第234話:五人の魔霊人
アーケゲドーラ大渓谷の最高地点は標高八千メルクを超え、極寒と低酸素に支配されている。
吹きすさぶ風は
「ふむ、ジェンドメンダとカイラジェーネが失せたか。下位の二つとはいえ、
表情一つ変えず、興味なさげに
極寒も低酸素も彼に影響を与えることはできない。エルフとしての肉体をほぼ失っている身体は、今や
驚異的な
≪まだ五体もいるではないか。中でも上位三体は別格だ。
彼らも最悪の気象条件に左右されていない。身体は人に見えるものの、
彼の言葉なくして、彼らが勝手な行動をすることは決してない。
「
ジリニエイユから見て、右手より力順に横一列だ。五位の者からジリニエイユが尋ねていく。
「ガドルヴロワ、お前はどうだ」
他の四人はどうだろうか。横目を向けるものの、一切の感情が読み取れない。同じ核から生み出されたとはいえ、そこに共存関係は一切ない。
「私は谷底に行きたく。そこに面白そうな者がいます」
詳しく述べる必要はない。ジリニエイユもあえて聞こうとはしない。どちらにとっても、
「よかろう。では谷底へ行くがよい。次だ。ゼーランディア、お前はどうする」
こちらは逡巡なく、即答だ。
「私はガドルヴロワと共に谷底へ
実はガドルヴロワとゼーランディアは、人であった時は実の姉弟という関係だ。もはや一心同体と言っても過言ではない。
複数の剣を自在に使いこなすガドルヴロワ、弟を支援しつつ自らも強力無比な魔術を扱うゼーランディアは、その
二人はある事件に巻き込まれ、さらに裏切りによって悲惨な死を遂げた。その二人を拾い上げたのがジリニエイユだ。それ以来、姉弟はジリニエイユに心酔しきっている。
「ケーレディエズ、ニミエパルド、ヒオレディーリナ、お前たちには我から」
言葉を遮る者がいた。不敬にもほどがある。その者に向けて殺気に満ち
「私の目的は唯一絶対だ。命に従う義理はない。そうだろう」
感情を廃した声だ。
七人の
二つの意味がある。
一つは彼女が死んでいないということだ。彼女はジリニエイユの核移植実験第一号であり、自ら志願して生きたまま
もう一つは彼女の目的だ。その目的を果たすためだけに彼女は生きている。ジリニエイユの命にさえ絶対服さない。実験体になる際に交わした
そのこと自体、他の四人は一切知らされていない。
「うむ、そうであったな。済まぬ。そなたは好きにするがよい」
ジリニエイユが
「ジリニエイユ様、よろしいのでしょうか」
思わず声を発してしまったニミエパルドに、ジリニエイユは冷たい視線を向けるだけだ。それだけでニミエパルドは口を
この差はいったい何だろうか。それを考える余裕さえ与えない。ヒオレディーリナを除く四人にとって、ジリニエイユはそれだけ絶対的存在なのだ。
「出すぎた真似を、大変申し訳ございません」
辛うじて謝罪の言葉だけを口にする。ジリニエイユは
「お前たちはあの三姉妹を何としてでも殺せ。恐るべき力を手にしておる。さらには多くの者にも
眼光鋭く
二人にも、人であった時の、そして今は
「御意のままに。必ずや、三姉妹の命を奪ってみせましょう」
もはや興味も失せたか、ジリニエイユは
「私も行く」
もともと言葉数の少ないヒオレディーリナだ。告げるなり、ジリニエイユの意向を確認するまでもなく去っていった。もはや気配の一片も感じられない。
(さて、どこに向かおうか)
一瞬にして高度二千メルクを
剣軌は
一連の動作を終え、納刀する。残心を取る必要もない。
先ほどから遠慮がちに向けられる視線には気づいている。ここまで降りてくることを見越して監視要員を配していたのだろう。
(用心深いジリニエイユだ。仕方ないわね)
ヒオレディーリナにとって監視など何ら問題にならない。邪魔なら殺すだけだ。たとえそれが
ヒオレディーリナの実力をもってすれば、
(そうだ。ここには、あの子たちも来ているに違いないわ)
僅かに
納刀していた剣を再び
(あの子の魔力は、そうね、これだったかしら)
剣を中心に魔力網が四方へ広がっていく。最初に接触した魔力は、ここからおよそ三千メルクほど下った地点だ。一人の男がいる。
(気づかれた。微弱なのに
素直な気持ちだ。強い剣士なら誰でもよいというわけでもない。自身の目的を果たすことこそが最優先だ。そのためにこそ探しているのだから。
男は触れた魔力に敵意がないことを感じ取ったのだろう。攻撃は来なかった。
そこから千メルクほど下がった高度二千メルク地点では大量の魔力反応が返ってくる。残念ながら、ヒオレディーリナが期待する魔力ではない。その中で知っている魔力は僅かに二つだ。
(あら、嬉しい誤算だわ。生きていたのね。あの子の前に、先に挨拶しようかしら)
向かうべき先が見つかった。ヒオレディーリナは剣を引き抜き、納刀すると同時、凄まじい跳躍力を見せ、一気に
自由落下していく身体が
高度六千メルクを超えるここでは、液体はすぐさま凍結を迎える。人であるままに
それでも一切影響を受けない。強靭な
落下からおよそ二十五フレプトだ。ヒオレディーリナは
薙ぎの威力は雪氷嵐を斬り裂き、自身から遠ざける。ヒオレディーリナの身体は大気の幕に覆われ、落下が止まった。
目的地は真下だ。視界に
(誰も気づいてくれない。残念ね。あら、そうでもない)
二人の視線が交差する。ヒオレディーリナは歓喜、相手は驚愕といったところか。
納刀前に一振り、それが推進力となりヒオレディーリナの身体は静かに降下していく。そして、高度二千メルク地点に何ら問題なく降り立った。
視線を
「お久しぶりね、ビュルクヴィスト。元気そうで何より」
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