりだ)


 何かあってからでは遅すぎる。ヨルネジェアには妖精王女がついている。心配は無用だ。


 ルブルコスにとって重要なのはイプセミッシュであり、ヨルネジェアが救出に失敗した時には即座に動く。準備に抜かりはない。


(妖精王女様のおっしゃるとおり、妖破聖彩光弓ラルコサンフェを使えるのはこの一度のみ。お願いよ、金空シエメリク、私はどうなってもいいから力を貸して)


 心のおもいをいっそう強固なものにする。イプセミッシュを無事に救い出す。ただただそれだけを想う。想い、そして願う。願えば願うほど、根元色パラセヌエは心に反応してくれる。


 ヨルネジェアは想いをめて最後の一色、金空シエメリクに訴えかけた。左手に集い、混じり合う七つの根元色パラセヌエ金空シエメリクが加わる。ここに全ての根元色パラセヌエが揃い、金空シエメリクもまた静かに溶け込んでいった。


 全ての色が溶け込み、混じり合い、調和という名の均衡をもって形作るのはまたもや一本の矢だ。先ほどとは色は無論のこと、形状まで異なっている。


 金空光矢シエラメイラのように単色ではない。全ての根元色パラセヌエによる完璧調和、すなわち源完覇色パルゼレニエスによって生み出された矢は神々こうごうしい輝きを内包し、さらに四方に投げかけ、妖破聖彩光弓ラルコサンフェを、そしてヨルネジェアを包み込んでいく。


 一射目同様、ヨルネジェアは源完覇色パルゼレニエスの矢をつがえると、左脚を引き、つるを引き絞った。突然のこと、ヨルネジェアの身体がふらつく。


(限界が来たか。さすがに源完覇色パルゼレニエスの力は制御不能か)


 ルブルコスがいだいていた一抹の不安が現実になろうとしている。身体がふらつくということは、制御に困難を来たしている証拠なのだ。


 源完覇色パルゼレニエスの矢からはすさまじいまでの力が溢れ出し、包み込んでいるヨルネジェアの身体をむしばんでいく。


≪ヨルネジェア、もう少しの辛抱しんぼうよ。えるのよ。ああ、私が顕現けんげんさえできれば≫


 その先の言葉は言えない。妖精王女には、ただ視ているだけしかできない。こうして声を届けるだけで精一杯なのだ。


 いくら妖精が活動しうる空間に構成し直しているとはいえ、妖精王女が暮らす館内と完全に一致しているわけではない。館以外で妖精王女が顕現するには特殊条件を幾つも満たさなければならない。


 顕現できない己を、最も必要な時に直接ヨルネジェアに力を貸せない己を、もどかしく思うしかできないのだ。


≪ネスカレプリーヌ、我が力をもって汝の顕現をここに許そう。そなたの愛する者を助けるがよい≫


 次の瞬間だ。ダリニディー森林最深部に建つ妖精王女の館と半球空間をつな光子路こうしろが現出、ネスカレプリーヌの実体がヨルネジェアの背後に顕現した。


 彼女の身体は筆舌ひつぜつがたい神秘的なゆらめく光幕で覆われている。


 即座に右手をヨルネジェアのそれに重ねて妖破聖彩光弓ラルコサンフェを支え、左手も優しく添えて震える源完覇色パルゼレニエスの矢尻を安定させた。


≪ルブルコス≫


 当意即妙とういそくみょう、皆まで聞く必要などない。


御意ぎょいのままに≫


 全ての準備が整った。ヨルネジェアとネスカレプリーヌ、二人の力が合わさることによって源完覇色パルゼレニエスは完璧な調和状態を保持している。


るがよい≫


 合図が来た。二人は重ね合わせた右手を高々とかかげる。


"Hviednzy lukka-shiwp"


 矢尻に添えた左手が解放され、引き絞られたつるが弾性によって元に戻る。結果、源完覇色パルゼレニエスの矢は真上に向かって凄まじい速度でけ上がっていった。


 一筋の矢が半球空間頂点位置で無数に分裂、そして矢の向きを変える。標的は当然、高位の全身であり、根核ケレーネルを除く全ての核だ。


 分裂した矢が下降に転じると同時、源完覇色パルゼレニエスが半球空間内をあでやかにいろどっていく。これによって内部は源完覇色パルゼレニエスの絶対力領域と化した。


 この力の前では、あらゆるものが無効化される。高位ルデラリズの再生能力でさえもだ。


「終わったな」


 ルブルコスのつぶやきが全てを物語っていた。


 絶対力たる源完覇色パルゼレニエスの矢が縦横無尽に高位ルデラリズの身体を容赦なく貫いていく。


 核の存在など許されるはずもなく、矢が触れるやいな跡形あとかたもなく無にかえる。高位ルデラリズ断末魔だんまつまを残す時間すら与えられず、唯一根核ケレーネルだけを残して瞬時に消滅した。


 全てを見届けたネスカレプリーヌが背後からヨルネジェアを優しく抱き止める。


「ヨルネジェア、よくやったわ。めてあげるわ。最後の仕上げが残っているわよ。できるわね」


 意識をほぼ失いかけていたヨルネジェアが顕現している妖精王女ことネスカレプリーヌの姿を見て固まっている。


 これは現実なのか、それとも幻なのか。幻なら自分は源完覇色パルゼレニエスの力にまれて死んでしまったのだ。イプセミッシュも助けられなかった。そこまで考えたところで、妖精王女にほおをつねられた。


「い、痛いです、妖精王女様」


 苦笑を浮かべるネスカレプリーヌの表情を見て、これは現実だとようやくにしてさとるヨルネジェアだった。


「いつまでもほうけていないで行きなさい。彼が待っているわ」


 彼とは、言うまでもなくイプセミッシュだ。そのイプセミッシュは微動だにしない。何しろ心臓に金空光矢シエラメイラが埋め込まれているのだ。いわば鉄壁の防御を享受する一方で、その身体は一種の仮死状態にある。


 最後の仕上げとは、心臓から金空光矢シエラメイラを抜き去ることなのだ。これをせるのは金空光矢シエラメイラを射た本人のみだ。つまりはヨルネジェアにしかできないことなのだ。


 ヨルネジェアは緊張の面持ちのまま、ゆっくりとイプセミッシュに向かって歩み出す。


 妖精王女もルブルコスも、ただただその様子を黙して見守るだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る