第246話:世話を焼くルブルコス

 ルブルコスは高位ルデラリズとの戦いにきしている。理由は単純だ。あまりに弱すぎるからだ。高位ルデラリズだからと期待していた分だけ落胆度も激しい。


 今も二体の氷雪狼ルヴトゥーラが宙をけながら暴れ回っている。最初こそ命を出していたものの、もはや好き勝手にやらせている最中さなかだ。


 初撃で勝負がついたも同然だった。高位ルデラリズはたちまのうちに全身を引き裂かれ、粘性液体の再生よりも早く凍結されていくだけだ。


 抵抗の時間など与えない。すで細切こまぎれ状態と化し、立つこともかなわない。


 ロージェグレダムが対峙たいじした高位ルデラリズ根核ケレーネルを含め、体内に計十一の核を有していた。対して、ルブルコスが対峙するそれは八個しか持ち合わせていない。


 通常、最低でも十の核を所持してこそ高位ルデラリズだ。その中でも上位に立つものは二十近い核を保有する。


 明らかに、この高位ルデラリズ中位シャウラダーブから成り上がったばかり、およそ強者の核だけを狙って食ってきたのだろう。ルブルコスはそれを歯牙しがにさえかけていない。


「失望だ。歯ごたえのある魔霊鬼ペリノデュエズが相手だと思っていたが、高位ルデラリズがこの程度とはな」


 意識は大峡谷の対岸に飛んでいる。すなわち、ロージェグレダムの戦いにだ。高位ルデラリズなど無視でよい。


 すさまじい雪氷嵐せっぴょうらんが吹き荒れようとも、何ら問題はない。ルブルコスは肉眼ではなく、魔力を通してているのだ。


「対岸に行くべきであったな。峰輪ツァウリゲを使い、さらに第二解放までしているとは」


 ルブルコスとて、ロージェグレダムの剣技の全てを熟知しているわけではない。


 三剣匠は三賢者同様、単騎で行動することが多く、三人がそろうのはレスティーによる三つ月の矢スレプユアレでの招集を除けば、次期継承者選定の会合ぐらいのものだ。それさえも滅多に開催されることはない。


 さらに剣匠は固有剣技も持ち合わせている。それらは絶対奥義として秘匿ひとくされているため、決して他者に見せることはない。見せるのは、すなわち相手を必殺なさしめる時のみだ。


「予想外の展開だな。やつなら何の心配もらぬだろうが」


 魔力のごく一部を対岸につなげたまま、ルブルコスはその視線を再び高位ルデラリズに戻す。


 根核ケレーネルを除いて、四つの核が食われている。二体の氷雪狼ルヴトゥーラはじゃれ合いながら、狩りを楽しんでいるのだ。むしろ遊んでいると言った方が相応ふさわしいだろう。


 二体の全身は白銀青プラティーリュ青嵐ヴァスファシェ紫雹グレプラトゥ白氷シュヴランジュに染まり、四つの色を幻想的に空に散らしていく。


 吹き荒れる雪氷嵐は二体にとって、まさしく友だ。雪氷が身体をさらに強化し、嵐に乗って自在にめぐる。


 神秘的にきらめく神々こうごうしいばかりの姿は、高位ルデラリズにとっては死神以外の何ものでもない。両腕両脚をもがれ、それらは完全凍結に至っている。


 粘性液体の身体を再生も許さず、完璧なまでに機能不全に追いやるには二つの方法がある。至極しごく単純だ。圧倒的高温をもって気化してしまうか、あるいは圧倒的低温をもって凝固してしまうかだ。


 標高三千メルクにおける気象条件はルブルコスにとって、何よりも氷雪狼ルヴトゥーラにとって最高の環境と言えよう。


 氷雪狼ルヴトゥーラの弱点は使役者からの魔力供給枯渇、そして炎熱系魔術などによる超高温攻撃だ。残念ながら、この高位ルデラリズに炎熱系の力はない。


 そういう意味もあって、ルブルコスは失望し、外れを引いたと思っているのだ。


「早々に終わらせて」


 そこで思考が途切れる。


 予想していたとはいえ、これほどの短時間で上がってくるとは思ってもいなかった。


「世話のかかる小僧だ。ならば、よい機会だ。あ奴にきたえられた腕前、見届けるとするか」


 トゥウェルテナの坑道での戦いもそうだ。ルブルコスは助言こそすれど、決して直接力を貸すような真似はしない。仮にも一人の武人であり、魔霊鬼ペリノデュエズを相手にしようというのだ。


 剣匠たるルブルコスと彼らとでは明らかに実力差がありすぎる。まさに対峙している高位ルデラリズを相手に、ルブルコスなら瞬殺にも等しい一方、イプセミッシュでは勝利できる可能性はわずかしかない。


 ロージェグレダムにいかほど鍛えられたか、さらには手にする剣が魔剣アヴルムーティオかそうでないかでも大きく結果が変わってくる。


「さて、我が神の導きはどうであろうな」


 イプセミッシュはルブルコスまでおよそ五十メルクのところまで接近していた。彼の目には空を自由にける二体の氷雪狼ルヴトゥーラが映し出されている。


 吹き荒れる雪氷嵐で視界がさえぎられる中、四つの色がり重なっては離れ、離れては織り重なっていく。絶えず色を変化させながら空をいろどっていく光景に、イプセミッシュは釘づけ状態だ。


≪イプセミッシュ、相応の覚悟をもってここまで来たのであろう。お前にはこれから単騎で高位ルデラリズと戦ってもらう≫


 ルブルコスのとんでもない要求、むしろそれは命令だろう、が飛んでくる。この状況下でいきなり高位ルデラリズと戦えとは、さすがに度を越しているのではないか。一歩間違えば、死に直結だ。そう思わずにはいられない。


 一方で高位ルデラリズと戦える千載一遇せんざいいちぐうの機会を前に、たぎる闘志に興奮する己がいる。


 次期国王といえど、イプセミッシュもまた武人、しかもゼンディニア王国が誇る十二将筆頭なのだ。ここで奮起せずして、いつするというのか。


≪ルブルコス殿、承知いたしました≫


 気負いはない。冷静でいるようだ。ルブルコスはひとまず安心すると、小さくうなづく。


≪お前のいる位置から右前方二十メルクだ。そこまでは氷雪狼ルヴトゥーラが導く≫


 氷雪狼ルヴトゥーラ高位ルデラリズをいかに細切れにしているかはイプセミッシュには全く見えていない。そして、氷雪狼ルヴトゥーラが舞い続けるからこそ、高位ルデラリズは再生できないのだ。


(氷雪狼ルヴトゥーラの攻撃が止まれば、奴の再生が始まる。根核ケレーネルを除く核は三つか。少々荷が重いか)


 やはり心配性のルブルコスなのだ。氷雪狼ルヴトゥーラに引き裂かれることで、高位の粘性液体は凝固から逃れられない。それが続く以上、決して再構築は許されない。その逆もまたしかりだ。


 イプセミッシュを高位ルデラリズのもとまで導く。その役目が終われば、二体の氷雪狼ルヴトゥーラは自身の住まう界へかえっていく。そこからはイプセミッシュと高位の一騎打ちとなるのだ。


(全ては小僧の力量次第だな)


 二体の氷雪狼ルヴトゥーラ高位ルデラリズから離れ、イプセミッシュの頭上へと飛翔ひしょうしていった。


 雪氷嵐を切り裂くがごとく、二体の咆哮ほうこうが交互に響き渡る。二つの咆哮は美しい歌となって、たえなる調べを空に投げかける。


 ルブルコスでさえ、その真の意味を理解できない咆哮歌ほうこうかは吹きすさぶ雪氷嵐を静かに眠らせ、イプセミッシュと高位ルデラリズとをつなぐ一本の雪路を創り出していった。


 イプセミッシュはまぎれもなく十二将最強だ。その強さは、所詮しょせんは人を基準にしたもの、高位ルデラリズとでは比較にさえならない。だからこそ、ルブルコスは世話を焼いたのだ。


 すなわち、二体の氷雪狼ルヴトゥーラ高位ルデラリズまで導くのは当然として、咆哮歌によるイプセミッシュの肉体強化、そして強固なまでの圧雪路の創造だ。


 ビスディニア流は己の肉体を極限までます。その剣技を最大限に発揮するには、両脚が大地に根づいていなければならない。だからこそ足場が重要となるのだ。


(お膳立てはしてやった。おのが力、示すがよい)


 イプセミッシュが二体の氷雪狼ルヴトゥーラに導かれ、およそ二十メルクの圧雪路あっせつろを全力でけていく。前方に見えるは、まぎれもなく完全再生をげた高位ルデラリズだ。


 ルブルコスはもくしたまま、イプセミッシュの姿を追っている。表情に一切の変化は見られない。心の中は別だ。


(我が知己ちきウェイリンドアよ、お前の息子は確かに成長しているぞ。その真なる姿を見たかったであろうな)


 ルブルコスがいだいているわずかの感傷かんしょうだ。その時、雪氷嵐せっぴょうらんに乗って、はるか遠くより運ばれてくるささやきがルブルコスの聴覚に触れた。


「ルブルコス、そなたには感謝してもしきれぬ。今も息子イプセミッシュを見守ってくれるか。そして、そなたに告げられぬまま私は死んでしまった」


 吹き荒れる雪氷嵐の中、ウェイリンドアの声だけが明瞭に聞こえてくる。


「死の間際、命のともしびが消えようとする瞬間だ。私の手を握る者ではなく、その背後に立つ者こそイプセミッシュだと気づいたのだ。まこと不思議な現象であった」


 妖精王女による妖精の黄昏オルムラクヴィユは、亡くなるまで決してけない。すなわち、ウェイリンドアは絶対に本当のイプセミッシュが分からないはずなのだ。


「そうであったか。まさしく奇跡だな。一方通行のな」


 記憶を封印されたままのイプセミッシュには、亡くなった国王ウェイリンドアが実父だと知る由もない。だからこその一方通行なのだ。


「ルブルコス、我が息子を頼む」


 ささやきはそれを最後に雪氷嵐にまれていった。もはやウェイリンドアの声は聞こえない。


 そして、イプセミッシュと高位ルデラリズ対峙たいじする。戦いの火蓋ひぶたがまさに切られようとしていた。

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