第232話:決着の刻、ジェンドメンダの最後

 極限にまで圧縮された雷雲に、イェフィヤの超高温の炎が付与される。


 刹那せつな、十万ルシエに達した爆轟雷ばくごうらいが天高きところで弾けた。


 すさまじいまでの放電は、即座にジェンドメンダに襲いかかるかと思いきや、そうではない。まずは全ての力が極点に集約されるのだ。


 すなわち、セレネイアが掲げた皇麗風塵雷迅セーディネスティアの切っ先だ。幾本もの光の筋となった爆轟雷がり、皇麗風塵雷迅セーディネスティアに吸い込まれていく。


 セレネイアは右手に軽く力を添えているだけだ。目を覆うほどの光を散らしながら、剣身が淡緑たんりょくから淡白青たんはくせいへと塗り替えられていく。


 マリエッタとシルヴィーヌはセレネイアから手を離しているものの、すぐそばで姉を見守っている。


 何とも不思議だった。皇麗風塵雷迅セーディネスティアを揺さぶるほどの爆轟雷の威力は、二人には一切及んでいないのだ。セレネイアを中心に二人の妹をも包み込み、まるでまもっているかのようでもある。


 セレネイアは細心の注意をもって、皇麗風塵雷迅セーディネスティアに魔力を注ぎ込み続けている。それは少なすぎず、多すぎず、完璧に調和の取れた魔力供給となっている。ひとえに二人の妹がもたらした結果だった。


(マリエッタ、シルヴィーヌ、貴女たちの愛と力を感じるわ。それが私の中に確固かっこたるものとして存在している。だからこそ私は皇麗風塵雷迅セーディネスティアと完璧に一体化できたのね)


 セレネイアの心の声は、あくまで自身の中に向けたものだ。決してマリエッタにもシルヴィーヌにも聞こえていないはずだった。


 今、二人の目がはっきりとこちらに向けられている。この不思議な空間内に共にいるからだろうか。


≪セレネイアお姉様の思いが伝わってきます≫

≪私たちも同じですわ。セレネイアお姉様からいつも愛と力をいただいていますもの。そのお返しができるなら私たちは喜んで≫


 三姉妹の絆を断ちることなど何人なんびとたりともできない。たとえセレネイアに負の感情が芽生えたとしても、それが夢魔マレヴモンがもたらすものであってもだ。


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアの震えが止まった。雷光の乱反射も失せている。そこにあるのは完全なる静寂だ。


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアはセレネイアと共にある。セレネイアの深呼吸に合わせ、皇麗風塵雷迅セーディネスティアもまたなぎの中で呼吸をしているかのようだ。


 呼吸に伴って剣身全体を雷光が覆っていく。代わりに、それまで剣をかたどっていたやいばが薄れていく。


≪いよいよね。あの子の真の姿が顕現けんげんする≫


 トゥウェルテナの右手に戻っているイェフィヤが、興味深げにその変幻を見つめている。応じたのはカラロェリだ。


≪好感。操作上々。本領。縛雷光≫


はがねの刃が消えていくわ。そして雷光が刃に。これがセレネイアの皇麗風塵雷迅セーディネスティアなの」


 トゥウェルテナのつぶやきにディグレイオも目を見張っている。それほどまでに信じ難い光景が展開されている。


(これはディランダイン砦でレスティー様が見せてくださったラ=ファンデアの具現化と全く同じです)


 セレネイアも感じ取っている。皇麗風塵雷迅セーディネスティアの刃が消失し、そして雷光が剣身を創り出しているのだ。


≪セレネイア、ここまでは上出来よ。めてあげるわ。刃を雷光に変えるのは、風以上に難しいのよ≫


 あの時に見せたセレネイアの瞳の輝きをフィアは決して忘れていなかった。


 本来、レスティーは鋼の刃のままで皇麗風塵雷迅セーディネスティアを授けるつもりだった。それをフィアが口添えしたことでこの形となったのだ。


 フィアにどのような思いがあったかは分からない。レスティーもあえて聞くような真似はしない。


皇麗風塵雷迅セーディネスティアを目覚めさすためには夢魔マレヴモンの力が不可欠だった。だからこそ貴女に試練を課したのよ。ひとまずは合格ね≫


 フィアの優しさと厳しさが同時にセレネイアに流れ込んでくる。マリエッタとシルヴィーヌ、二人の妹とは異なるその感情はセレネイアを今以上に強くしてくれる。


≪フィア様、有り難うございます。私のために≫


 即答で返ってくる。


≪貴女のためじゃないわ。私の愛しのレスティーのためよ≫


 言われるまでもなく分かっている。セレネイアはそれでもフィアに礼を言いたかったのだ。


≪貴女にその剣を託した私にも少しは責任があるわね≫


 照れ隠しなのか、刃の能力の改変には触れず、フィアが告げた。


夢魔マレヴモンと一体化したばかりの貴女では皇麗風塵雷迅セーディネスティアを完璧に扱えないわ。だから、この一撃をもって肌身で覚えなさい≫


 フィアの意識が離れていく。聞きたいことは山ほどあった。結局のところ、セレネイアは何も聞けないままだ。


 フィアに代わって、皇麗風塵雷迅セーディネスティアが呼びかけてくる。


≪準備は整ったわよ≫


 告げられたのは、わずかにそれだけだ。ここまでお膳立ちをしてあげたのだから、ここからは使い手たる者の力次第と言いたいのだろう。


 セレネイアはここで掲げていた皇麗風塵雷迅セーディネスティアを正眼に構え直す。無意識のうちに、そうすべきと判断した。


 カヴィアーデ流に身を置くセレネイアにとって、自然の流れに身を委ねるのは至極当然のことだ。皇麗風塵雷迅セーディネスティアを握るセレネイアの身体はまるで大気に溶け込むがごとく、ゆるやかに揺れている。


 右手片手持ちから左手を添えての両手持ちへと移行する。


「マリエッタ、シルヴィーヌ、あちらの十二将ディグレイオ殿のもとへ」


 セレネイアは皇麗風塵雷迅セーディネスティアを握る両手に神経を集中しつつも、大切な二人の妹の安全を優先する。


 雷光の余波は間違いなく彼女たちに及ばない。皇麗風塵雷迅セーディネスティアと繋がっている今、確信をもって断言できる。


 それでもここは戦場だ。何が起きても不思議ではないし、むしろそれを想定していくべきだ。だからこそ、屈強な十二将ディグレイオのもとへ避難するよう促したのだった。


≪弾ける寸前ね。トゥウェルテナ、あの獣人族の男に≫


 イェフィヤの言葉を受けて、トゥウェルテナが頷く。


 グレアルーヴはまさにジェンドメンダと対峙している最中だ。それを承知のうえでトゥウェルテナは大声を張り上げた。


「グレアルーヴ、離れて」


 グレアルーヴはもちろんのこと、ジェンドメンダもこの危機的状況を察している。


 グレアルーヴこそ真っ先に仕留めなければならない。気をがれ、視線を奪われるセレネイアに、セレネイアが纏う魔力に構っている場合ではない。


 身体の損壊など我慢すれば済む。核さえ破壊されなければ、いくらでも復活できるのだ。


 グレアルーヴの爪から逃れている今なら、妖刀に魔力を注ぎ込める。ジェンドメンダは左手に魔力を集中した。


「受けるがよい。獣人族のグレアルーヴよ。我が奥義」


 注ぎ込もうとする魔力が次から次へと霧散していく。


「なぜだ、どういうことだ。我の魔力が」


 ジェンドメンダの言葉はそこで途絶えた。


 未だ空を覆っている雷雲が弾け飛ぶ。耳をつんざかんばかりの轟音ごうおんを四方にき散らす。


「終わりだ、ジェンドメンダ。発動、幻崩壊硬血斂塵パクスマクリロ


 グレアルーヴの血縛術サグィリギス奥義がようやく発動の時を迎えた。


「俺の役目はここまでのようだ。十二将としての矜持きょうじよりも勝利こそ優先すべき」


 グレアルーヴが獣人族の特性を存分に活かし、大きく飛び退く。余波が及ばない距離まですかさず退がったのだ。


「行きます。雷轟滅騰爆閃光エフィシュローア


 セレネイアが意思を通わせた状態で、初めて皇麗風塵雷迅セーディネスティアを解放する。言葉は自然とき上がってきた。それがそのまま口をついて出ていた。


 呼応するかのごとく、皇麗風塵雷迅セーディネスティアの剣身をかたどる雷光が舞い踊る。


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアに蓄えられた十万ルシエにも達する雷光が瞬時に放電、全方位からジェンドメンダをからめ取った。


 逃げ場はなかった。グレアルーヴの幻崩壊硬血斂塵パクスマクリロによって、全ての動きを封じられてしまったジェンドメンダにできることなど残されていない。


 そして、ジェンドメンダの身体は粘性液体で構築されている。雷襲は液体の存在を決して許さない。感電するや全ての液体を刹那の内に気化させていった。


「セレネイア第一王女、見事なり」


 雷撃の影響は液体の気化だけではない。ジェンドメンダが位置を移動させながらたくみに隠し通していた核の存在をも明らかにしている。もはや粘性液体で隠すことも不可能だ。


「我の核が、何故なにゆえに。そうか、あの時の爪の破片か。しかも、貴様の右手が」


 雷光に包まれた核が大地に落ちている。その中からジェンドメンダの声が響いてくる。


 粘性液体は失ったものの、核を破壊しなければ終わりはない。ジェンドメンダに確実なる死を与えなければならない。そして、その役目はセレネイアではない。


「そうだ。それが俺の血縛術サグィリギスによる二つ目の効力だ。あの時、俺がわざと爪を折ったことにお前は気づかなかった」


 ジェンドメンダの姿はない。もしあれば、皮肉めいた笑みをを浮かべているに違いない。


「そうか。貴様はあの時『この時を待っていた。二つの意味でだ』と言ったな。その一つがこれか。もう一つがその右手ということか」


 グレアルーヴには核を破壊する前に聞いておかなければならないことがある。なぜ、ジェンドメンダが獣人族の秘術たる血縛術サグィリギスを扱えたのかということだ。


 だからこそ、真っ先に問う。


「我は魔霊人ペレヴィリディスなるぞ。殺した者の能力を奪うなど造作もないわ。殺すには惜しいほどのいい女だった。我の剣を受けてなお一切声を上げずに死んでいったわ」


 グレアルーヴは押し黙ったままだ。その顔がゆがんでいる。


「やるがよい。敗者は黙して去るのみ。我に情けなど無用」


 この男にかける情けなど毛頭ない。一方でグレアルーヴは心の奥底で思うのだ。真っ当な道を歩んでいたら、いかほどに強くなっていただろうか。仮にもツクミナーロ流の師範にまで上り詰めた男なのだ。


「狂気は人を容易に変えてしまう。真っ当なお前とやり合ってみたかった。さらばだ、ジェンドメンダ」

「馬鹿なことを。我はたとえ生まれ変わったとしても、また女をなぶり殺し、弄ぶ。それが我ジェンドメンダなのだ」


 グレアルーヴの右手の爪が音もなく核を貫く。爪の効力は完全分解だ。


 雷光に包まれた核が粉々に破壊され、原子にまで還っていく。


 互いに言葉はなかった。ジェンドメンダが語ったとおり、敗者は黙して去るのみだ。有言実行、それがジェンドメンダの最後だった。


 グレアルーヴは天に向かって咆哮ほうこうを上げた。悲哀ひあいに満ちた響きが風に乗って広がっていく。グレアルーヴの心の内は、いかばかりだったか。


 ようやくにしてジェンドメンダを退しりぞけることができた。ここにいる者たちの総力戦の末だ。勝利の余韻など全くない。


 魔霊人ペレヴィリディスはまだ五人もいるのだ。さらなる激しい戦闘は避けられない。一息つく暇もなく、それぞれが新たな戦場へと移るのだった。

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