第233話:パレデュカルの警告と決別
シュリシェヒリの里に、まもなく
下りきったと同時、目を持つエルフの勇士たちがいっせいに魔術転移門を
静寂に包まれた神殿前、そこにトゥルデューロの姿があった。
二人は無言のまま寄り添って、高度を
まだ低い位置だ。美しくも冷たい輝きを
三百二十四年の周期をもって迎える皆既月食だ。三百二十四年前のあの時、二人も
「また同じことが起きるというのか。我らはどうなってしまうのだろうか」
トゥルデューロとプルシェヴィア、二人が
「私たちにとって、三百二十四年は長いようで短いわ。あの時と同じなら、また多くの犠牲者が。でも、今の私たちには決定的に違うところがある」
言うまでもなく、レスティーより
あの時も目を有する者はいた。それでも、侵入した百三十体ほどの
今はどうだろうか。現在、里内にはおよそ二百人のエルフが住まう。そのうち百八十人ほどが目を授かっている。
数の比だけで言えば、三倍以上になるものの、対して魔霊鬼は
彼らはヒューマン属との共闘を
「厳しい戦いだ。それでも、絶対に勝たねばならない」
勝利できたとしても、トゥルデューロとプルシェヴィア、いずれが欠けても駄目なのだ。二人
「プルシェヴィア、この戦いに勝ったとしても、生きて帰れる保証はない。だからこれだけは言わせてくれ。俺のような者と一緒になってくれて本当に有り難う。お前には迷惑のかけっぱなしだったな」
プルシェヴィアは黙って聞いてくれている。トゥルデューロはなおも続ける。
「俺の命に代えてでも、お前だけは必ず
悲壮感はない。柔らかな笑みをもって、
「貴男は私が護ります。貴男より私の方が強いのですよ」
トゥルデューロは心から思った。ああ、これだ。この微笑みを見て、一瞬にして心を奪われてしまったのだ。サリエシェルナへの未練はあったものの、トゥルデューロは現実を選択した。
「プルシェヴィア、ああ、そうだな。その前に」
トゥルデューロの視線が神殿正門の頂上、
「いつまでそこにいるつもりだ。悪趣味だぞ。降りてこい、パレデュカル」
トゥルデューロの声に呼応して、漆黒を
「さすがに気づくか。なまってはいないようだな。安心したぞ、トゥルデューロ。久しぶりだな、プルシェヴィア。元気そうで何よりだ」
この重要な時にいったい何用があって、わざわざシュリシェヒリの里までやって来たのか。トゥルデューロにはパレデュカルの意図が全く分からない。
プルシェヴィアを
「ここでお前とやり合うつもりはない。警告をしに来ただけだ」
トゥルデューロもプルシェヴィアも
トゥルデューロは無論のこと、プルシェヴィアも
ミジェラヴィアもまたパレデュカルが好きだった。お互いが思いを秘めたまま、辛い別れとなってしまったのだ。
「警告だと。それにお前、あの時はあえて尋ねなかったが、その右脚は」
前回の再会時には、ラナージットのことで頭がいっぱいだった。それにパレデュカルのことだ。機能不全の右脚は、己自身の魔力によって回復させたのだろう。その程度にしか考えていなかった。
「お前には
トゥルデューロは言いたいことが山ほどある。今はそれらを全て呑み込む。
「お前の警告とやらを聞こう」
プルシェヴィアが背後からトゥルデューロの腕を心配そうに
「俺が信用できないか。ここまでの俺の言動を見れば、それも仕方あるまい」
プルシェヴィアが初めて口を開く。
「ダナドゥーファ、貴男はラナージットを救い出してくれました。私たち二人ともに深く感謝しています」
その先を言うのは
ラナージットの母という側面だけなら感謝もできる。シュリシェヒリの里のエルフという側面からでは、決して許容できないことばかりだからだ。
サリエシェルナのためとはいえ、裏切り者のジリニエイユと結託、挙げ句の果てには滅するべき
プルシェヴィアにはパレデュカルが理解できない。だからこそ、この言葉だけを残した。
「ミジェラヴィア姉さんが、泣いているわ」
思った以上にパレデュカルの心を深く
断ち斬れるトゥルデューロ、断ち斬れないパレデュカル、二人の差異は決定的でもある。
「お前たちに何が分かると言うのだ。愛する者が次々とこの手から
サリエシェルナを連れら去られて以来、パレデュカルは壮絶な覚悟をもって生き長らえてきた。その過程で捨てるべきものは容赦なく捨ててきた。
普通の人生を歩んできたなら、決して捨てないようなものまでもだ。もはや後悔したところでどうにもならない。だからこそ手段も選ばない。
「トゥルデューロ、友として警告する。この戦いにおいて、俺の側につけ。プルシェヴィア、お前もだ。さもなくば」
パレデュカルが右手を宙に走らせる。空間が切り取られ、あるものが映し出されていった。それを前にして、トゥルデューロもプルシェヴィアも息を
「ラナージットの
顔を真っ赤に染め、今にも襲いかからんばかりのトゥルデューロにプルシェヴィアが両手でしがみつき、何とか抑止している。
「娘を人質に取るというのか。パレデュカル、腐りきってしまったな。もはや友でも何でもない。ここでお前を」
殺気が収まらない。トゥルデューロは問答無用で魔術の詠唱に入った。
「駄目、貴男。ラナージットの命がかかっているのよ。冷静になって」
プルシェヴィアの言葉も耳に入らない。
「
割って入ったのは長老キィリイェーロだった。パレデュカルの魔力を感じ取り、急ぎ
「パレデュカルよ、戻ってジリニエイユに告げるがよい。好き勝手にはさせぬ。我らシュリシェヒリの総力をもって必ず
落ち着きを取り戻したトゥルデューロ、
「
キィリイェーロを睨みつけ、視線をトゥルデューロとプルシェヴィアに向ける。言葉の代わりに目で告げる。
空間を切り取っていた映像が消え失せ、代わってパレデュカルの背後、鈍い硬質音を響かせながらに魔術転移門が開く。
「パレデュカル、今この時をもって貴様は敵だ。もしも俺たちの娘に手を出した時は」
トゥルデューロの言葉を受けても、パレデュカルの表情に変化は見られない。視線を外すことなく、黙したままだ。
「ラナージットの命は俺の
その言葉を残し、魔術転移門が消失した。
「パレデュカル」
トゥルデューロの
娘を、かつての友を思う彼の心情を、天に輝く三連月はどのように受け止めただろうか。
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